※この記事は2014年11月26日にBLOGOSで公開されたものです

デイヴィッド・ピリング氏の著書「日本‐喪失と再起の物語:黒船、敗戦、そして3・11(早川書房)」
「フィナンシャルタイムズ」のアジア編集長、デイヴィッド・ピリング氏の著書「日本‐喪失と再起の物語:黒船、敗戦、そして3・11 (早川書房)」(原題:Bending Adversity‐Japan and the Art of Survival)が、「ニューヨーク・タイムズ」「エコノミスト」といった海外メディアから賞賛を受けている。長きにわたって日本を観察し続け、安倍首相をはじめ、村上春樹など多くの著名人にインタビューをした経験を持つ筆者に現代日本は、どのように映っているのだろうか。著者のデイヴィッド・ピリング氏に話を聞いた。(取材・執筆:永田 正行)

ステレオタイプを打破し、日本の“真の姿”を読者に伝えたかった


―最初に本書の執筆の動機を教えてください。

デイヴィッド・ピリング氏(以下、ピリング):私は記者として日本に7年間滞在し、その間に様々な文化に触れ、親しむようになりました。日本に対する理解が深まる度に、「日本についての本を書きたい」と考えていたのですが、記者としての業務に追われ、執筆する時間がありませんでした。

その後、日本を去り香港にベースを移して「フィナンシャル・タイムズ」のアジア編集長を務めることになりました。アジア全域が担当なので、引き続き日本の状況についても注視していたところに、東日本大震災が起きたのです。被災地を取材するため日本に出張し、自社記事はもちろん他媒体への寄稿も行っていたのですが、そうした中で「日本について本を書くとしたら、この瞬間しかない」という思いが強く頭をよぎったのです。国というのは、大きな危機に直面した時に真の姿を現すものです。そして、そのタイミングで、これまで温めていた様々なアイデアが非常にクリアな形となって出てきたのです。

また、当時英語で日本についてしっかりと書かれた本が長年出ていないという事情もありました。そのため、欧米では日本に関してはかなりネガティブな見方が多くなっていたので、それを正したいという意図もありました。

―本書では、過度な「日本悲観論」を否定するなど、「ステレオタイプの日本人観」に丁寧に反論していますが、英国などでは日本に対してステレオタイプな認識を持っている方もまだまだ多いのでしょうか?

ピリング:まだ根強く残っているのは確かだと思います。もちろん、どんな国にもステレオタイプというのはつきものです。イランについても、ジンバブエについても、アメリカについてさえ、そうしたステレオタイプな見方はあるでしょう。しかし、特に日本については、そうした傾向が強いのではないでしょうか。

何故なら「日本というのはとても異質な国で、絶対に理解することがかなわない国である」という見方が根強く残っているからです。ですから、例えば「いつも背広を着たサラリーマン」とか「歌舞伎町の雑踏」といったものが、ステレオタイプとして念頭に上ってきてしまう。こうした見方というのは、非常に表層的で微妙なニュアンスを伝えていない部分があります。

私が目指したのは、そうしたステレオタイプを打破し、もっと深く、よりよく理解された日本の真の姿を読者に伝えることでした。日本を海外で捉えられているよりも、より人間的な形で描き、プレゼンしたかったのです。人間的な日本の姿をありのまま伝えようと考えたわけです。

―「失われた20年」という表現があるように、バブル崩壊後、日本の国際的地位は大幅に低下したとされています。しかし、本書の中ではGDPや失業率などの数字や、英国の議員が夜の東京を見て「これが不況だというのなら、うちの選挙区にぜひ欲しいものだ」と述べたエピソードなどを挙げて、こうした認識に反論を試みています。何故ここまで「日本が衰退した」という認識が一般的になってしまったのでしょうか?

ピリング:そうした見方が残っているのは、海外だけではありません。日本国内の人たちの間でも「日本悲観論」は根強く残っているように思います。こうした「日本悲観論」が浸透した理由は5つほどあります。

一つはデフレです。「日本はデフレに陥っていて、経済が悪くなる一方だ」という見方が一般的になっている部分があります。

二つ目は、70年~80年代、バブル期も含めて非常に急成長を続けていた日本の経済が突如として、おかしくなってしまったという点です。つまり、成長が鈍化したという事実は否めない。このことが「日本悲観論」の裏付けになっているケースも多いでしょう。

三つ目の理由として、日本の名目GDPが過去20年間において、ほとんどフラットなままだったことが挙げられます。それだけ見れば、経済は成長していないわけですから、ひどい状態に置かれていると思えるのも仕方ありません。ただ、本当に見なければいけないのは、一人当たりの実質GDPです。この数字を見れば、想定しているよりも状況ははるかに良かったことが理解できると思います。つまり、本当に比較しなければいけない対象を間違っていたわけです。

