「高齢ドライバー事故」はなぜ日本で目立つのか 脳活動とヒューマンエラーの関係がカギに?
後を絶たない高齢ドライバーによる事故
またしても、痛ましい交通事故が起こってしまいました。
2021年11月25日午後2時半過ぎ、横浜市戸塚区内の国道1号のバス停に、71歳男性が運転するワンボックスカーが突っ込み4人をはね、40代男性と50代女性が死亡、また70代の男女が軽傷を負いました。
【画像】「あ、危ない!」交通事故が起こりやすい要因をチェック!(11枚)
ワンボックスカーの運転手は、「意識が飛んでいて(人をはねたときの)記憶がない」と供述しているといいますが、事故の詳しい原因や経緯についての発表は今のところありません。
また、今回の事故の8日前、11月17日には大阪府大阪狭山市で89歳男性がアクセルとブレーキを踏み間違えてスーパーマーケットに突っ込み、またその衝撃に驚いて急激にバック走行するなどしてひとりが死亡し複数の人が負傷しています。
近年、こうした高齢ドライバーによる重大な事故が大きく報道されることが増えている印象があります。なかでも、いわゆる池袋暴走事故の裁判については多くの人の記憶に新しいところでしょう。
筆者(桃田健史)は40年近くにわたり、世界のさまざまな国や地域で自動車に関する多方面での取材をおこなってきました。その経験上、日本では高齢ドライバーが起因する事故が目立つという現状に驚いています。
もちろん、海外でも高齢ドライバーによる事故は発生していますが、少なくとも欧米の先進国では近年の日本のような、店舗に突っ込んだり、長距離を逆走したりするケースがローカルニュースとして取り上げられることはかなり少ないと感じます。
例えばアメリカの場合、駐車場は前向き駐車の比率がかなり高く、また人気車はSUVやピックアップトラックであるためタイヤサイズが大きくタイヤ止めを簡単に乗り越える可能性が高い環境にあります。さらに、アメリカではコンビニがガソリンスタンドと併設されている場所が多くあります。
そうした状況で、仮にアクセルとブレーキを踏み間違えれば、店舗にクルマの頭から突っ込むリスクは高いはずなのですが、高齢ドライバーに限らずそうした類の事故がローカルニュースで大きく取り上げられるケースは極めて稀だと思います。
また、欧州の場合、アメリカと比べると道路環境や住宅環境は日本に近い国や地域が多いのですが、高齢ドライバーの重大事故が立て続けに発生したというニュースはあまり聞きません。実際、スズキの安全技術開発担当者によると、欧州で販売しているスズキの新車では、日本のようにアクセルとブレーキの踏み間違い防止装置が標準装備されていないといいます。
では、なぜ日本では高齢ドライバーによる重大事故が目立つのでしょうか。
筆者はこれまで、この点について関係各省庁や自動車メーカー、自動車部品メーカー関係者らと意見交換してきましたが、どこからも明確な答えを聞き出すことができていません。
その上で、筆者の見立てとして、ふたつの理由が考えられると思います。
高齢ドライバーの事故が目立つ理由…考えられるのは?
ひとつの理由は、日本が世界屈指の高齢化率(全人口のうち65歳以上が占める割合)が高い国であり、そのなかで免許所持者の高齢化も進み、結果的に高齢ドライバーの実数が増えていることです。
警察庁によると2020年度時点で運転免許保有者の総数は約8200万人でした。このうち65歳以上は1908万人、70歳以上では1245万人、75歳以上は590万人、80歳以上が243万人という構成です。
「団塊の世代」と呼ばれる戦後のベビーブーマーが2025年に75歳以上になりますし、また、男性に10〜15年ほど遅れて普通運転免許を取ることが一般化した女性ドライバーの高齢化がこれに続く状況にあります。
もうひとつは、運転に対する“思い込みが強過ぎる”ことです。
若いときのつもりで運転していて状況はある程度分かっているはずなのに、判断と操作が遅れたり、正確にできなかったりという高齢ドライバーが多いように感じます。
その仮説の裏付けとして先日、ホンダのさくらテストセンター(栃木県さくら市)で最新技術説明会が開かれましたが、ここで公開されたMRI(磁気共鳴機能画像法)を用いた研究で興味深いことを知りました。
ホンダは国立研究開発法人量子科学技術研究開発機構の関連施設のMRIを使い、ホンダの研究員や各世代の一般の人が被験者となり、運転状況を模した状態でMRIでの脳活動を実測しました。
そこから、ドライバーによるヒューマンエラーの本質的な原因は、「環境に応じて認識・行動が最適化されない脳活動にある」ということが分かってきたといいます。
運転に不慣れな若年層の場合、視覚情報は前方中心のみで局所的である一方、運転のリスクを最小限化しようと認知行動は広範囲にわたっておこなわれることが分かりました。
その結果として、運転行動としてはニアミスした急ブレーキが多くなりました。
一方で、高齢ドライバーは自身のこれまでの経験から、視覚情報は十分にあっても、それを判断してハンドルやブレーキを操作する反応が遅れがちなことに不安を感じている傾向があるのです。
その結果、まっすぐ走れずふらついたり、車間距離が近く前走車に対するブレーキのタイミングが遅れたりします。
この領域のホンダ研究員と意見交換しましたが、今回の研究結果だけでは、日本で高齢ドライバーの重大事故が目立つ理由を明確に説明できないといいます。
そのうえで、彼は個人的見解として、自動車文化など社会のおけるクルマのあり方や、運転に対する責任感といった領域など、日本の社会環境全体との関連をより深く考えていくべきという点を指摘しました。
高齢ドライバー問題を考えていくうえで、MRIを活用したデータ分析のみならず、今後さまざまな方向から課題解決に向けたアプローチが必要と感じます。