寿司や焼き肉はひとりで味わうのもいい。食に没頭するということ<暮らしっく>
作家・作詞家として活躍する高橋久美子さんによる暮らしのエッセー。
今回は、なかなか人と外食できない昨今、「お一人様」での食事についてつづってくれました。
私は基本、一人行動が多い。カフェも、カレー屋も、ラーメン屋も、焼き肉屋も、寿司屋も、公園も、温泉も、梅拾いも、映画も、舞台も、旅館も一人で行く。
「寂しくないですか?」と聞かれるけど、その逆で一人ほど気楽なものはない。寂しいと思う人は多分「あの人一人で焼き肉食べてる」みたいな他人の視線を気にしてしまうからなんじゃないかな。誰も私のことなんて見ちゃいない。見ていたとしたら、「あの人、一人で焼き肉してる。かっこいいな。私も次やってみよう」と思われているに違いない。
かく言う私も、いきなり一人焼き肉ができるほどのツワモノだったわけではない。焼き肉はけっこう難易度が高かった。「ああ美味しそう〜」と思いながらも素通りする“恥じらい期”があった。いつのまに焼き肉や寿司まで一人で行けるようになったのか。うーむ。35歳を過ぎた頃から人の目をあまり気にしなくなったからかも。明日死ぬかもしれないのだから、今食べたいものを食べたいという気持ちの方が格段に勝ってきた。今度友達といこーっとなんて思っていたら、その今度は一年後か三年後かわからん。店だっていつまでもここにあるとは限らない。だったら、私は一人で今行く。
というわけで、ちょっとずつ階段を上るようにお一人様を満喫するようになり、気がついたら寿司屋のカウンター席にいたというわけだ。
確かに初の寿司屋は、どっきどきした。「カウンター席にどうぞ」と言われてもカウンターのどの辺りに座るべきか迷った。なるべく隅っこに座った。池波正太郎の『男の作法』という本に、初めて行く寿司屋では気取ってカウンター席に座るのではなく、テーブル席を選んだ方がいいと書かれてあったのを思い出したのだ。そして、分かったような顔をせず、「一人前をお願いします」と言って職人にまかせるのがいいと書かれていた。要するに、かっこつけるからかっこ悪くなるということなのだろう。
いつだって、分からないことがあれば人に聞けばいい。あるいは「孤独のグルメ」みたいに、みんなが何を食べているかを見て、参考にすることもある。とんかつ屋で、ナポリタンを食べている人の方が多いという店もあったな…。人の注文で裏名物を知ったりする。
さて、カウンター席に座った私は、生の貝が苦手だということを伝えて、あとはおまかせでスタンダードなコースを握ってもらうことにした。
一人なので、ひたすら職人さんの動きを見ている。その無駄のない繊細な指先や下駄の音。はけでネタの上にスッと醤油を引くと、カウンターにぴかぴかの寿司が一つだけ出てくる。「甘鯛です」と大将がくぐもった声で知らせてくれる。この一貫のための技と時間なのだと、食べる姿勢が整っていく。この瞬間を、誰ともシェアせずに一人で噛み締めて、決して写真など取らず「おいしい」と呟いてにんまりする。
寿司屋さんは、味と美や技を堪能する場所なのだから、むしろ一人で行くのが正解なのではないかとさえ思った。
確かに中華に一人で行くとシェアできないのが残念なところだなと今までは思っていたが、もはやこのご時世、友達と行ったって「ちょっとちょうだい」とは言いづらく、アクリルパネル越しの中華丼を見つめながら、酢豚を延々食べ続けねばいかんのだ。だから、今こそお一人様デビューするには絶好のチャンスなのかもしれない。
一人で行ったら話すこともないので、普段気づかないようなことに気づいたりする。何より、味に集中できるのが嬉しい。ひたすら食べる。帰りがけに店のおじさんに秘伝のソースについて聞いたりして、いつもより食に没頭できる。
とんかつ屋もひとりで並ぶ
フレンチのコースを食べながらずっと話をしてしまうというのは、なかなかにもったいないし申し訳ない。それならハンバーガーやカフェでもいいだろうと思う。やっぱり真剣に食べたい時は一人で行くに限る。
ここまで読んだ私の数少ない友人が「久美子ちゃん本当は一人で行きたいんだ」とショックを受けているかもしれないが、「おいしいね」と言い合える時間もまた格別なごちそうで、ジョッキを合わせて乾杯できる日を待ちわびている。
1982年、愛媛県生まれ。作家・作詞家。最新刊で初の小説集『ぐるり
』(筑摩書房)が発売。旅エッセイ集『旅を栖とす
』(KADOKAWA)ほか、詩画集『今夜 凶暴だから わたし』
(ちいさいミシマ社)、絵本『あしたが きらいな うさぎ』
(マイクロマガジン社)。主な著書にエッセイ集「いっぴき」
(ちくま文庫)、など。翻訳絵本「おかあさんはね」
(マイクロマガジン社)で、ようちえん絵本大賞受賞。原田知世、大原櫻子、ももいろクローバーZなどアーティストへの歌詞提供も多数。公式HP:んふふのふ
