「やがてツケは国民に」月2980円のドコモ値下げは"大NTT復活"の序曲にすぎない【2020年BEST5】
※内容は掲載当時のものです。
■格安スマホも割高になる衝撃的なプラン「アハモ」
政府の意を汲む形で、政府を大株主とするNTTグループが携帯電話料金の値下げ競争のリード役に躍り出た。だが、そこには、かつての「大NTT」の復活を期待する大望が垣間見える。
NTTドコモが12月3日に発表した「ahamo(アハモ)」と名付けた格安の新料金プランは、容量20ギガバイト(GB)のデータ通信料金を月額2980円(税別、以下同)で、2021年3月から提供するというもの。国内通話も1回あたり5分以内ならかけ放題で、ドコモユーザーが既存プランから切り替える場合は、手数料はかからない。
料金面だけみると、NTTドコモの現行の同容量プラン「ギガホ」の月額7150円に比べ、6割近い大幅値下げとなる。
アハモの月額2980円は、政府の値下げ要請を踏まえて、一足先に発表されたKDDI(au)がサブブランドのUQモバイルで提供する20GBで月額3980円の新プランや、同じくソフトバンクがサブブランドのワイモバイルで新設する20GBで月額4480円のプランを下回り、容量制限なしで月額2980円の楽天モバイルと肩を並べる。
低料金(10〜20GBで3000円〜4000円台)がウリの格安スマホもアハモに比べれば軒並み割高となってしまう。
■ただし中高年世代やファミリー層にはハードルが高い
もっとも、料金を抑えるため、利用にあたっての制約も少なくない。
「アハモ」は、新規申し込みから各種手続き、サポートまで、すべてウェブまたは専用アプリで完結するようネット手続きに特化しており、従来のように対面式のドコモショップでは契約できない。
また、「みんなドコモ割(契約回線数に応じた割引)」「ドコモ光セット割(「ドコモ光」の契約に伴う割引)」「dカードお支払割(料金の支払いに「dカード」「dカードゴールド」を指定した場合の割引)」「ファミリー割引(家族内通話無料サービス含む)」など既存プランの各種割引は併用できない。
さらに、キャリアメールである「ドコモメール」も使えない。
井伊基之NTTドコモ社長が「デジタルネイティブの20歳代をターゲットにする」と宣言したように、「アハモ」は中高年世代やファミリー層にはいささかハードルが高いプランと言えるかもしれない。
■20GBを超えるヘビーユーザーは5%未満
とはいえ、「アハモ」の衝撃は大きい。スマホユーザーのデータ通信の月間平均利用量は約7GBで、20GBを超えるヘビーユーザーは5%未満にすぎないといわれるだけに、「アハモ」は大半の利用者にとってお得なプランになりうる。
6月に発表された携帯電話料金の内外価格差調査(総務省)では、世界6都市中で20GBのデータ通信料金は東京が8175円ともっとも高額だったが、一気に安値国の仲間入りをしそうだ。
KDDIは、「市場に一定のインパクトはある」と驚きを隠さず、9日にはメインブランドからサブブランドの値下げプランに乗り換える際にかかる最大1万5500円の手数料(中途解約金9500円、同一番号移行=MNP=費用3000円、契約事務費3000円)を、2021年2月以降に全廃すると発表した。
ソフトバンクも同日、同様にサブブランドの新プランへの乗り換え手数料を2021年春から原則撤廃する方針を明らかにした。
政府の意向を受けて新たな大幅値下げプランをサブブランドで用意したものの、武田良太総務大臣が「高額な移行手数料は、メインブランドに囲い込む方策」と強く批判したこともあって、両社とも急きょ手数料を見直すことになった。
さらに、武田総務大臣のメインブランドでの値下げ要求に対しても、様子見を決め込むことは難しい状況に追い込まれた。
■菅首相は「一つの節目を迎えた」と手放しで評価
一方、格安スマホの日本通信は、「アハモ」発表の翌4日、直ちに容量16GBで月額1980円の対抗プランを発表した。
楽天も、3〜5GBで現行プランの半額となる1000円台の新プランの検討を始めた。
「4割は下げられる」と断言した菅義偉首相は、NTTドコモの「アハモ」発表後、すかさず「本格的な競争に向けて一つの節目を迎えた」と手放しで評価。直後の雪崩を打ったような値下げ合戦に、11日のネット番組で「KDDIもソフトバンクも追随せざるを得なくなる。たぶん半分以下になる」と“強権発動”の成果に自信を見せた。
また、武田総務大臣と公正取引委員会や消費者庁を所管する井上信治特命担当相は9日、「携帯電話料金の低廉化に向けた二大臣会合」を開き、「関係省庁の力を結集して、値下げの障害を取り除いていく」と、政府として値下げ圧力をさらに強めていく方針を確認した。
■「大NTT」復活に菅政権の後押しを目論む深謀遠慮
値下げ合戦に巻き込まれることをもっとも嫌っていたNTTグループが自ら渦中に飛び込んだのは、NTTドコモの立て直しが喫緊の課題となったからだ。
売上高や営業利益でKDDIやソフトバンクの後塵を拝し業界3位に転落したNTTドコモにとって、価格破壊の「アハモ」はトップに返り咲くための起死回生策となる。
約600万人とされる「ギガホ」ユーザーの大半が「アハモ」に切り替えた場合、年間の減収幅は2000億円を超えるとみられるが、現状に甘んじることは「絶対王者」を宿命づけられたNTTグループのプライドとメンツが許さなかった。
