「100年かかるジャーナリズムの壮大な実験」ビデオニュース・ドットコム・神保哲生代表インタビュー - BLOGOS編集部

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※この記事は2016年10月07日にBLOGOSで公開されたものです

AP通信など海外メディアの記者を経て、ビデオジャーナリストの先駆者として活躍する神保哲生さんがニュース専門のインターネット放送局「ビデオニュース・ドットコム」の本放送を開始したのは、2000年1月。

それから16年間、ネット動画でニュース番組を放送する試みを続けてきた。同時にビジネスモデルとして、ネットメディアの主流である広告モデルをとらず、開設当初から有料会員制を採用し、真に独立した公共的なジャーナリズムを目指してきた。どのような思いを抱きながら、ビデオニュース・ドットコムの運営を続けてきたのか、神保さんにインタビューした。(取材・構成:亀松太郎/写真:大谷広太)

■既存メディアの特権があったから「ジャーナリズム」は維持できた


ービデオニュース・ドットコムのサイトを見ると、「真に独立した公共的な報道を行う目的で」日本初のニュース専門インターネット放送局を開局したと書かれています。ここには、どのような意図が込められているのでしょうか。

神保:僕はアメリカの新聞社や通信社の記者経験を通じて、民主主義社会におけるジャーナリズムの重要性を肌身で感じてきました。民主主義が健全に機能するためには、公共的なジャーナリズムを担うメディアの存在が絶対不可欠だと確信しています。

ところが、インターネットの登場によって、情報の伝送路の独占・寡占を前提とする既存メディアのビジネスモデルが崩れてきた。その結果、新聞や通信社、テレビといったジャーナリズムの伝統的な担い手が、本来のジャーナリズムの機能を果たすことが困難になってきています。

既存メディアはこれまで伝送路の独占という特権がもたらしてくれる「余裕」があったからこそ、公共的なジャーナリズムを実践することが可能だったのだと思います。営利企業である報道機関が、自社の商業的利益と公共的な利益がぶつかったとき、公益を優先できるかどうか。それは、経営にある程度の余裕がないと困難です。

たとえば、重要だけど比較的地味な問題が起きているとしましょう。その問題を本格的に取材しようとすると、膨大なコストがかかる。だけど、その報道によって必ずしも部数や視聴率が稼げるわけではない。その時、メディア企業は利益を度外視して公共性を優先できるでしょうか。本来それは、民間の営利企業には難しいことです。

ならば公共的な報道は「NPO」が担うべきだということで、アメリカではプロパブリカ(米国の調査報道NPO)のようなNPOメディアが登場して一定の実績をあげています。しかし、NPO型のジャーナリズムにも弱点があります。それは、どうしても大口のドナー(寄付者)の顔色を見てしまうことです。ドナーは報道内容には口を出せないことになっていますが、翌年も同じくらいの寄付をしてもらいたければ、そのドナーがどういうものを求めているのかを、忖度しないわけにはいきません。

僕自身はジャーナリズムがその独立性を維持するためには、これまで通り市場原理の中で生き抜けるようにならなければダメだと考えています。ただ、既存のメディアがこれまで、曲がりなりにもそのような公共的な役割を果たすことができていたのは、彼らが非常に特権的な地位を享受していたからに他なりません。技術的な制約ゆえに情報の伝送路に大きな希少価値があり、既存のメディアはそれを独占することにより、大きな利益をあげることが可能でした。

新聞の宅配網やテレビの放送免許といった希少価値の高い特権をいったん手に入れることができれば、その後はほとんど市場競争に晒されることなく、安定的な経営が可能でした。そのような特権的な状況がもたらす余裕があればこそ、既存のメディアはさしたる経営努力をせずとも、公益性だの独立独歩だのといった綺麗ごとが言えたんだと思います。

ところが、そんな牧歌的なメディア市場に、黒船インターネットがやってきた。そこでは伝送路が開放されて、誰でも不特定多数に向けた情報発信に自由に参入することができる。既存メディアのサイトにも、中学生のブログにも、同じような広告が出て、クリック数を競っている。そんな状況の中で「公共的なジャーナリズム」が生き残っていけるのか。僕にとってはそれが、メディアを主宰する経営者としての、唯一の関心事と言ってもいいでしょう。

ジャーナリズムが維持できるか「100年」たたないと分からない

ーたしかに、今の時代にジャーナリズムを中心的な事業にして展開していくのは大変ですね。

神保:僕は事業を成功させて、いずれは上場でもして一儲けしてやろうと考えて、ビデオニュースを立ち上げたわけではありません。ただ儲けたいだけなら、多分報道なんてやってないと思います。ビデオニュースを通じて、市場原理の下でも公共的なジャーナリズムの実践が可能であることを証明したいと考えているだけです。インターネット時代のメディア環境の中で、公共的なジャーナリズムが成り立つかどうか。成り立たせるためには何をしなければならないか。ビデオニュース・ドットコムを始めて16年になりますが、まだはっきりとした答えは見つかっていません。おそらくその答えは、100年くらい事業を続けなければ分からないでしょう。

