愛おしい3月のミモザと、震災から10年を経て思うこと<暮らしっく>
作家・作詞家として活躍する高橋久美子さんによる暮らしのエッセー。今年も訪れた3月。この季節になると誰もが思い出すあの日のことについてつづってくれました。
庭のミモザが満開で、ひよこのふわふわの頭みたいな花先に顔をうずめる。春の温かな香りに包まれて、3月はそれだけで生きていることが愛おしい。
あの人にもあの人にもあの人にも、この花束を贈ってあげたいという気持ちになる。よろこびやぬくもりを分け合いたいだなんて、どっかで聴いたことのある歌詞のようだけど、本当にそういう気持ちにさせるのが自然のすごさだなあ。震災やコロナの最中に見た桜の美しさは涙のでるほどだった。地球上に、人間だけでなくいろいろな生物がいて本当に良かったと思った。時に、どんな慰めの言葉よりも草花の恵みに私達は心を癒やされ、活力をもらい、自分もその巡りの一部なのだと教えられる。
東日本大震災から10年ということで、改めて何かを書こうとすると、どうにも肩に力が入り嘘っぽくなってしまって、なかなか書くことができなかった。10年経ったからといって、何かが急に変わるわけでも終わるわけでもない。福島の原発事故からも10年が経とうとしているのに解決されていないことが山積みで愕然とする。節目ではあるが、一区切りとせずにこれからも気にして追いかけていたい。大切な人を失ったり、嬉しいこと、悲しいこと、出会い、別れ…10年間何もなかった人なんていないだろう。今まさに大変な思いをされている方もいるだろう。それぞれに積み重ねた年月は、強さとか優しさというメダルになってきっと心の中に光る。東北の方々にとってもそうであってほしい。温かくなったら、美味しいウニを食べにまた東北旅行をしよう。
震災の特別番組を見ながら、気づいたら家族や友達のことを考えていた。そういうことなんだろうと思う。近くの人を見つめながら日々を大切に過ごすことが、地球全体の明日へと繋がっていく。それがこの10年で私が身に沁みて感じたことだった。周りの人を大切にするためには、自分を大切にすること。自分を思いっきり褒めてやる日。3月11日がそんな日になるといいな。
あの日を思い出して親しい人と話をしてみるのもいいし、思い出すと辛くなってしまう人は思い出さなくていいのだ。伝えることは大事だが、今を今らしく生きることも大事だと思うから。みんな同じでなくていい。それぞれがそれぞれの3月でいい。
私の3月、ミモザの花とユーカリをどっさりと切ってきて、夫と大きなリースを作った。特大のリースにしようということになる。アカシアやユーカリの枝を重ねては曲げて、連結部分を麻ひもでしばって土台の輪っかを作る。そこにどんどんとミモザの花や葉っぱを重ね、束ねてひもでしばる。足りなくなり、外へ出て高枝切りばさみでまた切って、そうして大きな大きなリースが完成した。両手で持ち上げるとずっしりと重たく、部屋中に甘い匂いが広がる。南側の窓につるすと、まるで家の中に太陽が生まれたみたいだ。
「十年」という詩を作ったのはもう8年も前のことだが、やっぱりこの気持ちを忘れずに生きていたい。十年は一日一日の積み重なりでできている。
「十年」
背骨は 真ん中で辛抱強く立つクスノキ
まつ毛は 先端で風に耐える小鳥
血は 滝のように命を叫ぶ
落ち葉が重なって 腐葉土ができるように
湧き水が山際を滑り 海へ辿り着くように
私の体は地球だ
三六五二日 洗って 干して アイロンかけて
また汚れて くたくたになって 破れて繕って
私の地球は 何度も何度も再生する
そして 今日も新しい朝の中で目を覚ます
ベッドから足伸ばし カーペットを踏みしめ
三六五三本目の旗を立てる
1982年、愛媛県生まれ。作家・作詞家。近著の旅エッセイ集『旅を栖とす
』(KADOKAWA)が発売中。そのほかの著書に、詩画集「今夜 凶暴だから わたし」
(ちいさいミシマ社)、絵本『あしたが きらいな うさぎ』
(マイクロマガジン社)。主な著書にエッセイ集「いっぴき」
(ちくま文庫)、など。翻訳絵本「おかあさんはね」
(マイクロマガジン社)で、ようちえん絵本大賞受賞。原田知世、大原櫻子、ももいろクローバーZなどアーティストへの歌詞提供も多数。公式HP:んふふのふ
