本物の薬のように見えて実際は有効成分が全く含まれていない偽物の薬をプラセボ(偽薬)と呼び、有効成分が含まれていないはずの偽薬を飲むことで症状の改善が見られる「プラセボ効果」があるといわれています。このプラセボ効果が発生している最中の脳活動を観察する実験を、シドニー大学医学部の研究チームが発表しました。

Brainstem mechanisms of pain modulation: a within-subjects 7T fMRI study of Placebo Analgesic and Nocebo Hyperalgesic Responses | Journal of Neuroscience

https://doi.org/10.1523/JNEUROSCI.0806-21.2021

Why do placebos work? Scientists identify key brain pathway | Science | AAAS

https://www.science.org/content/article/why-do-placebos-work-scientists-identify-key-brain-pathway

Placebo Effect Might Not Be All in Your Head

https://www.genengnews.com/news/placebo-effect-might-not-be-all-in-your-head/

プラセボ効果については400年以上前から知られており、1572年にはフランスに「薬を見ただけで効果を得る人がいる」という記録が残っています。しかし、砂糖を固めただけのような錠剤を与えられた患者がなぜ安心感を得られるのか、その理由はこれまでわかっていませんでした。また、プラセボ効果だけではなく、偽薬によって逆に気分が悪くなったり副作用が現われたりする「ノセボ効果」も存在しています。

プラセボ効果あるいはノセボ効果がどのように脳内で作用しているのかを調査するため、研究チームは27人の被験者の腕に「サーモコード」と呼ばれる装置を取り付けて、参加者が痛みを感じる温度にまで加熱しました。その後、被験者には「痛みを和らげるクリーム」「痛みを逆に誘発するクリーム」「何の効果もないクリーム」のどれかを患部に塗ったと伝えました。ただし、実際は3つのクリームはすべてただのワセリンでした。



そしてクリームを塗っている間、研究チームは被験者の脳を高解像度の機能的磁気共鳴画像(fMRI)でスキャンし、脳のどの部分が最も活発に活動しているのかを検出しました。

実験の結果、痛み止めクリームを塗られたと言われた被験者の3分の1は「痛みが軽減した」と、痛みを誘発するクリームを塗られたと言われた被験者の半分以上が「痛みが増した」とコメントしました。

この時の被験者の脳をチェックすると、「痛みが軽減した」と語る被験者では、痛覚情報を伝達する吻側延髄腹内側部(RVM)の活動が活発になり、痛覚を抑制する水道周囲灰白質の活動が減少していました。一方、「痛みが増した」と語る被験者では逆の変化が生じました。

痛みが減るプラセボ効果がみられた患者で痛覚を抑制する部位の活動が減少するのは真逆であるように思えますが、研究チームは「この発見は直感に反するものであるように思われますが、痛覚を生み出すことについては脳幹の複数の領域が複雑に働き合っていることを示しています」と述べています。



これまで病気による痛みを和らげる方法としては、脳幹に電気刺激を与える脳深部刺激療法(DBS)が利用されてきました。しかし、シドニー大学医学部の神経学者で、論文の筆頭著者であるルイス・クロフォード氏によれば、が、脳幹のどの部分が痛覚調節に関与しているのかを正確に特定できていなかったため、DBSで効果を上げるのは困難だったそうです。クロフォード氏は「今回の実験結果は、将来的に慢性的な痛みの治療法につながる可能性があります」とコメントしました。

ダートマス大学でプラセボ効果を研究する神経科学者のトール・ウェイジャー氏は「今回の実験は素晴らしいものです。プラセボ効果やノセボ効果における脳の反応についての研究はこれまでにもありますが、今回の一件は超高解像度のfMRIで行われたので、これまでで最も詳細に脳の活動が明らかになりました」と評価しています。