新しいメディア環境の中でも通用するジャーナリストを育成できるかどうか。育成するだけでなく、自分がそういう存在になれるかどうか。それを実現するためには単に能力面だけではなく、使命感や倫理観が不可欠になると思います。同時に、市場がそういう「公共的なジャーナリズム」の価値をきちんと評価できるようになるかどうか。今、ビデオニュースはそんなことを100年ぐらいかけて試す壮大な実験のただ中にあると思っています。

100年のうちに達成しなければならない目標は、まず新しいメディア環境の下で通用するジャーナリズムの担い手を、一人でも多く育成すること。そして、それなりの規模のオーディエンスを抱えたメディアとして、社会の中で一定の役割を果たせるようになることです。今はまだ有料会員数が1万、2万のオーダーですが、少なくとも数十万から100万くらいにはならないと、公共的なニュースを扱う報道メディアとしては半人前だと思っています

ビデオニュース・ドットコムの有料会員(月額540円)は現在、1万5000人。まだまだ”辺境”のメディアだと思っていますが、一気に会員を増やす奇策などは考えていません。会員=視聴者を増やすためには地道な報道を続けていくしかないというのが、16年間報道事業を続ける中で得た確信です。限られたリソースの中で、常にジャーナリズムが果たすべき役割は何かを考え、自分たちなりにできることをやっていく。

そして、それを実践できる人材を一人でも多く育てていく。そういう考え方に共感してくれる人が集まってきてくれるといいと思っているし、そういうわれわれの報道に価値を見出してくれる人が少しずつでも会員になってくれれば嬉しく思います。それが、ビデオニュース・ドットコムの「ビジネスプラン」です。

僕が事業を始めたとき、いろんなベンチャーキャピタルの人たちが接触してきて、上場モデルやビジネスプランを持ってきました。皆さん「何年以内に何十億円の資産価値になるはずです」といった美味しそうな話を持ってくるんだけど、僕が事業理念として今みたいな話を始めると、みんな下を向いてしまうんですよね。「公共性だのジャーナリズムだのと言っているようでは儲からないな」というのが、彼らの本音だったのでしょう。

まあ、もともと目的が違うんだから、しょうがない。僕がやっていることは「ジャーナリストが事業をするとこうなる。だからダメなんだ」という典型なんです。でも、あえてそのやり方でやっているんです。もちろん、事業がある規模になったらもう少し経営マインドを持った人が必要になるかもしれない。会社が成長していく過程にもいくつかのフェーズがあると思いますが、まだまだわれわれは黎明期という認識です。

少人数のチームで「ゆるやかな上昇」を目指す

ービデオニュース・ドットコムの有料会員は約1万5000人ということですが、順調に増えていっているようですね。

神保:確かに少しずつ増加はしています。でも、15年間で1万5000人ということは、1年当たり1000人にすぎないんですよ。平均すると1カ月で100人くらいの計算です。出入りの激しいネットの世界で有料会員を月に100人増やすためには、新規の会員が300人は必要です。毎月、200人くらいが解約するからです。ネットはワンクリックで手軽に会員になれますが、解約も同じくらい簡単なので、おかげでこっちは大変です。

大変ですが、僕はネット時代にジャーナリズムが成り立つためには、このやり方しかないとも思っています。公共的なジャーナリズムはこれまで専ら、特権的な既存のメディア企業が担ってきました。しかし、既存メディアのビジネスモデルはもう完全に崩壊しています。ネットの登場でメディア市場が完全な自由競争に移り変わっていく中で、本当に公共的なジャーナリズムが成り立つのかどうか。その答えは、日本だけでなく、世界がまだ模索している状況です。

たとえばアメリカでは、次々と廃刊に追い込まれる新聞社を、そろそろ公的に支援すべきではないかという議論が真剣に始まっています。しかし、報道機関が公的資金を受け取れば、間違いなく権力の監視機能は弱まります。逆に、公的資金を入れておきながら、政府が一切口を挟めないということになると、今度はガバナンスの問題が生じるでしょう。

僕はやはり、ジャーナリズムは独立していなければならないし、そのためには市場で生き抜いていかなければならないと思っています。でも、一切の特権がない環境の下で、本当にそれが実現できるという保証は今のところ全くありません。まだ、それを実現したところが無いからです。これは僕だけでなく、民主主義社会全体にとって、大きなチャレンジなのだと思います。

ービデオニュース・ドットコムのスタッフの数はどれくらいですか?

