一時は海外のライセンス事業が拡大し好業績だったが、ここに来て苦戦している(記者撮影)

「経営戦略を踏襲するつもりはいっさいございません。サンリオのダメな部分は徹底的に変革させながら、素晴らしい企業に成長していきたい」

創業社長であり祖父の辻信太郎氏から社長のバトンを引き継ぐ辻朋邦新社長は、6月の決算説明会でそう決意を語った。

サンリオは1960年の創業以来、辻信太郎氏が60年にわたって社長を務めてきた。92歳のカリスマはトップ交代で会長に就き、7月から社長に就いた辻朋邦氏は31歳。経営トップが実に61歳も若返った。

2019年度の営業利益は半減

足元の業績は厳しく、辻新社長が言う「徹底的な変革」が待ったなしの状況だ。2020年3月期は、新型コロナウイルスの感染拡大前まで、直営店や百貨店、量販店で自社のキャラクターのグッズを販売する物販事業や、「サンリオピューロランド」などを運営するテーマパーク事業が好調だったため、売り上げは前期比6.5%減の552億円にとどまった。

一方、営業利益は同56.0%減の21億円に大きく後退。主因は、企業に対して商品や広告・販売促進活動などにおけるキャラクターIP(知的財産)の使用を認め、その使用料を受け取る好採算のライセンス事業が苦戦したこと。デモの発生した香港や日本と国交が悪化した韓国など、海外各地で落ち込んだ。

6月の決算説明会で、辻新社長はあいさつもそこそこに、「ここ数年、企業としての成長が止まってしまっている事実を認識している」「この現状を一番私が危機感を持ちながら、社員にも危機感を認識させ、社内文化を徹底的によい方向へ変革させていきたい」と力を込めた。その背景にはサンリオがしばらく克服できずにいる、根本的な経営課題がある。

サンリオは1990年代後半、女子高校生の間で発生した国内におけるハローキティブームで、一時は売上高で約1500億円、営業利益で約180億円規模まで拡大したものの、ブーム終息後は約10年にわたり業績が落ち込んだ。

打開策となったのが、2008年頃から海外で本格展開したライセンス事業だ。従来の海外事業は、日本の消費トレンドを踏襲した自社企画商品の販売が中心だった。これを現地企業へのライセンス提供へ移行させ、アパレルなどで現地の消費トレンドとハローキティが組み合わさった商品が展開されるようになった。

物販事業と異なり、ライセンス事業は商品企画や在庫のコストがかからないため、海外事業の拡大が全社の利益率を大きく押し上げた。ヨーロッパや北米におけるライセンス事業が奏功した結果、最盛期の2014年3月期には売上高770億円、営業利益210億円と、利益率は30%に迫った。

好調の海外事業が急ブレーキ

ただ、最初にライセンス事業を拡大した欧州で、債務危機の影響から業績が失速し、近年も他社のキャラクターとの競争が厳しくなっている。2011年3月期には売上高で208億円、営業利益で111億円を稼ぎ出したが、2020年3月期は同21億円、1億円弱の赤字に陥っている。

欧州をカバーする形で成長していた北米も、2014年3月期に売上高で167億円、営業利益で87億円を計上して以降、収益は右肩下がり。きっかけは2013年に公開され、日本では『アナと雪の女王』として知られるウォルト・ディズニーのアニメ映画『Frozen』のヒットだ。


7月1日付でサンリオの社長に就いた辻朋邦氏。過去のインタビューではブランド力の問題を語っていた(撮影:今井康一)

ウォルト・ディズニーはウォルマートといった現地の大手小売量販店で、『Frozen』に関するライセンス商品の陳列棚を確保した。その結果、サンリオなどのキャラクター商品が押し出されてしまったのだ。

アマゾンなどEC(電子商取引)企業の台頭による大手小売量販店自体の苦戦もあり、2020年3月期は売上高で33億円、営業損失6億円と、稼ぎ頭から一転して課題エリアとなってしまった。

欧州や北米で苦戦を強いられた外部要因はまだしも、キャラクター間の競争にサンリオがついていけないのはなぜか。当時専務だった辻新社長は2018年のインタビューで、「一番の原因はキャラクターのブランド力の問題だと考えている。キャラクター商品は生活必需品ではないため、ブランド力の低下は売上減に直結してしまう」と語っていた。

ブランド力の根源にあるのが「ストーリー性」だ。キャラクターは、映画やテレビ、マンガ、ゲームなどから生まれた「メディアキャラクター」と、そのような出身母体を持たない「ノン・メディアキャラクター」に大別できる。

メディアキャラクターには、「ミッキーマウス」などウォルト・ディズニーのキャラクターや、「アイアンマン」など2009年に同社が買収したマーベル・エンターテインメントのヒーローが挙げられる。日本でいえば任天堂のゲームに登場する「マリオ」もそうだ。

一方、「欧米では売り上げのほとんど」(辻専務、当時)を占めるハローキティは、この「出身メディア」を持たない。これがの看板キャラクターの弱点であり、大きな経営課題だといえる。


「かわいい」という強みのほかに、キティはブランド力をどのように強化していくのか。写真は2018年(編集部撮影)

『ライセンスビジネスの戦略と実務』の著書があり、ライセンシングビジネス専門のコンサルタントである草間文彦氏は、「消費者に”食い込む”ブランド力の確立には、ストーリーを生かしてキャラクターに性格を持たせ、じわじわ心に入っていくマーケティングが必要。ハローキティは知名度こそ抜群だが、(明確なストーリーを持たないため)ただかわいいという強みだけで戦っている」と分析する。

あるサンリオ関係者も「公式ショップやピューロランドのようなテーマパークにおける世界観の体験と並んで、ストーリー性のすり込みがキャラクターの競争力の源泉だが、ディズニーには後者で大きく劣る」と話す。

「次の戦略が非常に立てにくい」

こうした状況を打開するため、2018年には当時専務だった辻朋邦氏が中心となって3カ年の中期経営計画を策定した。

ブランド戦略を策定する部門の新設といったマーケティング強化や、アニメ事業の確立も盛り込み、キャラクターのストーリー性向上に重点を置いた。2019年には、サンリオキャラクターを題材としたハリウッド映画を全世界に配給する計画を発表。2021年3月期に営業利益100億円を目標に掲げていた。

だが、欧米の業績回復の兆しが見えないまま、安定成長を見込んでいたアジアが伸び悩み始めた。海外戦略の軌道修正が不可欠な中、たたみ掛けるように新型コロナが発生したため、辻新社長も説明会の中で「次の戦略が非常に立てにくい」と本音を漏らす。

辻新社長は「経営戦略を踏襲するつもりはない」と言ったが、今回の説明会で「世界のマーケットの先が読めるようになったときに、海外の徹底的な戦略を発表する」と、最大のポイントである海外戦略の新機軸を示せなかった。ただ、4月に新設したグローバルマーケティングの部署を通して「これまでは国内に偏っていた戦略に、よりグローバルな目線でしっかり投資していく」(辻新社長)と強調した。

サンリオキャラクターを題材としたハリウッド映画の公開時期が見通せない中、アニメやゲームなどの大型企画で「ハローキティの物語」を海外に訴求する具体策が示せるか。まずは、その展開で新社長の手腕が試されそうだ。