MM総研が公表した調査によると、“格安SIM”などと呼ばれる低価格サービスを主体としたMVNOの回線契約数は、前年同期比で2割近く落ち込んでいるという。そこには携帯大手の料金引き下げが大きく影響しているのだが、一方で2021年はMVNOにとってプラスとなる材料もいくつか出てきている。今後MVNOの契約数は回復するのだろうか。

○MVNOに危機をもたらした遠因は菅前政権

菅義偉前内閣総理大臣の肝煎り政策だった携帯電話料金の引き下げ。2021年はその影響を非常に強く受ける形で、NTTドコモの「ahamo」に代表されるオンライン専用プランなど、携帯大手各社が相次いで低価格のモバイル通信サービスを提供して大きな話題をふりまいた。

では従来、低価格のモバイル通信サービスに力を入れ、“格安スマホ”“格安SIM”などの名称で知られているMVNOは、2021年どのような成果を挙げたのだろうか。MVNO各社も携帯大手の低価格サービスに対抗し、2021年前半により低価格なサービスを相次いで提供し競争力強化を図ってきたのだが、それで携帯大手に対抗できたのかというと、いくつかの調査を見る限り決してそうではない実態が見えてくる。

とりわけ直近の調査でMVNOの苦境ぶりを伝えているのが、MM総研が2021年12月21日に公表した、2021年9月末時点に置ける国内MVNO市場調査だ。この調査によると、2021年9月末時点でMVNOが提供する「独自サービス型SIM」は1239.5万回で、前年同期比で19.3%と大幅に減少。前半期(2021年3月末)に続いて2半期連続でのマイナス成長となっているのだ。

MM総研のプレスリリースより。同社の調査によると、MVNOの「独自サービス型SIM」の契約数は2半期連続で大きく減少している


もちろん業界動向を考慮すれば、これだけの契約数の急減にはそれなりに理由もある。元々MVNOだった楽天モバイルが携帯電話会社となったほか、同様にMVNOとしてサービス展開していた「LINEモバイル」を、ソフトバンクが吸収しオンライン専用の「LINEMO」となったことから、MVNOの契約者を新サービスへ移行させる動きを強めており、“元MVNO”の契約数が急速に減少していることの影響も小さくない。

楽天モバイルは携帯電話事業者(MNO)としてのサービス本格化に伴い、MVNOの契約者をMNOのサービスに移行する施策を強化。MVNOサービスの契約数は大幅に減少している


だがそうした減少を補ってMVNOの契約数が増えていないのには、やはり携帯大手の低価格プランが大きく影響したといえる。従来携帯大手は高額な通信量が大容量のプラン、MVNOは小容量で低価格のプランという形で住み分けが図られていたのだが、菅前政権が携帯大手に圧力をかけて料金引き下げを迫った結果、携帯大手が小容量・低価格の領域に進出せざるを得なくなった。

その結果、「UQ mobile」「ワイモバイル」といったサブブランドは割引サービスの適用で月額1000円を切る料金を実現したほか、楽天モバイルの「Rakuten UN-LIMIT VI」やKDDIの「povo 2.0」のように、月額0円から利用できるプランまで登場。加えて各社が新規契約や番号ポータビリティ転出時にかかる手数料の無料化を進めた結果、低価格を求めるユーザーが大手サービスの中で循環するようになってしまったのだ。

MVNOは元々、携帯大手の料金が高いことに不満を抱くユーザーが乗り換える傾向が強かった。だが一連の料金引き下げによって、MVNOに流れるユーザー自体が減ってしまったことが苦境へとつながっている訳だ。

○プラス材料は増えたがシェア回復の望みは薄い

もちろんMVNOの側も、携帯各社の動きにさまざまな対抗策を打っている。中でも最も大きな施策となったのはahamo発表から間もない2021年1月18日に、MVNOの業界団体であるテレコムサービス協会MVNO委員会が総務省に要望書を提出したことだろう。

この要望書では、当時MVNOが携帯各社からネットワークを借りる際のデータ接続料や音声卸料金の水準ではahamoなどに対抗できないとして、接続料などの値下げや、携帯大手と同じ条件で競争できることを担保するルール作りなどの緊急措置を求めたのである。その結果総務省の働きかけによって携帯大手の接続料などの引き下げがなされ、MVNOは対抗プランを打ち出せるようになったのだ。

総務省「接続料の算定等に関する研究会」第40回会合のテレコムサービス協会MVNO委員会提出資料より。ahamoなど大手の低価格プランにMVNOが対抗できないとして、総務省に要望書を提出するに至っている


また2021年には、こちらも総務省で議論がなされていた、プレフィックス番号を自動的に付与する仕組みをNTTドコモなどが実現。これによってMVNOが、専用アプリを使うことなく「30秒11円」など従来より大幅に安い音声通話サービスを提供できるようになり、携帯大手との差異化ができるようになった。

加えて2021年10月にはSIMロックの原則禁止化がなされ、携帯大手のショップで購入したスマートフォンにMVNOのSIMを挿入して利用しやすくなったほか、2021年12月には携帯3社が、いわゆる「キャリアメール」の持ち運びサービスを相次いで提供開始。「キャリアメールが使えないからMVNOに乗り換えられない」という問題も解消に至っている。

乗り換え障壁の1つとされてきたキャリアメールだが、携帯3社が2021年12月に相次いで持ち運びサービスの提供を開始したことで解消に至っている。画像はKDDIのauブランドが2021年12月20日より提供開始した「auメール持ち運び」


そうしたことを考えると、2021年にはMVNOに有利となる環境がかなり整ったともいえるのだが、だからといって今後MVNOの競争力が高まりシェアが回復するかというと、それは難しいという見方が多い。理由はやはり、携帯大手が低価格帯に進出したことで囲い込み効果が一層強まってしまったためで、それに対抗するには楽天モバイルくらいの大胆な料金施策が求められるのだが、事業規模が小さいMVNOには困難である。

一方で、2021年10月からはNTTドコモが小容量・低価格の領域をカバーするため「エコノミーMVNO」を開始、一部のMVNOのサービスをドコモショップで契約・サポートするなどの動きを見せている。この動きは一見MVNOに有利なように見えるのだが、エコノミーMVNOとなるには「dアカウント」、つまりNTTドコモの会員基盤と連携する必要があり、ある意味でMVNOがNTTドコモの経済圏に取り込まれる動きにもつながっている。

フリービットは傘下企業を通じてNTTドコモの「エコノミーMVNO」との連携を開始。その第1弾として2021年12月22日より、子供の見守り機能が強化されたiPhone向けのSIM「TONE for iPhone」を提供している


それに加えてMVNOは混雑時の通信速度が大幅に落ちやすいなど、通信品質面での構造的な弱みがあることを考えると環境の厳しさは当面変わらないといえ、今後撤退するMVNOが大幅に増えてもおかしくないというのが正直な所だ。目先の料金引き下げにこだわるあまり、市場競争の活性化と多様性をもたらす重要な存在のMVNOに危機をもたらしてしまった菅前政権の責任は重い。