神保:フルタイムで働いている人間は、僕を含め、全部で3人です。あとはアルバイトとか契約のスタッフがもう2~3人。トータルで5~6人という布陣です。その他に、宮台真司さんなど、レギュラーの出演者が数人います。

ー約15年の事業の中で、少しずつでも増えているんでしょうか。

神保:ちょっとずつ増えてはいますが、会員の増加ペースがさっき言った通りなので、一足飛びにスタッフを増やせる状況ではありません。少しずつ有料会員を増やし、それを追いかけるように少しずつスタッフを増やしていく今のやり方を、「縮小均衡モデルだ」なんて揶揄する人がいます。出資者からある程度の資本を集め、ある程度の規模から始めるのが本来の起業というものだというのでしょう。しかし、そういう人は報道で稼ぐことがどれほど難しいかを知りません。簡単には稼げない事業をやっているという認識があれば、安易にコストを膨らませたりはしないはずです。

それでも、どうしてもコストをかけないとならないのが、ジャーナリストの育成です。技術や能力だけでなく、公共的なジャーナリズムのマインドも育てていかなければいけない。うちの門を叩くような人間は「本気でジャーナリズムをやるにはビデオニュースしかない」と思ってくれる人が多いし、実際にそういうことがやりたい人には、他に行き場などない。だから、そういう人を採用する以上、一生面倒をみる覚悟が必要だと考えています。

人材の育成や取材にコストをかけるために、機材やスタジオにはできるだけお金を使わないようにしています。機材も基本的にすべて民生品を使っていますし、うちのスタジオは今でも目黒駅前のマンションの一室です。テレビ局のような防音仕様になっていないので、近くを救急車や消防車が通ると、収録を中断しなければなりません。選挙のシーズンも選挙カーの音が入ってきて苦労します。

もちろんスタジオは立派なほうがいい。でも、自由競争の市場で有料の報道事業を営んだ経験がある人なんていないので、設備に一定のお金をかけた時、どれだけリターンが期待できるのかなんて、実は誰も分からない。これまではスポンサーがOKしてくれればそれでよかった。しかし、今は市場がそれをどう評価するかに掛かっています。スタジオが立派になれば、本当に有料会員が増えるでしょうか。ガチンコで報道事業を営んだ時、報道だけでいくら稼げるかなんて、誰にも分からない。だから、壮大な実験なんです。どうすれば報道で稼げるかもわかっていないのに、簡単に稼げることを前提にしたビジネスプランでは、うまくいきっこない。笑われてしまうかもしれないけど、コストをかけずに地道に公共的なジャーナリズムを追求していくというのが、僕の唯一のビジネスプランです。

「公共的なジャーナリズム」に共感する人を徐々に増やしていく

ー東日本大震災が起きた2011年から12年にかけて、原発事故の報道などを通じて既存メディアへの不信感が一気に大きくなり、その一方でニコニコ生放送やIWJなどインターネット発の新しいメディアへの期待が高まった時期があったと思います。ビデオニュース・ドットコムも震災や原発について積極的に報道していたので、有料会員が大きく増えたのではないかと思いますが、どうですか?

神保:実を言うと、そうでもないんですね。外からどう見えているかは分かりませんが、われわれとしては、時流に積極的に乗っていく路線を取ろうとは考えていないんですよ。

たしかに、そのときどきで話題性のあるテーマをやったり、話題性のある人を呼ぶと、一時的に会員は増えます。でも、そこで会員になった人の多くは話題性につられてきた人なんですね。だから、翌週のテーマにも興味を持ってくれるとは限らない。そういう人たちを会員にとどめておきたければ、誰もが興味を持ちそうな話題性のあるテーマを毎週やらないとならなくなる。それではテレビと変わらなくなってしまいます。

ビデオニュース・ドットコムの編集基準は基本的に、「古き良き時代のジャーナリズム」路線です。伝統的なジャーナリズムが大切にしてきたニュース性と公共性を追求しながら、しっかりとした調査報道を行うことで、「これは毎週見ておいた方がいいぞ」と思って会員になってくれる人を、一人でも増やしていきたいと思います。

■プロフィール

(じんぼう・てつお)
ジャーナリスト。日本ビデオニュース株式会社代表取締役。インターネット放送局『ビデオニュース・ドットコム』代表・編集主幹。

1961年、東京生まれ。15歳で渡米。コロンビア大学1年終了後、一時帰国し1985年、ICU('国際基督教大学)卒。その後、コロンビア大学に復学し、1987年、コロンビア大学ジャーナリズム大学院修士課程修了。

米の有力紙クリスチャン・サイエンスモニター紙(ボストン)記者、AP通信(ニューヨーク)記者、カナダの有力紙グローブ・アンド・メール東京特派員を経て、1996年、日本ビデオニュース株式会社を設立、代表取締役に就任。97年、放送免許を取得し、CS放送「パーフェクTV」においてCNBCビジネスニュースを放送開始。CNBCの日本法人CNBCジャパンの取締役に就任。99年、CNBCの日本経済新聞との合併(現日経CNBC)を機にCNBCの経営から離れ、ニュース専門インターネット放送局「ビデオニュース・ドットコム」を立ち上げ、編集主幹に就任、現在に至る。

その間、2003年~09年、立命館大学産業社会学部教授、05年~12年、早稲田大学大学院ジャーナリズム学科客員教授などを兼務。 主要な取材テーマは地球環境、平和構築、メディア倫理など。