今回は、なかなか人と外食できない昨今、「お一人様」での食事についてつづってくれました。
第49回「お一人様でいこう」
●一人行動が多い私、ようやく人の目がどうでもよくなった
私は基本、一人行動が多い。カフェも、カレー屋も、ラーメン屋も、焼き肉屋も、寿司屋も、公園も、温泉も、梅拾いも、映画も、舞台も、旅館も一人で行く。
「寂しくないですか?」と聞かれるけど、その逆で一人ほど気楽なものはない。寂しいと思う人は多分「あの人一人で焼き肉食べてる」みたいな他人の視線を気にしてしまうからなんじゃないかな。誰も私のことなんて見ちゃいない。見ていたとしたら、「あの人、一人で焼き肉してる。かっこいいな。私も次やってみよう」と思われているに違いない。
かく言う私も、いきなり一人焼き肉ができるほどのツワモノだったわけではない。焼き肉はけっこう難易度が高かった。「ああ美味しそう〜」と思いながらも素通りする“恥じらい期”があった。いつのまに焼き肉や寿司まで一人で行けるようになったのか。うーむ。35歳を過ぎた頃から人の目をあまり気にしなくなったからかも。明日死ぬかもしれないのだから、今食べたいものを食べたいという気持ちの方が格段に勝ってきた。今度友達といこーっとなんて思っていたら、その今度は一年後か三年後かわからん。店だっていつまでもここにあるとは限らない。だったら、私は一人で今行く。
●寿司屋は一人で行くのが正解かもしれない
というわけで、ちょっとずつ階段を上るようにお一人様を満喫するようになり、気がついたら寿司屋のカウンター席にいたというわけだ。
確かに初の寿司屋は、どっきどきした。「カウンター席にどうぞ」と言われてもカウンターのどの辺りに座るべきか迷った。なるべく隅っこに座った。池波正太郎の『男の作法』という本に、初めて行く寿司屋では気取ってカウンター席に座るのではなく、テーブル席を選んだ方がいいと書かれてあったのを思い出したのだ。そして、分かったような顔をせず、「一人前をお願いします」と言って職人にまかせるのがいいと書かれていた。要するに、かっこつけるからかっこ悪くなるということなのだろう。
いつだって、分からないことがあれば人に聞けばいい。あるいは「孤独のグルメ」みたいに、みんなが何を食べているかを見て、参考にすることもある。とんかつ屋で、ナポリタンを食べている人の方が多いという店もあったな…。人の注文で裏名物を知ったりする。
さて、カウンター席に座った私は、生の貝が苦手だということを伝えて、あとはおまかせでスタンダードなコースを握ってもらうことにした。
一人なので、ひたすら職人さんの動きを見ている。その無駄のない繊細な指先や下駄の音。はけでネタの上にスッと醤油を引くと、カウンターにぴかぴかの寿司が一つだけ出てくる。「甘鯛です」と大将がくぐもった声で知らせてくれる。この一貫のための技と時間なのだと、食べる姿勢が整っていく。この瞬間を、誰ともシェアせずに一人で噛み締めて、決して写真など取らず「おいしい」と呟いてにんまりする。
寿司屋さんは、味と美や技を堪能する場所なのだから、むしろ一人で行くのが正解なのではないかとさえ思った。
●今こそお一人様デビューには絶好のチャンス
確かに中華に一人で行くとシェアできないのが残念なところだなと今までは思っていたが、もはやこのご時世、友達と行ったって「ちょっとちょうだい」とは言いづらく、アクリルパネル越しの中華丼を見つめながら、酢豚を延々食べ続けねばいかんのだ。だから、今こそお一人様デビューするには絶好のチャンスなのかもしれない。
一人で行ったら話すこともないので、普段気づかないようなことに気づいたりする。何より、味に集中できるのが嬉しい。ひたすら食べる。帰りがけに店のおじさんに秘伝のソースについて聞いたりして、いつもより食に没頭できる。
とんかつ屋もひとりで並ぶ
フレンチのコースを食べながらずっと話をしてしまうというのは、なかなかにもったいないし申し訳ない。それならハンバーガーやカフェでもいいだろうと思う。やっぱり真剣に食べたい時は一人で行くに限る。
ここまで読んだ私の数少ない友人が「久美子ちゃん本当は一人で行きたいんだ」とショックを受けているかもしれないが、「おいしいね」と言い合える時間もまた格別なごちそうで、ジョッキを合わせて乾杯できる日を待ちわびている。
【高橋久美子さん】
1982年、愛媛県生まれ。作家・作詞家。最新刊で初の小説集『ぐるり
』(筑摩書房)が発売。旅エッセイ集『旅を栖とす
』(KADOKAWA)ほか、詩画集『今夜 凶暴だから わたし』
(ちいさいミシマ社)、絵本『あしたが きらいな うさぎ』
(マイクロマガジン社)。主な著書にエッセイ集「いっぴき」
(ちくま文庫)、など。翻訳絵本「おかあさんはね」
(マイクロマガジン社)で、ようちえん絵本大賞受賞。原田知世、大原櫻子、ももいろクローバーZなどアーティストへの歌詞提供も多数。公式HP:んふふのふ