ただ、NTTドコモの立て直しは表面的な理由の一つにすぎない。
菅首相の真意を忖度して値下げ競争の先兵役を務める決断をした背景には、その引き換えとして、政府に「大NTT」復活へ筋道をつけてもらおうという深謀遠慮がある。
■「公正な市場競争の確保」錦の御旗で、切り刻まれた歴史
振り返ると、1985年の通信自由化とともに、日本電信電話公社(電電公社)が民営化されたNTTは、1988年に情報サービスのNTTデータ、1992年に移動体通信のNTTドコモが切り離され、1999年には持ち株会社の傘下で地域通信のNTT東日本・西日本と長距離通信のNTTコミュニケーションズに分離・分割された。
それは、「公正な市場競争の確保」という錦の御旗の下で、独占企業が切り刻まれていく歴史だった。
だが、固定通信や音声通話が主流だった時代は遠くに過ぎ去り、今やSNSが隆盛を極め、5Gのスマホや大容量のデータ通信へと市場環境は様変わりしつつある。しかも、通信会社の競争は今後、コンテンツやライフスタイルサービスなど非通信分野でシノギを削ることになるともいわれる。
■あわよくばNTT東西の一本化まで目論む
ところが、NTTは、現在も政府が筆頭株主として約33%の株式を握り、NTT法に縛られて自由な企業活動は制約されたまま。移動体通信、固定通信、法人向けデータなどの事業が分社化しているため、あらゆるサービスを一体で提供できるKDDIやソフトバンクに後れを取り、このまま手をこまねいていてはジリ貧に陥るのは必至。ナショナルフラッグとして、GAFA(グーグル、アップル、フェイスブック、アマゾン)のような巨大IT企業に対抗することもままならない。
こうした窮状を打開するために導き出したのが、NTTグループが名実ともに一体化する「大NTT」の復活だ。
NTTは、第一歩として11月、稼ぎ頭のNTTドコモをTOB(株式公開買い付け)で完全子会社化した。次はNTTコミュニケーションズなどグループ各社の糾合で、あわよくばNTT東西の一本化まで目論んでいるといわれる。
だが、「大NTT」回帰に対するライバル各社の反発は必至なだけに、分断から再編へ新たな歴史を刻むためには、菅政権の強力な後押しが欠かせないのだ。
■KDDI社長は「政府に料金を決める権利はない」と発言
NTTグループが仕掛けた値下げ競争は当面、高止まりしていた携帯電話の料金を下げるのに一定の効果をもたらすとみられる。多くの利用者が値下げを実感できるのは「3割以上」という調査もあり、「アハモ」は十分に期待に応えられそうだ。
ただ、単純に喜んでばかりはいられない。中長期の視点でみると、まるで景色が変わってくる。
本来、料金の値下げは、競争政策によって実現するのが「王道」。このため、歴代政権は、NTTグループを抑え込み、KDDIやソフトバンクの成長を下支えし、楽天モバイルや格安スマホ事業者の新規参入を推進してきた経緯がある。
この間、通信料金は、通信会社が自由に決められるようになった。従って、なりふりかまわず値下げを迫る菅政権に対し、「政府に料金を決める権利はない」と言い放ったKDDIの高橋誠社長の言は、通信各社の本音そのものといえる。
今後、圧倒的に体力に勝るNTTグループが、価格競争で大出血覚悟の「横綱相撲」をとれば、ライバル各社が追随するのは容易ではなくなる。とりわけ、楽天モバイルや格安スマホ事業者は存在意義を失い、壊滅しかねない。
■「官製値下げ」で歪む通信市場のツケは国民に跳ね返る
通信市場は、かつてNTTドコモが6割以上のシェアを握っていた「1強2弱」時代から、20年かかって大手3社のシェアがようやく拮抗する「3強」時代になったが、「NTT1強」の独占状態に戻れば、携帯電話の料金が再び上昇する局面を迎えるかもしれない。
さらに、競争がなくなれば、次代の社会インフラとなる5G(第5世代移動体通信)の普及や、次世代の6Gへの投資にも影響が出て、国際舞台での立ち遅れは避けられなくなる。
NTTグループの「一人勝ち」を招きかねない「官製値下げ」は、一時的な効果こそあれ、さまざまな難題を内包しており、限界があるのだ。
NTTドコモの完全子会社化を皮切りとする「大NTT」の復活について、KDDIの高橋誠社長が通信各社を代表するように「NTTの経営形態の在り方は、通信市場全体の公正競争という観点から慎重に議論されるべきだ」と言明したのは、きわめて真っ当といえる。
携帯電話の料金が下がって家計の負担が減ることは歓迎できるが、「官製値下げ」が将来的に日本の通信市場を歪める事態になれば、そのツケは回りまわって国民に跳ね返ってくる。
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水野 泰志(みずの・やすし)
メディア激動研究所 代表
1955年生まれ。早稲田大学政治経済学部政治学科卒。中日新聞社に入社し、東京新聞(中日新聞社東京本社)で、政治部、経済部、編集委員を通じ、主に政治、メディア、情報通信を担当。2005年愛知万博で万博協会情報通信部門総編集長。現在、一般社団法人メディア激動研究所代表。日本大学法学部新聞学科で政治行動論、日本大学大学院新聞学研究科でウェブジャーナリズム論の講師。著書に『「ニュース」は生き残るか』(早稲田大学メディア文化研究所編、共著)など。
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(メディア激動研究所 代表 水野 泰志)