バックオフィスDXの最新動向と国内企業の取組事例 - 慶大・岩本隆特任教授が解説
●「働き方」を取り巻く世界や企業の動き
コロナ禍に入ってから急加速するバックオフィスのDX。先進企業は各社、創意工夫を重ねながらDXを推進している。多くの企業と共に経営に関する研究を行う慶應義塾大学 大学院経営管理研究科 特任教授 岩本隆氏は、12月2日に開催されたTECH+スペシャルセミナー「バックオフィス業務のデジタル適応法〜バックオフィスからDXの礎をつくる〜」にて、バックオフィスDXに関する調査結果や国内先進企業各社の取組事例、バックオフィスDXを推進するためのポイントについて解説した。
○「働き方」を取り巻く世界や企業の動き
岩本氏はまず、日本オラクルが毎年発表している「AIの活用に関するグローバルでの調査」の結果を紹介した。この結果は、間接部門のテクノロジー活用がどれだけ進んでいるかを表したものともいえる。2021年は13カ国を対象に調査が行われ、岩本氏は日本の調査結果の分析に関わっている。
調査結果によると、日本は、調査対象国13カ国のなかで職場でのAI活用が最も遅れていることが分かる。職場でAIを活用している比率を見ると、中国やインドでは約8割に達しているのに対し、日本は31%と3年連続で最下位。バックオフィスでのAI活用の状況については「検討すらしていない」とする回答が47%を占める。この結果を受けて、岩本氏は「グローバルでは、バックオフィスでのデジタル活用は当たり前になっているのにもかかわらず、日本では進んでいないだけでなく検討すらできていない状況。グローバル基準では意識も含めて遅れている」とコメントした。
一方で、日本の従業員の75%が「自身の将来のサポートにテクノロジーを活用したい」、83%が「AIは人よりもキャリアサポートが得意である」と回答している。これらは諸外国に比べて高い値となっており、日本企業で働く従業員はテクノロジーに対する信頼が厚く、バックオフィスにテクノロジーを入れる意義は大きいとも考えられる。
続いて岩本氏は、「従業員エンゲージメントスコア」「ウェルビーイング度」という働き方の指標となる考え方について紹介した。従業員エンゲージメントについては、すでに経営に活用している企業も多くあるが、コロナ禍を受けて、ウェルビーイングにも注目が集まりつつある。ウェルビーイングはフィジカル/メンタルの健康に幸福感も加えた概念で、ウェルビーイング度はキャリア充足度とも言い換えられる。
「従業員エンゲージメントスコアが上がっても、離職率が増加しているという話をコロナ禍に入ってからよく聞くようになりました。企業がウェルビーイングまでサポートしなければ、従業員は燃え尽き症候群になってしまうのです。一方、ウェルビーイング度が高くても、従業員エンゲージメントが低いとぬるま湯状態となってしまいます。これらを両立させることが、これからの経営に求められています。
コロナ禍によって、改めて自分の人生を考え直した従業員に対して『うちの会社でもこんなことができる/こんなキャリアが歩める』と提示します。そこにデジタルテクノロジーを活用し、論理的かつ定量的にウェルビーイング度を高められるようサポートすることが重要です。そこにビジネスチャンスを見いだし、参入する企業も昨今増えています」(岩本氏)
こうした背景もあり、バックオフィスに関するテクノロジーを包括した「ワークテック」という用語がにわかに注目度を増している。ワークテックとは、リモートワークツールに加え、HRテック、アカウンテック、フィンテック、オフィステック、リーガルテックなどを包含した概念だ。
●ニューノーマルな働き方の肝は「人材マネジメント」
○ニューノーマルな働き方の肝は「人材マネジメント」
投資家が人材を含めた無形資産に注目するようになったことで、人材マネジメントに関するプレスリリースが昨今増えている。岩本氏は、大手企業10社程度と共にニューノーマル時代の働き方の研究をしている立場から、これらのプレスリリースを基に複数の事例を紹介した。
日立製作所は2020年5月、「在宅勤務を変革のドライバーとして働き方の多様化を推し進めるとともに、ジョブ型マネジメントへの転換を加速する」と発表した。また、その半年後となる2020年11月には、「自社で取り組んだニューノーマル時代の働き方を実現するノウハウや技術を外販する」と発表。同サービスは、場所を選ばず快適に仕事ができるIT環境を提供する「ワークスペース」、従業員の生産性を最大化する人材マネジメントを推進する「プロダクティビティ」、データ活用によりオフィス空間を再設計して価値最大化を提案する「ワークプレイス」の3つのカテゴリーから成り、オフィスワーカー、セールスワーカー、プロダクトワーカーといったペルソナに合わせて、サブスクリプション形式で提供される。
