一人っ子がますます増え、子どもを溺愛するあまり、子離れできない親の姿が問題になっている。「変化の激しい時代を生きていく子どもを思えばこそ、親は適切なタイミングで子離れしなければならない」と説くのは、元・開成中学・高校の校長で、現在は北鎌倉学園の学園長を務める柳沢幸雄氏。教育の専門家16人が、先行き不透明な時代の子育てに「これだけは大切なこと」を語った書籍『究極の子育て 自己肯定感×非認知能力』(プレジデント社)から、その論稿を抜粋して紹介する。

※本稿は、おおたとしまさ・監修、STUDY HACKER こどもまなび☆ラボ・編集『究極の子育て 自己肯定感×非認知能力』(プレジデント社)の一部を再編集したものです。

■現実的に考えれば子離れは必然

いま、「子離れできない親が増えている」と盛んにいわれています。なかには、子どもの入社式について行くような親もいるとか……。

わたし自身は、中年になったひきこもりの子どもを高齢の親が世話をするという、いわゆる「80・50問題」も覚悟のうえなら、別に無理に子離れしなくてもいいと思っています。

でも、現実的にはそれは難しいことですよね?

よほど経済的な余裕があるならともかく、高齢の親が亡くなってしまえば収入源は閉ざされるわけですから、子どもは生きていくことができなくなります。そうであるならば、子どもが自立できるように、親はどこかのタイミングで子離れをしなければなりません。

■子離れまでに身につけさせるべき“生活力”

では、そのタイミングはいつなのか。

子どもがかわいくてしょうがないからと、子どもが40歳になるまで子離れしなかったとして、その子どもは社会で生きていけるでしょうか?

写真=iStock.com/Renphoto
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/Renphoto

まったく社会経験がないまま40歳ではじめて就職試験に臨んでもうまくいくはずがありません。「体力だけには自信があります!」なんていわれても、世間からしたら「40歳にもなってなにをいっているんだ?」という話でしょう。

やはり、18歳頃までのあいだにしっかりとひとりで生きていける生活力を身につけさせてあげなければならない。

その年齢なら社会経験がなくても当然ですし、まわりからは子ども扱いされると同時に、一方で「しょうがない」とも思ってもらえる。そうして、周囲から仕事をはじめとしたさまざまなことを教わりながら大人として成長していけるのですから、それが子どもにとってはいちばん楽な道といえます。

子どもには生き物としての成長の段階がある。そこに合わせて子どもの生活力を育て、適切なタイミングで子離れすることが、親がやるべきことです。

■「子離れできない親子」=「母親と息子」?

ところで、「子離れできない親とその子ども」と耳にしたとき、みなさんはどんな親子をイメージしたでしょうか。多くの人が「母親と息子」を思い浮かべたのではないですか?

これは、単なるイメージというわけではなく、はっきりとした理由があります。

親は息子に対しても娘に対しても同じように育てていると思っているものですが、じつは子どもの性別によってその対応には自然にちがいが生まれています。それがはっきりするのは、子どもが思春期に差しかかったとき。

子どもの体に変化が表れ、それに伴って意識も変化してきたとき、同性の子どもについては自分が経験してきたことですから、その変化を理解できます。

一方、異性の子どもの場合にはわからないのです。

■母親にとって息子は“宇宙人”

母親は、自分の父親や夫を通じて成熟した男性についてはある程度のことを理解しています。ですが、成熟していく過程にある男性のことはわかりません。母親には息子が宇宙人にしか見えなくなるのです。

でも、自分の子どもですから、かわいくてしょうがない。

すると、そのかわいいという感情だけが強く残り、息子のことをきちんと理解できないまま子離れできないということになるのです。

一方、父親も娘のことを理解できないという点では、息子に対する母親とちがいはありません。でも、共働き家庭が増えているとはいえ、子どもと接する時間はどうしても母親のほうが多くなりがちです。

息子か娘かにかかわらず、子どもと接する時間自体が多くない父親の場合、母親のように子どもと密接な関係を築くことはそもそも難しい。また、異性の親に対する拒絶感は、息子より娘のほうが強い傾向にあることも挙げられます。

■「お父さんみたいになっちゃダメよ」はNG

では、子どもに生活力を身につけさせるため、親にできることとはなんでしょうか。

生活力の軸となるのは、どのように生きていくのかという自らの指針になります。その指針を子どもが持てなくては、きちんと自立することなどできないでしょう。

そこで親が求められるのは、親自身の生きる指針を子どもに示してあげることです。これは、親がいわゆる模範的な生き方をするべきだということではありません。

また、たとえ夫婦のどちらかがだらしない生活をしていたとしても、「お父さんみたいになっちゃダメよ」「お母さんみたいになっちゃダメだよ」ということはNGです。

■「親のようには生きたくない」でもいい

親は子どもにとってのロールモデルです。

おおたとしまさ監修、STUDY HACKER こどもまなび☆ラボ編『究極の子育て』(プレジデント社)

いちばん望ましいのは、子どもが「親のように生きたい」と感じることでしょう。その次に望ましいのは、子どもが「親のようには生きたくない」と感じること。後者は、親を反面教師にするケースです。

ただ、子どもがしっかり自立するためにも、親の生き方をどう感じるかは子ども自身に委ねることが重要であり、先の発言のように子どもの考えにバイアスをかけるようなことは避けるべきです。

親がやるべきことは、どんな生き方をしているにせよ、自分の生き方を肯定的にとらえること。そうして、「自分なりに自分の人生をきちんと生きているんだ」ということが子どもに伝われば、それで十分ではないでしょうか。

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柳沢 幸雄(やなぎさわ・ゆきお)
北鎌倉女子学園学園長
1947年生まれ、東京都出身。東京大学工学部化学工学科卒業後、システムエンジニアとして民間企業に3年間勤めたのち、東京大学大学院工学系研究科化学工学専攻博士課程修了。ハーバード大学公衆衛生大学院准教授、同併任教授、東京大学大学院新領域創成科学研究科教授などを経て、2011年に開成中学・高校の校長に就任。2020年3月に退任後、4月から現職。研究者としてはシックハウス症候群・化学物質過敏症研究の第一人者でもある。著書に『空気の授業』(ジャパンマシニスト社)、『男の子を伸ばす母親が10歳までにしていること』(朝日新聞出版)、『見守る勇気「世界一優秀な18歳」をサビつかせない育て方』(洋泉社)などがある。
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(北鎌倉女子学園学園長 柳沢 幸雄)