現代の「対物ライフル」は、元をたどれば対戦車火器として誕生したものです。戦車の装甲に対し歩兵が携行できるサイズのライフル銃、初期はともあれやがて通用しなくなりますが、装甲を貫くことだけが戦い方ではありませんでした。

アメリカ海兵隊も日本軍の軽戦車は怖かった?

『ザ・パシフィック』という、第2次世界大戦中のアメリカ海兵隊を描いた海外テレビドラマで、ペリリュー島(西太平洋、パラオ)の戦闘シーンに敵役として日本陸軍の九五式軽戦車が登場します。ありがちな「やられ役」かと思いきや、主人公のアメリカ海兵隊員が持っている小銃では九五式を撃っても効果はありません。九五式の主砲や機銃は生身の歩兵には充分すぎるほど強力です。「バズーカはどこ行った!」とパニックになり逃げ惑うシーンがあります。

 その後はお約束通り、この九五式は駆け付けたバズーカ砲兵に撃破され主人公は助けられます。これはドラマの1シーンですが、小銃しか持たない歩兵にとっては軽戦車、装甲車でも大変な脅威になるのは本当です。


ドイツのMauser Tankgewehr M1918(口径13.25mm)。最初の対戦車ライフルといわれる。英連邦軍(ニュージーランド軍)が捕獲したもの(画像:帝国戦争博物館/IWM)。

 第1次世界大戦で初めて戦車と対峙したドイツ軍は、様々な対戦車兵器を模索しましたが、その中に装甲を貫ける徹甲弾を撃つ「対戦車ライフル」というものがありました。砲兵が扱うような火砲であれば戦車にも対抗できましたが、戦場ではどこで戦車に出くわすか分かりません、歩兵が手持ちで扱える対戦車兵器のニーズは高かったのです。対戦車ライフルはライフル銃を大型化したようなもので比較的、構造が簡単で量産もできるので、各国がこぞって研究開発しました。

 しかし戦車の装甲が厚くなってくると、対抗して対戦車ライフルの徹甲弾も大口径化するシーソーゲームになっていきます。弾が大きくなれば銃も大きくなり、射撃反動も強く、歩兵携行火器としてはだんだん扱いが難しくなっていきます。大口径化にも限界があり、やがて対戦車ライフルの徹甲弾では戦車の装甲を貫けなくなりました。

それでもソ連が対戦車ライフルを使い続けたワケ

 一方で、別の対戦車火器も生まれます。威力が大きくコンパクトに収まるアメリカのバズーカ、ドイツではパンツァーシュレックという対戦車ロケット弾やパンツアーファウストのような無反動砲などが作られ、そうなるとそれらの国で対戦車ライフルは廃れていきました。


ソ連のPTRS-1941対戦車ライフル(口径14.5mm)。19万丁以上製造された。使用する14.5mm弾はソ連/ロシアの機関銃弾の標準口径となり、2021年現在も使われている。

 そうしたなか、限界の見えていた対戦車ライフルを大量に使用したのがソ連です。独ソ戦でドイツ戦車に対抗する手段を大至急、揃えなければならない緊迫した状況から、構造が簡単な対戦車ライフルを増産せざるを得なかったのでした。

 このソ連の対戦車ライフル、緒戦のドイツ主力戦車であるIII号、IV号戦車なら、100m以内まで引き付ければ何とか側面か後面装甲を貫通することはできました。とはいえ100mの距離になるまでじっとガマンというのは、恐怖以外の何物でもありません。


セミオートマチックのPTRS-1941に14.5mm弾5発のクリップを装填しているところ。

 また、装甲を貫通しなくともペリスコープや乗員、足回り、砲身などを狙撃すれば、撃破できなくとも戦闘力を奪うことはできました。ドイツ戦車はどこからともなくペチペチと撃ち込まれる対戦車ライフルで、ペリスコープや装具類が破損することに悩まされます。対戦車砲のように派手な発砲炎も上がりませんので、火点もわからず反撃できません。ペリスコープの予備防弾ガラスを多く積み込んだり、追加装甲板「シュルツェン」をぶら下げたりと、対策を取らざるを得なくなります。待ち伏せや集中運用などで、いやがらせ以上の効果を挙げていたことが分かります。


整列したソ連軍歩兵部隊。対戦車ライフルも多く配備されているのが分かる。長槍のようで行軍時には結構ジャマになったものと見られる。

 戦争が後半になるとドイツ戦車は重装甲化し、ソ連側の対戦車ライフルも威力不足は明らかとなり、その生産は縮小されます。しかし対戦車戦闘だけでなく、市街戦で建物の壁などを撃ち抜ける支援火力として頼りにされ、結局、終戦まで使われ続けました。

扱いに求められるメンタル要素

 身を護るのは布の被服しかない歩兵にとって、小銃以上の対戦車火器を持っているという心理的安心感は無視できません。もっとも敵意を持って迫ってくる敵戦車を有効射程までじっと我慢して待ち伏せ、ペリスコープを狙うような精密照準をするには、かなりタフな精神力が必要でした。見つかれば集中射撃を受け、蹂躙されます。また対人狙撃にはスコープで見える、はっきり人間と分かる「標的」に対して、冷静に引き金を引けるという精神性も必要です。対戦車ライフルという兵器には、扱いにメンタル要素が大きく影響するのです。


対空銃架に装備されたPTRS-1941(右)と単発式のPTRD-1941(左)。

 戦後は対戦車戦闘よりも歩兵戦闘の火力支援に使われ、汎用性のある「対物ライフル」と呼ばれるようになりました。対物ライフルは21世紀に入ってからも進化して、航空機や砲兵の支援を受けられないような特殊作戦における火力支援で使われます。

 その12.7mm弾の有効射程は対人目標で1000m、対物目標で2000mが目安とされるなか、2017年6月23日には、イラクでカナダ軍特殊部隊が3540mの距離でISILの戦闘員を狙撃し命中させたという記録もあります。

 対物ライフルを対人狙撃に使うことについては、ハーグ陸戦条約で禁止されている「不必要な苦痛を与える兵器」に該当するという説もありますが、明確な条項もなく、いわゆるグレーゾーンといえそうです。


アメリカ陸軍が装備する対物ライフルM82A1バレット(画像:アメリカ陸軍)。

 また現代戦車にとってもやはりいやらしい存在になりそうです。現代戦車は情報共有システムを装備しネットワーク無しには実力を発揮できません。いくつものセンサー、アンテナを外装しており、対物ライフルで狙撃しそれらを損傷させることで戦闘力を減殺させることは可能なのです。

 最近では低高度を飛行するドローンの迎撃にも効果が認められており、一度は廃れかけた対戦車ライフルの子孫は、これからも使われ続けるようです。