KDDIは2020年7月、「新働き方宣言」として、ジョブ型の新たな人事制度の導入と、社内DXを進めていく考えを発表した。
2020年10月にはオカムラが、分散するワークプレイスの構築と多様な働き方のマネジメントを支援するDXサービス「Work x D」を発表。同サービスは、予約システム、認証システム、ゲスト管理システムなど、働く環境を取り巻くさまざまなシステムを統合・可視化することで、別々の場所で働いていても、クラウド上ではフェイス・トゥ・フェイスで働いているように感じられるというものだ。
コロナ禍に入る前から取り組みをスタートさせていたのは、ライオンだ。同社は2019年7月に「ライオン流 働きがい改革」を宣言。「多彩な能力発揮を最大化するための『ワークマネジメント』」「働き方を変え、自律性を重んじる『ワークスタイル』環境の整備」「互いの理解と尊重による関係性の強化」を3本柱に据えた施策を推進している。
○バックオフィスDXを実現するポイント
こうした事例を踏まえ、岩本氏は最後に、バックオフィスのDXを実現するポイントを紹介した。
まずは、意識改革・制度改革・テクノロジー活用を三位一体で進めること、そして、さまざまなニーズを同時に満たせるよう個々人に最適なワークプレイス/ワークスペースを提供することである。
「個々人の自律性を高める一方で、個人と組織の生産性を最大化するという、一見矛盾しているとも思えることを同時に成立させていかなければならず、難易度は高い取り組みです。しかし、ワークテックを活用すると、これらを満たすようなサポートが可能になります」(岩本氏)
バックオフィスのDXを実現するには、さまざまな部門の連携が必要だ。まずは、総務・人事・経理などの間接部門が連携し、ニューノーマルな働き方の全体像を描き、個々の部門のサポートが有機的に結合する体制を構築すべきである。そして、情報システム部門とも連携し、テクノロジー活用も進めていかなければならない。岩本氏は、「難しそうなことを言っていると思うかもしれないが、国内の先進企業はすでに取り組んでいる。コロナ禍をきっかけとして、ぜひ進めていただきたい」と語った。
コロナ禍に入ってから急加速するバックオフィスのDX。先進企業は各社、創意工夫を重ねながらDXを推進している。多くの企業と共に経営に関する研究を行う慶應義塾大学 大学院経営管理研究科 特任教授 岩本隆氏は、12月2日に開催されたTECH+スペシャルセミナー「バックオフィス業務のデジタル適応法〜バックオフィスからDXの礎をつくる〜」にて、バックオフィスDXに関する調査結果や国内先進企業各社の取組事例、バックオフィスDXを推進するためのポイントについて解説した。
○「働き方」を取り巻く世界や企業の動き
岩本氏はまず、日本オラクルが毎年発表している「AIの活用に関するグローバルでの調査」の結果を紹介した。この結果は、間接部門のテクノロジー活用がどれだけ進んでいるかを表したものともいえる。2021年は13カ国を対象に調査が行われ、岩本氏は日本の調査結果の分析に関わっている。
調査結果によると、日本は、調査対象国13カ国のなかで職場でのAI活用が最も遅れていることが分かる。職場でAIを活用している比率を見ると、中国やインドでは約8割に達しているのに対し、日本は31%と3年連続で最下位。バックオフィスでのAI活用の状況については「検討すらしていない」とする回答が47%を占める。この結果を受けて、岩本氏は「グローバルでは、バックオフィスでのデジタル活用は当たり前になっているのにもかかわらず、日本では進んでいないだけでなく検討すらできていない状況。グローバル基準では意識も含めて遅れている」とコメントした。
一方で、日本の従業員の75%が「自身の将来のサポートにテクノロジーを活用したい」、83%が「AIは人よりもキャリアサポートが得意である」と回答している。これらは諸外国に比べて高い値となっており、日本企業で働く従業員はテクノロジーに対する信頼が厚く、バックオフィスにテクノロジーを入れる意義は大きいとも考えられる。
続いて岩本氏は、「従業員エンゲージメントスコア」「ウェルビーイング度」という働き方の指標となる考え方について紹介した。従業員エンゲージメントについては、すでに経営に活用している企業も多くあるが、コロナ禍を受けて、ウェルビーイングにも注目が集まりつつある。ウェルビーイングはフィジカル/メンタルの健康に幸福感も加えた概念で、ウェルビーイング度はキャリア充足度とも言い換えられる。
