■反対だったはずのNTTドコモが「電波オークション賛成」に転進

携帯電話料金の値下げ競争が、早々に終幕を迎えるかもしれない。

首相官邸を訪れた菅義偉前首相(左)を出迎える岸田文雄首相=2021年11月11日、首相官邸(写真=時事通信フォト)

岸田文雄政権は、菅義偉前政権が目玉政策として推進してきた携帯電話料金の「官製値下げ」を引き継ぐと明言していたが、携帯電話の周波数の割り当てを競売で決める「電波オークション」が現実味を帯び、にわかに雲行きが怪しくなってきたのだ。

総務省が導入に向けて検討を開始したところ、これまで反対一色だった通信業界から、最大手のNTTドコモをはじめ賛同する意見が飛び出し、状況が一変した。

競売となると落札価格が高騰して料金にハネ返るといわれるだけに、「電波オークション」の導入は「官製値上げ」につながりかねない。

多くの利用者がまだ「官製値下げ」の恩恵を実感できずにいる中、岸田政権の得意技である「聞く力」が利用者に向かわなければ、値下げ競争は早々に打ち止めになってしまう。

■規制改革推進会議が迫った「電波オークション」とは

これまで、通信や放送の電波の割り当ては、総務省の裁量による「比較審査方式」で行われてきた。事業者が提出した事業計画を元に財務状況や基地局整備のスケジュールなどを見比べ、電波の免許を与えるのにふさわしいとみなした事業者を選ぶ仕組みだ。

既存事業者や新規参入組のバランスをにらみながら公正競争を確保するため、折々の政策的判断により決定されてきた。ただ、主観が入りやすく「美人コンテスト」と揶揄されることもあった。

これに対し、「オークション方式」は、競争入札でもっとも高い金額を提示した事業者に電波を割り当てる仕組みで、つまるところ政府に多額の資金を納入させようというものだ。当然のことながら、資金力の豊かな事業者が有利になるといわれている。

「電波オークション」の導入は、これまでもたびたび俎上に上ってきたが、総務省にとって「比較審査方式」による電波の割り当ては通信・放送業界を牛耳る力の源泉となってきただけに、影響力を削がれるような「オークション方式」には一貫して消極的だった。

写真=iStock.com/mizoula
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通信業界も、競争入札になれば新たに電波を取得するための多額のコストが発生するため、おしなべて慎重だった。利用者の間でも、料金値上げにつながりかねない懸念から支持する声は小さかった。

ところが近年、欧米を中心に「オークション方式」を採用するケースが相次ぎ、既に50超の国が何らかの形で取り入れるようになってきた。経済開発協力機構(OECD)の加盟国で導入していないのは日本だけになってしまったという。

こうした海外の状況を踏まえて、政府の規制改革推進会議が「オークション方式」の導入を強く迫った。

■総務省は重い腰を上げて有識者会議を設置

このため、総務省は重い腰を上げて、10月末に有識者会議「新たな携帯電話用周波数の割当方式に関する検討会」を立ち上げ、電波資源がひっ迫する中で携帯電話の第5世代通信規格(5G)の効率的な運用方法を探ることになり、中心的議題として「オークション方式」を取り上げることになった。

総務省としても、海外事情を鑑みればかたくなに導入を拒否し続けることは得策ではないとの判断に傾いたようで、有識者会議の設置そのものが「オークション方式」の導入に向けて舵を切ったことの証左ともいえる。

もっとも、一口に「オークション方式」といっても、先行する各国での取り組みもさまざまで、国情に合わせて、あまたの試行錯誤を経て現在に至っているのが実情だ。

純粋な入札方式から限りなく現行の「比較審査方式」に近い形まで、さまざまな仕組みが考えられるため、総務省も有識者会議の議論を注視するという、やや半身の構えでスタートしたようだ。

