どうも特殊犯罪アナリストの丸野裕行です。

北村有起哉さん主演、板尾創路さん、松尾諭さん、木下ほうかさん出演のドラマ『ムショぼけ』(ABC、テレビ神奈川制作)が現在放送中ですね。

原作小説は『ヤクザと家族THE Family』で監修にも入った沖田臥竜さんによるもの。刑務所に長期収監されていたヤクザの、本当の“ムショぼけ”っぷりを描いています。

ドラマでは出所後の主人公の素行や人間模様を描いていますが、ヤクザ社会で実際に“ムショぼけ”してしまったヤクザたちと接した元極道であるE氏(61歳)に、その特徴について詳しく聞いてきました。

今回は、“ムショぼけ”とはなんぞや、という部分について掘り下げていきたいと思います。

独り言が多すぎるムショぼけ

丸野(以下、丸)」「ムショぼけになると一体どのような症状がでるものなのでしょうか?」

E氏「僕も入ったことがあるけど、刑務所に長期間で入っていると、出所後のごく当たり前の生活がまったくできない。僕も独居房で話す相手がいないので狭い部屋を囲う壁に話しかけていたから、誰かと話しかけることがどうすればいいのかわからない

丸「なるほど

E氏「女性と接する機会なんて、医療刑務所での検診か何かしかないから、外に出て、コンビニの女性店員に煙草を注文することができない。まぁ緊張ですね。ブツブツと独り言をいうクセすら抜けないから、街中で何かつぶやくと、周囲の人がジロジロ見るよね。一般社会にやっとこさ戻ったのに、スピードの速い環境変化にまったくついていけないのが、そういった症状ですね」

とりあえず、ボォ〜っとしてしまう

丸「出所したなら、就職先に面接に行ったりしないといけないですよね。いったん収容される更生施設で……」

E氏「いや平均で2〜3週間しかいられないんですが、とにかく“アカ落とし(所内の規律や職務などを忘れるため)”でボーッとしますよ。長期の拘禁された生活をしていると、出所したときに自分で何をどう判断すればいいのか、わからないんですよ。出所して、顔に太陽の光が降り注いだときにはうれしさしかないけど、まったく更生への気力がわくことがありません、そりゃ」

丸「なぜ、わかないんですか?」

E氏「だって、刑務所ってすべての生活が逐一決まってるんですよ。何にも自分で考えなくてもいいし、楽じゃないですか。刑務所側が決めたことをその通りにやれば、1日1日が過ぎるんですから、こんな楽なことはありません」

丸「脱するのにどのくらいかかるんですか?」

E氏「そうねぇ、消費税には惑わされるし、子供たちの会話には惑わされるし、人込みの中にポツンといると人酔いするしね。僕は10数年入ってたから、改正された暴対法やら、地方公共団体施行の暴排条例やらを頭に入れるのがまず大変やわね。そりゃ、大変でしたよ」

なぜか許可を取ろうとしてしまうクセ

丸「そのほかに、何かクセが出てしまうことはありますか?」

E氏「出所してきたときにガラケーがあったのが驚きで、メールを配信するときも法務省や矯正管区、施設の検閲かあるんじゃないかと気をつけてしまうことがありますね。それに刑務所内では何をするときも、“〇〇願います”と大声で言わなければならないので、それを噛み殺すのに必死になる自分がいます。トイレへ向かう、労役中の拾い物なんて当たり前に“願います”。水の流しっぱなしで歯を磨いてしまったときなんかは、どこかの窓が開いて、“貴様、何を考えているんだ!”と叱られるときの妄想が膨らみます。まったく、ムショ暮らしが長期に及ぶと、《浦島太郎》状態ですよ」

丸「ですよね」

E氏「10年以上のブランクは大きい。一度、出所したときにお菓子を欲しそうにしていた子供に小銭渡してやったときに、“これでは足りないのよ”ってコンビニの婆さんが言って、キレたことがあったからね。時代の流れは怖いよ、やっぱりね。消費税、怖い怖い。それと、これは丸野さんから提案がありましたが≪シャブぼけの特徴≫にもありますが、シャブ中か販売目的で入っている人間は、出所してから、フランスパンが食べられません。慢性の渇水状態なので口の中の水分取られるフランスパンを口入れることが怖いんです」

恋愛感情と“邪気回し”はそのまま

丸「一番面倒なのはなんですか?」

E氏「厄介のは、逮捕されたから刑務所に収監されると、“感情の止まりが青天井”になるということですね。好きな女がいて、ずっと出所するまで想い続ける。それで、女の方はもう冷めてる。それが同じなのが、“恨み”。恨んだまんま、ムショに入ると、外に出たときの報復だけを考えているから、もう周囲は“ボケてる”になってしまうんですね」

丸「怖いですね」

E氏「これを、“邪気を回す”というんですが、ターゲットだった他の周囲の人間にも疑いの目を向けてしまって、どうしようもなくなりますねね。それがいわゆる“ムショぼけ”。刑務所で過ごす時間なんてすごくヒマなだけやから、おかしな妄想だけ膨らんで、おかしくなると……」

日々の楽しみに矯正する非現実感

E氏「お椀に注がれたナポリタンスパゲッティーを見て、受刑者は子供みたいにはしゃぐでしょ。“おっ、当たりですね! ミンチがたくさん入ってますね!”なんて、普通の大人は言わない。そんな風に日常で一喜一憂。炊場という刑務所の担当の懲役が作るんですが、うまいやつとヘタなヤツの味がまったく違ってね。毎日、神様仏様に祈ってる人間ばかりで(笑)」

丸「刑務所に入ると、“時間が止まる”んですね」

E氏「入った時点で、時間が止まります。記憶も感情も完全停止。愛情や遺恨があるとするならば、刑務所の一室で毎晩毎晩考えあぐねてる。自分の女なら誰かに抱かれている、自分をハメた組員なら入っている間の十数年を日々呪っているわけでね」

丸「すべては、収監されている者と外の者の時間経過ですね。さらに刑務所は情報が少ない。僕はよく病院に入院するのですが、まだ自由が利く。徹底的に“時間が止まる場所”というのは、日本では、刑務所内くらいなんじゃないですか」

E氏「そうですね。後遺症がキツいのがムショ生活ですよ」

現在、知り合いの印刷会社で住み込みの仕事をしているというE氏。彼が、今後の人生を真っ当なように歩むことを祈るばかりです。

(C)写真AC

(執筆者: 丸野裕行)