第41回「3月の太陽」
●草花の恵みに元気をもらう3月
庭のミモザが満開で、ひよこのふわふわの頭みたいな花先に顔をうずめる。春の温かな香りに包まれて、3月はそれだけで生きていることが愛おしい。
あの人にもあの人にもあの人にも、この花束を贈ってあげたいという気持ちになる。よろこびやぬくもりを分け合いたいだなんて、どっかで聴いたことのある歌詞のようだけど、本当にそういう気持ちにさせるのが自然のすごさだなあ。震災やコロナの最中に見た桜の美しさは涙のでるほどだった。地球上に、人間だけでなくいろいろな生物がいて本当に良かったと思った。時に、どんな慰めの言葉よりも草花の恵みに私達は心を癒やされ、活力をもらい、自分もその巡りの一部なのだと教えられる。
●あれから10年たって思うこと
東日本大震災から10年ということで、改めて何かを書こうとすると、どうにも肩に力が入り嘘っぽくなってしまって、なかなか書くことができなかった。10年経ったからといって、何かが急に変わるわけでも終わるわけでもない。福島の原発事故からも10年が経とうとしているのに解決されていないことが山積みで愕然とする。節目ではあるが、一区切りとせずにこれからも気にして追いかけていたい。大切な人を失ったり、嬉しいこと、悲しいこと、出会い、別れ…10年間何もなかった人なんていないだろう。今まさに大変な思いをされている方もいるだろう。それぞれに積み重ねた年月は、強さとか優しさというメダルになってきっと心の中に光る。東北の方々にとってもそうであってほしい。温かくなったら、美味しいウニを食べにまた東北旅行をしよう。
震災の特別番組を見ながら、気づいたら家族や友達のことを考えていた。そういうことなんだろうと思う。近くの人を見つめながら日々を大切に過ごすことが、地球全体の明日へと繋がっていく。それがこの10年で私が身に沁みて感じたことだった。周りの人を大切にするためには、自分を大切にすること。自分を思いっきり褒めてやる日。3月11日がそんな日になるといいな。
あの日を思い出して親しい人と話をしてみるのもいいし、思い出すと辛くなってしまう人は思い出さなくていいのだ。伝えることは大事だが、今を今らしく生きることも大事だと思うから。みんな同じでなくていい。それぞれがそれぞれの3月でいい。
私の3月、ミモザの花とユーカリをどっさりと切ってきて、夫と大きなリースを作った。特大のリースにしようということになる。アカシアやユーカリの枝を重ねては曲げて、連結部分を麻ひもでしばって土台の輪っかを作る。そこにどんどんとミモザの花や葉っぱを重ね、束ねてひもでしばる。足りなくなり、外へ出て高枝切りばさみでまた切って、そうして大きな大きなリースが完成した。両手で持ち上げるとずっしりと重たく、部屋中に甘い匂いが広がる。南側の窓につるすと、まるで家の中に太陽が生まれたみたいだ。
●8年前の詩に込めた気持ちを忘れずにいたい
「十年」という詩を作ったのはもう8年も前のことだが、やっぱりこの気持ちを忘れずに生きていたい。十年は一日一日の積み重なりでできている。
「十年」
背骨は 真ん中で辛抱強く立つクスノキ
まつ毛は 先端で風に耐える小鳥
血は 滝のように命を叫ぶ
落ち葉が重なって 腐葉土ができるように
湧き水が山際を滑り 海へ辿り着くように
私の体は地球だ
三六五二日 洗って 干して アイロンかけて
また汚れて くたくたになって 破れて繕って
私の地球は 何度も何度も再生する
そして 今日も新しい朝の中で目を覚ます
ベッドから足伸ばし カーペットを踏みしめ
三六五三本目の旗を立てる
【高橋久美子さん】
1982年、愛媛県生まれ。作家・作詞家。近著の旅エッセイ集『旅を栖とす
』(KADOKAWA)が発売中。そのほかの著書に、詩画集「今夜 凶暴だから わたし」
(ちいさいミシマ社)、絵本『あしたが きらいな うさぎ』
(マイクロマガジン社)。主な著書にエッセイ集「いっぴき」
(ちくま文庫)、など。翻訳絵本「おかあさんはね」
(マイクロマガジン社)で、ようちえん絵本大賞受賞。原田知世、大原櫻子、ももいろクローバーZなどアーティストへの歌詞提供も多数。公式HP:んふふのふ