例えば、日本とブラジルを表面的に比較し、名目GDPで見れば日本ははるかにひどい状況におかれているように思えるかもしれません。しかし、ブラジルのインフレや人口増加といった要因を差し引いて比べてみると、はるかに違った状況が見えてくるのです。

4つ目の理由としては、著名な企業の業績が悪化してきたことが挙げられます。例えば、ソニーなどは急激に業績が悪化して、韓国のサムスンなどと比べると非常に悪い状況にあります。このことが、状況が悪化していることを人々に印象付ける結果になったのではないでしょうか。

5つ目は、財政赤字の問題があります。私が先ほど指摘した一人当たりのGDPの説を受け入れていただくとしても、巨大な財赤字政が、やがて我々に大きな苦しみを与えるんじゃないかという不安を日本国民はいつも抱えているわけです。この問題が爆発するとは、私は考えていないのですが、そういった不安が漂っていることは理解できます。

日本は非常にすぐれた業績をあげてきた国


―海外の日本に関する報道というのは、日本人から見ると極端なものも多いように思います。例えば、日本において女性の社会進出が進んでいないということは一般的には事実かもしれませんが、海外では実態以上に「男尊女卑の傾向が根強い」「いまだに封建社会の名残がある」などと報じられていることがあります。そういう意味ではピリングさんの著書は非常にバランスが良いと感じました。

ピリング:「バランスがよい」と言っていただいたのですが、本書を書く上では、なるべくそうなるように努めました。私が嫌いなのは、あまりにも物事を単純化して見ることです。ですので、なるべく複雑な状況を正確にとらえて描写するということを心がけました。

例えば、女性の問題を例にあげていただきましたが、日本における女性の扱いについて、ある日本人の知人は「日本ほど女性差別的な国はないよ」といった発言をするのです。私はそれを聞いて「でも、アフガニスタンはどうなの?」と返したんですね。「女性が学校に行ったら顔に酸をかけられる国と比べて日本はどうなんでしょうか」とね。

私がやろうとしたのは、そういったあまりにも単純化された、バカげた、図式化された日本像ではなくて、もっと真実に近い日本像を提示したかったのです。

―そうしたバランスの取れたフェアな視点を持つピリングさんから見て現状日本にはどのような問題点があると思いますか?

ピリング:現在の日本が直面している問題点について、これから少しずつ取り上げていきたいと思いますが、まず言っておきたいのは、日本は経済的に欧米諸国に追いつこうとしている立場の国としては、非常に優れた業績をあげてきた国だということです。その点では賞賛すべき点が非常に多い。

第二次世界大戦で荒廃した国土を復興し、欧米レベルにまで再興した。この点はとても素晴らしい。しかし、その後二つの変化がありました。一つは、逆にキャッチアップをしてしまった、欧米レベルに追い付いてしまったことで、今後どうしたらいいのかというところで少し戸惑いを見せている部分があることです。

また、世界全体もアナログの世界からデジタルの世界へと移行し、環境が変わりつつあります。例えば、アップルによるiPadやスマホの登場。日本は技術的には、こうした技術力を持っていたにもかかわらず、実際に新しい技術を有効活用したのは、日本の企業ではなかったわけです。

こうした中で、今後日本が変わるために自らをどう組織し、合理化していかなければいけないのか。具体的には4つあるのですが、どれも私のオリジナルではなく、他から聞いたアイデアです(笑)。

1つは、教育制度にかかわるものです。もっと日本の人たちが権威に対して歯向かうというか、抵抗するというか、そういった姿勢を身に着けることができるような教育制度が必要ではないかと思います。そうすることで、これまでと違う新しい考え方が生む柔軟性を持つことができるのではないでしょうか。「先生の言っていることはもしかしたら間違っているかもしれない」と考えることができる生徒が生まれるような制度が望ましいと思います。

2つ目は、労働市場の問題。現在より柔軟性のある労働市場を実現することが必要だとおもいます。例えば、大学を卒業後、海外で人生経験を積んだり、2~3年NGOで働いたり、あるいはほかの勉強をするために年月を費やしたりした後で、新たに企業に就職することが可能な労働市場が作られれば、今後新たなアイデアが生まれる土壌が醸成されるのではないかと思います。

3つ目は、先ほども話題に上がりましたが、日本は女性を充分に活用しきれていません。これまで女性は企業内でも政治においても、影響力を充分に行使することが出来ない状況にありました。人口の半分の方たちが、非常にいいアイデア、新しいアイデアをもって、既にそこにいるわけですから、これらの人々を有効活用するのは非常に大切なことだと思います。

