LCC大手のエアアジアはしばらくの間、キャビンクルーが防護服を着て飛ぶという(写真 : Courtesy of Puey Quinones)

しばらくは旅客機内で、乗客間のソーシャルディスタンス(社会的距離)を取ることが必要だろう。そうなったら人々は「格安な旅」を諦めることになる――。

国際航空運送協会(IATA)のアレクサンドル・ド・ジュニアック事務総長は4月21日、航空業界における新型コロナウイルスの影響に関する記者会見でこう述べた。

新型コロナウイルスの感染拡大で、世界中の航空会社が未曾有の利用率悪化にあえいでいる。そんな中、一部の国ではウイルスの抑え込みに見通しがついたとして、フライト運航再開に向け準備を始めている。しかし多くの国々では依然、国民に対し「ソーシャルディスタンス」の保持を呼びかけ、新たな罹患者が出ないよう注意を促している。

定員を削れば黒字化不可能?

より効率的にスペースを使って多くの乗客を乗せることで利益を上げてきた航空業界、とくに格安航空会社(LCC)にとって、コロナ禍で生まれた「ソーシャルディスタンス」の概念は大きな足かせとなっている。

ジュニアック事務総長は会見で、「機内でもしソーシャルディスタンスを取るよう規定したら、短・中距離便については少なくとも定員を3分の1は削らないといけないだろう」と述べた。

そのうえで「短距離便の収支が均衡する搭乗率はおおむね70%台であり、3席に1席を空席にすれば達成は不可能になる」と指摘している。

イギリス公共放送BBCはジュニアック事務総長の発言を受け、「陸上で国民に課しているソーシャルディスタンス」、つまり2mの間隔を機内で取ったらどういうことが起きるか、と試算した。

例えばナローボディ機と呼ばれる単通路機材で、通路を挟んで3席×3席配置の場合、横方向は窓際にそれぞれ1人だけとし、さらに前後の2列を空けなければ2mの間隔が取れないという。

そうした想定で座席に乗客を配置していくと「3列(18席)ごとに2人」しか座ることができず、大まかに言って乗客1人に対し9席分を割り当てる必要がある。すると、単純計算で搭乗率13%程度の乗客を乗せただけで満席となってしまう。

面積比で見ると、エコノミークラスの10席弱はほぼファーストクラス1席分に当たる(9.6席分=エミレーツ航空の例。トラベルジャーナリスト・橋賀秀紀氏調べ)。機内でソーシャルディスタンスを確保しつつ採算性を維持するには、航空会社は乗客全員からファーストクラスに準じた運賃を取る必要が生じてしまう。

「格安の旅」消滅の危機

IATAが今年2月に発表した2019年通年の平均搭乗率は、世界全体では過去最高の82.6%。地域別では、アジア大洋州が81.9%、北米が84.9%、欧州が85.2%、アフリカは71.7%となっている。

LCCのビジネスモデルは、コンスタントに高い搭乗率を狙うものとなっており、例えば、欧州最大のLCCであるライアンエアーはコロナ禍の影響を受ける前の2020年1月には92%に達していた。同月は閑散期であり、同社は諸費用込みでなんと片道9.99ポンド(約1330円)のバーゲン運賃を打ち出していた。LCCはこのように、つねに激しい価格競争を繰り広げている。


欧州のLCC大手、ライアンエアの旅客機(筆者撮影)

新型コロナの感染拡大が収束するまで、機内でソーシャルディスタンスを確保する規定を導入した場合、各社が従来の価格水準のままチケットを販売すれば赤字の垂れ流しとなってしまう。

会見でジュニアック事務総長は厳しい現状認識を次々と述べた。「こうした規定はすべての航空会社にとって『受け入れがたい状態』だと認識している。とくにLCCにとってはとても厳しい」「もし、航空業界にソーシャルディスタンス規定が実行されたら『格安な旅』は消滅する……」

一方で、乗客同士の間を空けたところで「各国政府が決める健康基準をクリアできるかどうかは疑問だ」(IATA首席エコノミストのブライアン・ピアース氏)と懐疑的な意見もある。

乗客同士の距離を確保することが難しかったとしても、航空会社としては、飛行中に乗客の間で感染が広がるような事態は何としても避けたい。そうした中、個々の座席をプラスチックの衝立で囲み、いわゆる「エアロゾル感染」の可能性を減らそうとする試みを打ち出した座席メーカーがある。

イタリア南部ナポリに拠点を持つアビオインテリアズ(Aviointeriors)は、感染対策を施したエコノミークラス用座席を開発中と発表した。


3列席の中央を後ろ向きにし隣客との間を仕切る「ヤヌスシート」(画像:Aviointeriors)

2タイプの開発を進めているとしており、1つは現状の座席の頭部に囲いを取り付ける「グラスセーフ」という製品。もう1つは3列席の中央座席を後ろ向きにして、隣客との間をプラスチックの壁で完全に仕切ってしまう「ヤヌス(JANUS)シート」だ。

同社がこれを自社ウェブサイト上で発表したのは4月20日。航空ジャーナリストの北島幸司氏は「アビオインテリアズ製シートは日本の航空会社への導入実績こそないが、世界の50社以上に納入している実績のある会社」としたうえで、「このタイミングでの新型シートの発表はタイムリー」と評価している。

JALも「ミドル席」不使用へ

ほかの乗客と距離を空けたいと望む利用客が多い中、航空各社は「みんなが嫌うミドル(真ん中)シート」を空ける方向へと向かっている。

すでにデルタ航空やアラスカ航空はミドルシートの販売を取りやめており、日本航空、スカイマークも座席指定の対象外とすることを発表した。欧州でもLCCのイージージェット(イギリス)、ウィズエアー(ハンガリー)がそれぞれ、こうしたプランが現実的かどうか熟慮中と伝えられている。

エミレーツ航空は、それぞれの旅客グループが直接隣同士にならないように座席配分を行っているという。家族は並んで座れるが、1人で乗る個人客は両側に空席を設けるといった形だ。

また、追加料金をもらうことで空席を設ける方策を打ち出した航空会社も出現している。中国の海南航空傘下の長安航空は「額外占座」という商品名で、1席当たり200元(約3000円)で空席の利用権を売り出している。1人当たり最大8席まで買えるとしており、「1人当たり9席必要」というソーシャルディスタンスの考え方とも合致する。なお、同社によると、空席を買い取っても「マイレージポイントの追加加算はしない」という。

LCCは長年をかけて世界各国で市民権を得てきた。近年はレジャー層だけでなくビジネス客にも食い込んでいるが、コロナ禍は、そんな努力の蓄積を吹き飛ばす恐れがある。目に見えないウイルスで将来の見通しが読めない中、航空業界はどのような形で「巡航高度」へと戻れるのだろうか。