東京の交差点「小名木川駅前」…駅どこ? 近くに貨物線 0系新幹線の“生家”も
東京・江東区の明治通りには「小名木川駅前」という交差点があります。しかし、この交差点の近隣に駅は見当たらないうえ、そもそもそのような名前の駅はありません。なぜでしょうか。広大なショッピングモールにヒントがありました。
国鉄の名車を送り出した車両工場と接続
東京・江東区の北砂2丁目に「小名木川駅前」という交差点があります。すぐ近くに小名木川が流れていますが、近隣にある駅は、川の向こうにある都営新宿線 西大島駅であり、徒歩8分と離れた位置にあります。
では「小名木川駅」とは一体どんな駅なのでしょうか。結論をいうと、現在は存在しません。
小名木川駅は2000(平成12)年まで、JR総武本線の越中島支線にあった貨物駅です。いくつもの荷扱いホームを持つ巨大な駅でした。
明治通りにある「小名木川駅前」交差点の標識(2021年12月、安藤昌季撮影)。
この越中島支線は、小名木川の水運と鉄道との物流をつなぐ目的で1929(昭和4)年、亀戸駅(東京都江東区)から小名木川駅まで開業した路線です。とりわけ小名木川駅が重要だったのは、砂町に鉄道車両を製造する汽車製造合資会社の東京製作所があったことでした。
1931(昭和6)年に車両工場が建設されると、そこと小名木川駅までを結ぶ引き込み線が設けられます。ここで製造された鉄道車両は機関車に牽引され、小名木川駅を拠点に各地へ送り出されていました。
なお、東京製作所で製造された車両は多岐に及び、日本最大のタンク型蒸気機関車E10形や特急形電車151系、近郊形電車113系、通勤形電車101系、そして0系新幹線などがあります。越中島支線は非電化ですが、東京製作所の工場内には電化された試運転線もあったようです。
ではなぜ小名木川駅は廃止されたのでしょうか。これにも、所属していた越中島支線の歴史が関係しています。
豊洲・晴海まで延伸されていく越中島支線
越中島支線開業から間もない頃、当時の東京市はこの路線を臨港鉄道としても活用したいと考え、鉄道省に越中島駅(現在の越中島貨物駅)の設置を要望しますが、財源難を理由に拒否されます。
1938(昭和13)年、東京市の財政負担により越中島の埋め立てが開始され、1945(昭和20)年に越中島まで貨物線が延伸されました。さらに東京都は1953(昭和28)年、豊洲にあった石炭埠頭まで線路を延ばします。
「小名木川駅前」とされる場所だが駅はない(2021年12月、安藤昌季撮影)。
1957(昭和32)年には豊洲から都心方面へ晴海まで延伸。なお、この時に建設された晴海橋梁は、路線が廃止された現在でも残されています。
1958(昭和33)年に越中島駅(現在の京葉線越中島駅とは別)が開業。1967(昭和42)年には年間170万トンの貨物輸送が行われ、1日22往復の貨物列車が運行されました。45両もの無蓋貨車を連ねた石炭(コークス)運搬列車「とよす号」が、北陸本線の魚津駅(富山県魚津市)まで毎日運行されていたようです。
しかし越中島支線の最盛期はこの辺りまででした。1972(昭和47)年に汽車製造東京製作所が閉鎖。さらにトラック輸送の発達で、1989(平成元)年までに晴海と豊洲の両埠頭へ延びていた貨物線(東京都港湾局専用線)も全廃されます。
こうした変化を受け、貨物取扱量が減った小名木川駅は2000(平成21)年に廃止されました。その跡地には現在、大型ショッピングモール「アリオ北砂」が営業しています。なお、「アリオ北砂」の土地保有者は、現在もJR貨物です。
越中島支線を旅客化する構想も
越中島支線には今も、新小岩信号所と越中島貨物駅の「東京レールセンター」を結ぶ貨物列車が1日3往復運行されています(日曜日運休。3往復運行されない日もあり)。「アリオ北砂」の脇の線路には、列車交換(行き違い)可能な設備が残っています。
旧小名木川駅跡を活用したショッピングモール「アリオ北砂」(右)の横を貨物列車が走る(2021年12月、安藤昌季撮影)。
江東区は越中島支線を次世代型路面電車「LRT」で旅客化することを検討し、2003(平成15)年に報告書「江東区LRT基本構想策定調査」を提出しています。これは、越中島支線と明治通り沿いの都有地を組み合わせ、亀戸駅と新木場駅を15分以内で結ぶ構想です。広島電鉄の「グリーンムーバー」や熊本市交通局の連節車のような車両を用いることが想定されています。
報告書によると、停留所の設置を検討しているのは、亀戸駅、西大島駅に近い新大橋通りとの交点、アリオ北砂付近、北砂二丁目公園付近、葛西橋通りとの交点、永代通りとの交点、新東京郵便局付近、夢の島マリーナ付近、夢の島公園付近、新木場駅の計10か所です。
また、東武亀戸線や新金貨物線(総武線小岩〜常磐線金町)と接続しての亀戸駅以北への延伸や、新木場駅以南、東京へリポート、若洲への延伸も構想されています。
筆者(安藤昌季:乗りものライター)は越中島支線に沿いを歩きました。すでにほぼ全線にわたって複線用地が確保され、沿線の人口密度も高いことから実現難易度はそれほど高くないのではと感じました。
2021年時点では、行政支援なしでの採算性確保が難しいことや、江東区が地下鉄豊住線(豊洲〜住吉)の延伸を重視していることなどから旅客化へ向けた進展はありませんが、いつか小名木川駅が旅客駅として生まれ変わる姿を見たいものです。