4つ目は、ダライ・ラマから聞いたアイデアです。ダライ・ラマは何度も来日しているのですが、その際に「日本がもっとよくなるためにどうすればいいのですか」という質問を彼はよく受けるようです。質問する方は、「もっとお祈りをしなさい」とか「アルコールを控えなさい」と答えることを期待しているようですが、実際のダライ・ラマの答えは「もっと英語を勉強しなさい」ということなんです(笑)。

「英語を学びなさい」と私の口から言うと傲慢に聞こえるかもしれません。そう思う気持ちも理解できます。しかし、現実問題として、この地球上でもっとも利用される機会が多い言語というのは、英語に他ならないわけです。英語が流暢な人が多い国は、多くの場合、経済的にも効果的な政策をとっています。日本の現在の立ち位置やこれまで示してきた能力を考えると、英語力はあまりにも乏しすぎるのが現実ではないでしょうか。

これには、日本の人たちが英語を話すことに自信を持っていないとか、英語を話す機会がないということもあると思います。その一方で、もしかすると、「あまりにも日本人の英語が上手になり、英語力が浸透しすぎると、もしかすると日本が日本でなくなってしまう」という不安があるのではないかと思うことも私はあります。でも、そうした心配をする必要はまったくないと私は思います。

“記者クラブ的なもの”はイギリスにもアメリカにもある


―本の話題から少し離れますが、日本のメディア環境については、どのように感じていますか?独自の記者クラブ制度が海外から批判的な意見を受けることが多いですが。

ピリング:これは非常に難しい問題なので、慎重にお答えしたいと思いますが、私は「日本の記者クラブがひどい制度で、誰もが官庁が言われる通りに情報をもらって、その通りに記事を書いている」といったことはあまり言いたくないのです。それはある意味でカリカチュアというか誇張された描写だと思います。

何故かというと、必ずしも「記者クラブ」という名前がついているとは限らないのですが、“記者クラブ的なもの”というのは、日本だけではなく、イギリスにもアメリカにも存在するからです。議会を取材するためには、身分を証明するプレスカードが必要ですし、議員に取材するためには、それなりの人脈を培う必要があります。ですから、欧米のメディアがすべて自由で、日本のメディアだけが官庁、政府からコントロールされているという描写は単純化されすぎていると思います。

とはいえ、メディアは「第4の権力」として機能しなければいけないということを忘れてはいけません。様々な体制、権力を外側から監視し、説明責任を果たさせる。彼らの前に鏡をかざして、「今のあなたはどうなんだ?」と責任を追及し、分析し、批判を加える。権力と真っ向から対立すべき存在であることが、マスメディアの役割なのです。そういう点でいえば、確かに時に日本のマスコミ、ジャーナリストには権力との距離感覚が少し怪しい、もう少し距離を取った方がよさそうに思える場面がないわけではありません。

政府がメディアに対して、「こうした言葉は報道で使うな」といった脅迫じみた言説が表面化するような場面では抵抗するのがメディアとしての正しい在り方だと思います。

―最後に未読の方へのメッセージ、あるいは「こういう人に読んでほしい」などの希望があれば教えてください。

ピリング:メッセージそのものは、この本の中に含まれていると考えていただければと思います。私はケンブリッジ大学で英文学を学んだのですが、私の先生たちは「シェイクスピアにハムレットは何を意味するのか?と問うのは間違いだ」とよく言っていました。「聞くのではなくて、まずはハムレットを読んでみろ」と(笑)。

読者の皆様には、私は日本を非常に愛する人間であり、日本を愛する人間としての立場からこの本を書いたということを念頭に置いていただきたいです。オープンな心でこの本を読んでいただいて、読者に何らかの新しい知識や感動を与えることが出来たなら、私にとってはとても幸福なことです。私の本はハムレットほどの古典ではありませんが、是非楽しく読んでいただきたいと思います。

プロフィール

デイヴィッド・ピリング David Pilling:フィナンシャル・タイムズ紙アジア編集長。2002年1月から08年8月まで同紙の東京支局長を務める。現在は香港を拠点に、中国、インド、東南アジアなどアジア各地を取材し、企業活動、投資、政治・経済などに関する時評や記事を執筆。1990年よりFT紙に加わり、チリ、アルゼンチン特派員、製薬・バイオ関連産業担当などを経て現職。The Society of Publishers in Asia Award、Editorial Intelligence Comment Award(UK)など受賞歴多数。

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