■NTTドコモが導入賛成に転じ、事態は急転

ところが、有識者会議が「オークション方式」の議論を始めてまもなく、事態は急転した。

通信大手各社のヒアリングを実施したところ、最大手のNTTドコモが、従来の慎重姿勢から一転して導入に賛成の立場を鮮明にしたのだ。

井伊基之社長は、5G時代はIoT機器などによる携帯電話以外の電波利用が増え通信環境が激変するとの見通しを示し、「オークションによる周波数の割り当ては透明公平で、グローバルスタンダードになっている。価格の透明性や、将来の需要の変化への柔軟性をもった『オークション方式』を、今後の割り当ての基本的な方式として検討すべきだ」と明言。懸念される落札価格の高騰を防ぐ方策として、獲得周波数に上限を設けるなど制度設計の工夫を上げた。

ソフトバンクも、「オークション方式」に一定の理解を示した。

宮川潤一社長は、「『比較審査方式』は今や、特定基地局開設料が組み込まれて諸外国のオークション制度に近く、『オークション方式』の一類型とみなすことができる」との認識を示したうえで、「基本的には現行制度を支持する」としながらも、通信エリアの整備要件や免許の付与期間など一定の条件が考慮されるなら「オークション方式」の導入を否定しないという、微妙な見解を披露した。

■猛反対する楽天モバイル「携帯価格競争を阻害する『愚策』」

これに対し、絶対反対を表明したのが、新興の楽天モバイル。

三木谷浩史会長が「電波オークション方式は、NTTドコモなど過剰に利益を上げている企業の寡占化を復活するだけで、最終的にはせっかく下がってきている携帯価格競争を阻害する『愚策』だ。弊社としては大反対」と怒りを露わにした。

山田善久社長も、資金力の乏しい後発事業者が不利になることで公正競争が後退する可能性を指摘して「議論が十分になされていない現段階では、『オークション方式』に強く反対する」と主張した。資金難にあえぎ黒字化もままならない新規参入組にとって、「オークション方式」の導入は、まさに死活問題というわけだ。

一方、KDDIは、高橋誠社長が「審査方法に、客観性・中立性・透明性が確保されることを望む」と強調するにとどまり、賛否を明確にしなかった。様子見なのか、思考停止なのか、いささかわかりにくい対応といえそうだ。

■NTTドコモの豹変は「楽天モバイルつぶし」か

NTTドコモの豹変には、さまざまな見立てがある。

一つは、「楽天モバイルつぶし」という視点だ。

格安料金で寡占市場に殴り込みをかけた楽天モバイルの勢いを封じ込めるために、新たに割り当てられる周波数帯を「オークション方式」の競りにかけ、豊富な資金力で渡さないようにしてしまおうという思惑がかいま見える。

これには、NTTの完全子会社になって一般株主への配慮を気にする必要がなくなったことが背景にありそうだ。業績悪化を承知で、各社に先がけて携帯電話料金の値下げに踏み切った時と同様に、「オークション方式」で多額の資金を拠出するリスクを負ってもかまわないという選択が可能になったからにほかならない。

一方、総務省に対する「反逆」という指摘もある。

きっかけとなったのは、2021年春に東名阪エリア以外の5G用1.7GHz帯の周波数の割り当て問題。総務省は、各社とのバランスや審査基準で優位とみられていたNTTドコモを押しのけて楽天モバイルに割り当てたため、NTTドコモには「度を越した楽天モバイル優遇策」と映り、激しく反発したというのである。

本格的な5G時代の到来を前に、恣意的な割り当て方式が続くようなら、いっそ透明性の高い「オークション方式」で決着をつけた方がいい、ということのようだ。

逆に、「電波オークション」の導入を覚悟しているといわれる総務省の「後押し」をしたという見方もある。

菅前政権が押し立てた「官製値下げ」にいち早く呼応して政府に「貸し」をつくったように、先陣を切って「オークション方式」導入に賛意を示すことで、再び「貸し」をつくろうというのである。NTTの再々編はまさに途上で、NTTにとって再々編を狙い通りに運ぶためにも総務省の影響を極力排除したいという思いがチラつく。

