新型コロナウイルスの影響により、マスクが店頭で買えない状況が続いています。一方、Amazonなどの大手ECサイトをのぞくと、50枚セットで1万円を超すような法外な値段が設定されており、一般の消費者には手が出せません。

そんななか、普通の主婦がマスクを転売する側に回るといったようなことが、フリマアプリやオークションサイトで起こっています。今回取材した三木聡子さん(仮名・36歳)は、主婦であると同時に、マスク等の転売で、週に数万円の利益を稼ぎ出すこともある“転売ヤー”の顔をもっていました。

今春から小学校へ入学する娘(6歳)と、会社員の夫(30代)の3人で慎ましく暮らしていた聡子さんが、なぜ転売に手を出したのか、詳しく聞きました。


マスク転売の“沼”に落ちて…

普通の主婦が「転売ヤー」に…ドラッグストアに通う毎日



取材時にも、ドラックストアの原色のビニール袋をぶら下げていた聡子さん。

「じつは今朝も、1時間ほど近所のドラッグストアに並んできたところなんです。でも結果はハズレ(笑)。今日は数十枚入った箱マスクは数箱のみで、私が買えたのは小分けパックのみでした」
7枚入りで400円で買ったこのマスクは、「だいたい送料込みで1000円で転売できる」といいます。

●きっかけは、たまたまマスクが買えたこと

聡子さんが転売をするきっかけとなったのは、2月初旬に近所のスーパーで運よくマスクが買えたこと。
「夕飯の買い物をしていたのですが、たまたま店員が48枚入りの箱マスクを補充していたんです。わが家もマスクが手に入らなくて困っていましたから、買い物カゴを床に置きっぱなしにして、1箱取って、すぐレジに走りました。会計をすませたあとにホッとしてカゴを取りに戻ると、まだマスクの在庫があったんです。『1人1つまで』と書かれたはり紙を横目に、買った箱マスクをスーパーの袋ごと潰してコートの中に押し込み、もう1箱買いました。これで当分はマスクの心配をしなくてもいいなと安心したんです」

しかし帰宅後、マスクが高額転売されているというネットニュースを見たことが転機となります。

「子ども服代を浮かすために使っていたメルカリを覗くと、私がこの日500円で買ったマスクが、バラ売り10枚1000円で売れていたんです。1箱分を売れば4000円分になる。頭の中が、かぁっと熱くなるのを感じました」

潰していない箱の方の写真を撮って、10枚1000円でメルカリに出品。すると、わずか数時間で2セットが売れたそうです。

●生活圏内で“仕入れ”行為を繰り返して

以来、近所のドラッグストアやディスカウントストア、100円ショップにも通うようになった聡子さん。「とくに、整理券を開店前に配ってくれるドラッグストアで仕入れることが多い」と明かします。

もちろん、毎回箱マスクが手に入るわけではありません。少量に小分けパックされたマスクすら手に入れられない日もあるそうですが、「買い物という日常行為の延長で仕入れられるのでラクなんです。それに宝探しみたいで楽しい。数十枚入った箱マスクを手にできた瞬間は、大げさですがパァッと目の前が明るくなるんです」と目を輝かせます。

主婦にとって買い物はルーティンワークですが、マスクを仕入れる任務を課すことで、普段味わえないスリルも楽しんでいるようでした。
一方、自らの生活圏内でこういったマスクの仕入れ行為をすることで、デメリットもあるといいます。

「毎日通うので、店員に顔を覚えられます。もともと日用品も買っていたお店だったのですが、マスクを仕入れるようになってから、日用品はほかの店で買うようになりました。やっぱり『転売ヤー』だと思われるのは恥ずかしいですから。それに、私と同じようにいつも開店前に並んでいる方とも顔見知りになります。その女性とは『友達の分も買ってあげている』とお互い言い合っていたのですが、途中からは双方同じ目的で並んでいることを察して、あまりそういう話はしなくなりました」

●もとは転売を憎んでいた

そんな聡子さんですが、意外なことに、以前は「転売ヤーは死ね」と匿名のツイッターに投稿することもあるほど憎んでいたといいます。

「とあるアイドルグループのファンだったんですが、人気すぎて、ファンクラブ会員でもチケットが入手できませんでした。でもネットでは10倍くらいの値段で取引されていて…。私のお小遣いでは無理だと諦めて、ファンを辞めた過去があるんです」

しかし、今は聡子さん自身が、転売屋として糾弾される側。「マスク転売をしていて心が痛みませんか?」と尋ねると、しばらく考えてから答えてくれました。
「確かにいいことではないですね…。でも、朝並ぶだけで、普通のパートの時給以上は稼げてしまいますので、今はまだやめるつもりはないです」

そう言いつつも、日常生活が、転売活動に侵食されている側面も。

「仕入れに子どもを連れていったとき、マスクがちょうど補充されたあとだったので、私と娘で1つずつレジに持っていったんです。そしたら店員から『すみません、お子さんはちょっと…』と断られて、頭に血がのぼって『子どもも1人の人間です!』と声を荒げてしまったんです。帰宅した際、夫に愚痴としてこぼしたら、『2度とそんなことに子どもを巻き込むな』と叱られました。今は、週末の仕入れには休みの夫が嫌々ながらついてきてくれますが、子どもを連れていくのは禁止です」

●転売という禁断の味を覚えて

さらに、ママ友とのお茶会で待ち合わせする際も、少し早く行って、近くのドラッグストアやスーパーに在庫がないか見に行ったり、店員に入荷情報を聞いたりしてしまうといいます。

「買い物をしていても『これ、転売できるかな?』と気になって、フリマアプリで相場を調べてしまうクセがついてしまいました。気軽に買い物を楽しむことができなくなっていると思います」

家計に困っているわけではなく、本人は「転売は今だけ。自分はあくまで普通の主婦」という認識のようだった聡子さん。しかし取材中も度々「仕入れ」「商機」という言葉を口にするなど、すでに転売の“沼”に落ちているように、取材者の目には映りました。

<撮影・取材・文/中野一気>