「従業員エンゲージメントスコアが上がっても、離職率が増加しているという話をコロナ禍に入ってからよく聞くようになりました。企業がウェルビーイングまでサポートしなければ、従業員は燃え尽き症候群になってしまうのです。一方、ウェルビーイング度が高くても、従業員エンゲージメントが低いとぬるま湯状態となってしまいます。これらを両立させることが、これからの経営に求められています。
コロナ禍によって、改めて自分の人生を考え直した従業員に対して『うちの会社でもこんなことができる/こんなキャリアが歩める』と提示します。そこにデジタルテクノロジーを活用し、論理的かつ定量的にウェルビーイング度を高められるようサポートすることが重要です。そこにビジネスチャンスを見いだし、参入する企業も昨今増えています」(岩本氏)
こうした背景もあり、バックオフィスに関するテクノロジーを包括した「ワークテック」という用語がにわかに注目度を増している。ワークテックとは、リモートワークツールに加え、HRテック、アカウンテック、フィンテック、オフィステック、リーガルテックなどを包含した概念だ。
●ニューノーマルな働き方の肝は「人材マネジメント」
○ニューノーマルな働き方の肝は「人材マネジメント」
投資家が人材を含めた無形資産に注目するようになったことで、人材マネジメントに関するプレスリリースが昨今増えている。岩本氏は、大手企業10社程度と共にニューノーマル時代の働き方の研究をしている立場から、これらのプレスリリースを基に複数の事例を紹介した。
日立製作所は2020年5月、「在宅勤務を変革のドライバーとして働き方の多様化を推し進めるとともに、ジョブ型マネジメントへの転換を加速する」と発表した。また、その半年後となる2020年11月には、「自社で取り組んだニューノーマル時代の働き方を実現するノウハウや技術を外販する」と発表。同サービスは、場所を選ばず快適に仕事ができるIT環境を提供する「ワークスペース」、従業員の生産性を最大化する人材マネジメントを推進する「プロダクティビティ」、データ活用によりオフィス空間を再設計して価値最大化を提案する「ワークプレイス」の3つのカテゴリーから成り、オフィスワーカー、セールスワーカー、プロダクトワーカーといったペルソナに合わせて、サブスクリプション形式で提供される。
KDDIは2020年7月、「新働き方宣言」として、ジョブ型の新たな人事制度の導入と、社内DXを進めていく考えを発表した。
2020年10月にはオカムラが、分散するワークプレイスの構築と多様な働き方のマネジメントを支援するDXサービス「Work x D」を発表。同サービスは、予約システム、認証システム、ゲスト管理システムなど、働く環境を取り巻くさまざまなシステムを統合・可視化することで、別々の場所で働いていても、クラウド上ではフェイス・トゥ・フェイスで働いているように感じられるというものだ。
コロナ禍に入る前から取り組みをスタートさせていたのは、ライオンだ。同社は2019年7月に「ライオン流 働きがい改革」を宣言。「多彩な能力発揮を最大化するための『ワークマネジメント』」「働き方を変え、自律性を重んじる『ワークスタイル』環境の整備」「互いの理解と尊重による関係性の強化」を3本柱に据えた施策を推進している。
○バックオフィスDXを実現するポイント
こうした事例を踏まえ、岩本氏は最後に、バックオフィスのDXを実現するポイントを紹介した。
まずは、意識改革・制度改革・テクノロジー活用を三位一体で進めること、そして、さまざまなニーズを同時に満たせるよう個々人に最適なワークプレイス/ワークスペースを提供することである。
「個々人の自律性を高める一方で、個人と組織の生産性を最大化するという、一見矛盾しているとも思えることを同時に成立させていかなければならず、難易度は高い取り組みです。しかし、ワークテックを活用すると、これらを満たすようなサポートが可能になります」(岩本氏)
バックオフィスのDXを実現するには、さまざまな部門の連携が必要だ。まずは、総務・人事・経理などの間接部門が連携し、ニューノーマルな働き方の全体像を描き、個々の部門のサポートが有機的に結合する体制を構築すべきである。そして、情報システム部門とも連携し、テクノロジー活用も進めていかなければならない。岩本氏は、「難しそうなことを言っていると思うかもしれないが、国内の先進企業はすでに取り組んでいる。コロナ禍をきっかけとして、ぜひ進めていただきたい」と語った。