いずれにせよ、NTTドコモの方針転換が「オークション方式」導入の流れを加速させる引き金になったことは間違いなさそうだ。

■確かに携帯電話の料金は下がったが……

確かに、菅前政権の値下げ圧力による「官製値下げ」で、携帯電話の新しい料金プランは大幅に下がった。

総務省は、仮想移動体通信事業者(MVNO)を含む携帯通信各社が2月以降に提供開始した割安な新料金プランについて、5月末時点で契約数が約1570万件に達したと発表。利用者アンケートに基づく試算によると、料金引き下げによる国民負担軽減額は年間約4300億円に上るという。

写真=iStock.com/maruco
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大手3社も3月、NTTドコモ「ahamo(アハモ)」、KDDI(au)「povo(ポヴォ)」、ソフトバンク「LINEMO(ラインモ)」と名づけたオンライン専用の割安プランを相次いでスタートさせ、菅前首相は「携帯電話の料金値下げで家計の負担が減った」と胸を張った。

通信会社を乗り換えやすい環境も整いつつある。

携帯大手3社の契約者向けメール(キャリアメール)のアドレスは、契約会社を変えてもそのまま持ち運びができるようになった。利用者を「2年縛り」などで囲い込んでいた割高な解約金も、来春までに3社とも撤廃される。

通信大手各社の21年度中間決算は軒並み減益となり、「官製値下げ」が直撃したことが数字にはっきり表れた。

だが、各社とも、もはや、これ以上の消耗戦は避けたいのが本音だろう。

そこに、「電波オークション」の導入問題が持ち上がった。

となれば、実施に備えて原資を確保しなければならなくなるので、さらなる値下げを見合わせる格好の理由になる。

■料金に転嫁されれば「官製値上げ」になりかねない

金子恭之総務相は就任直後、携帯電話の料金政策について「低廉化が進むよう、引き続き取り組んでまいりたい」と述べ、菅前政権の方針を継続する意向を強調した。

だが、電波の割り当てが「オークション方式」になれば、落札額が高かろうが低かろうが、落札した通信会社は資金回収のために、あの手この手の戦術を練ることになる。通信料金への反映は最たるものだろう。

つまり、「電波オークション」の導入は、「官製値上げ」の環境を整えることになり、金子総務相の決意とは真逆の方向に進みかねない。

「官製値下げ」の恩恵を受けている利用者は、まだ限られる。

通信大手各社が中間決算で明らかにした契約者数は、「ahamo」がやっと200万件を超えた程度。「povo」は100万超件。「LINEMO」に至っては開示もされなかった。格安がウリの楽天モバイルも370万件程度に過ぎず、約1億5000万件の個人向け契約者数からみれば、微々たるものだ。

新プランの認知度は高くても、実際に移行した利用者はきわめて少数なのである。総務省の発表とは大きな乖離があり、政権が期待するほど値下げ効果は出ていないのが実態だろう。

このタイミングで「官製値上げ」に道を開くことが適切かどうか、利用者目線で見極めることが求められよう。

総務省は、22年夏までに「電波オークション」導入の結論を得るとしているが、有識者会議の議論の焦点は今後、導入を前提とした条件整備に移るとみられる。

「電波オークション」の議論が深まるほど、「官製値上げ」の足音が近づいてきそうだ。

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水野 泰志(みずの・やすし)
メディア激動研究所 代表
1955年生まれ。早稲田大学政治経済学部政治学科卒。中日新聞社に入社し、東京新聞(中日新聞社東京本社)で、政治部、経済部、編集委員を通じ、主に政治、メディア、情報通信を担当。2005年愛知万博で万博協会情報通信部門総編集長。現在、一般社団法人メディア激動研究所代表。日本大学法学部新聞学科で政治行動論、日本大学大学院新聞学研究科でウェブジャーナリズム論の講師。著書に『「ニュース」は生き残るか』(早稲田大学メディア文化研究所編、共著)など。
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(メディア激動研究所 代表 水野 泰志)