長女(28歳)は精神疾患で働けず、障がい年金でひとり暮らしをしている。家賃や食費などで毎月18万円を支出しているが、そのうち11万円以上は両親からの援助だ。その長女から「マンションを買って」といわれ、対応に困った母親がFPに相談した。FPの畠中雅子さんのアドバイスとは――。
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■精神疾患の28歳長女「私が一生住めるマンションを買って」

ひきこもりのお子さんをもつ家庭から家計相談を受けているとき、「親亡き後の子どもの住まいをどうするか」が課題になるケースが多くなっている。

そのため相談の中で、「親御さんが亡くなられた後、お子さんの住まいはどうされる予定ですか?」と尋ねると、多くの答えは「今住んでいる家に、引き続き住ませるつもりです」という内容だ。

次に、「今の家の築年数は何年くらいですか?」と質問してみると、「25年から40年のあいだ」という答えが多くなっている。

お子さんがすでに60代以降であれば、築年数が古い家であってもすみ続けられる可能性はあるが、20〜50代くらいのお子さんが親亡き後も自宅にそのまま住み続けるには、建て替えや修繕が必要になる。

ひきこもりのお子さんを抱えるご家庭の多くで、「家の買い替えについて」や「建て替え費用や修繕費用をどう捻出するか」が大きな課題となっているわけだが、その費用を準備しているケースは少数である。

今回は、28歳のひきこもりの長女から「一生住める家を買ってほしい」と懇願されている父親(61歳)、母親(57歳)の事例を紹介し、娘の希望をかなえるべきなのかどうかを考えてみたい。

■1日中手を洗い続けるが、7カ月もお風呂に入らない理由

■相談者
父親(61歳):自営業(海外在住)しばらく帰国の予定なし
母親(57歳):パート勤務・65歳頃まで働く予定
長男(30歳):会社員・一人暮らし
長女(28歳):別居のひきこもり
■資産状況
父親の貯蓄額:不明(聞いても答えてもらえない)
母親の貯蓄額:約500万円
東京近郊に70坪ほどの土地と、築38年の家屋
■相談内容
ひきこもりの娘から、「今の賃貸アパートではなく、自分が一生住めるマンションが欲しい。なんとかして、買ってもらえないか」と懇願されているが、購入は可能なのか。

■娘と犬猿の仲の父親は海外で起業し、海外住まい

長女は高校1年生のとき不登校になった。その翌年、精神科の思春期病棟に入院をして、高校は病院から通ってなんとか卒業をした。精神科病棟に入院する際の診断名は「統合失調症」。ただ、その後は「強迫神経症ではないか」という診断も受けている。現在の症状は、1日中、手を洗い続けるなど、手が汚れていることに強い関心を寄せるいっぽうで、お風呂は「手順が分からなくて怖い」という理由から、すでに7カ月も入浴していない。

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長女は高校を卒業した後、しばらく親と同居していたが、働かない娘に対して怒鳴り散らす父親との関係性が悪化。21歳の頃、自宅の近くにアパートを借りてもらい、現在までひとり暮らしを続けている。長女がひとり暮らしをはじめて数年後、父親は海外で起業する道を見つけ、現在も海外住まい。日本に帰国しても、家族で住んでいた家に戻るつもりはないそうである。

■57歳の母親は収入28万円のうち12万円を娘に提供

両親にはもうひとり子供がいる。30歳の長男で、こちらはすでに独立し、働いている。よって、東京郊外の自宅(70坪ほどの土地と、築38年の家屋)では母親ひとりで住んでいる。その生活費は、父親からの20万円程度の送金と、母親のパート収入約8万円の合計28万円で賄っている。

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今は何とか暮らせているが、この家庭には大きな問題がある。下表のように長女のひとり暮らしの生活費(親負担分)が11万〜12万円程度かかっているため、家計は現在でもギリギリの状況だ。母がパートを辞めたり、父の仕事がうまくいかなくなったりしたら、その時点で家計収支は破綻する。

■親と別居する長女の家計収支データ
○収入(障がい年金2級)月6万5000円
○貯蓄額 約10万円
○支出内訳
家賃 6万円(親が負担)
食費 3万〜3万5000円(親が負担する分の食費)
電気・ガス・水道料金 2万円(親が負担)
通信費 2000円(本人負担)
趣味娯楽費 1万円(同上)
医療費 1万円(同上)
雑費 1万円(同上)

※本人負担分の上記の生活費計 3万2000円に加え、支出額が不明な本人購入分の食材費や洋服代が3万円あまりあり、貯金はほとんどできていない。

■ひとり暮らしの娘が食材をすべて宅配便で受け取る事情

長女にも障がい年金の収入が月6万5000円あり、これに加え、前述したように親から、家賃・光熱水費・食費の名目で毎月11万〜12万円の援助を受けている。月の総支出は18万円前後となる。

聞けば、過食症気味で、障がい年金の多くがお菓子やパンなどの購入費用に充てられている。お風呂に入っていないことから体臭が気になって外出はできず、食材はすべて宅配便での受け取りにしている。人と顔を合わせられないので、玄関に印鑑を貼り付けておき、宅配便の人が帰った後にドアを開けて受け取っているそうだ。

■体調不良のため洗濯ができず、服はネット通販で買う

母親によれば、長女は食事を作れないという。そのため、夕食はパート勤務から戻ってきた母親が作りに行く。朝食と昼食は、夕食の残り物を食べたり、お菓子やパンなどを食べたり。映画を見るのが趣味だそうで、母親がときどきDVDを買って、長女に渡している。

食費のほかに使っているのは、洋服代。お風呂に入れないので、夏などはかなり臭いがきつくなってしまうそうだが、体調が悪いとしばらく洗濯もできなくなるので、ネット通販で洋服を買っているそう。それらの支出が家計簿に記載されていないのは、本人も母親も支出内容やその額が全く把握できていないからである。

写真=iStock.com/SEE D JAN
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■「マンションを買って」娘の希望は叶えられるのか

さて、長女が親に購入してほしいと希望しているひとり暮らし用のマンションだが、実現可能なのだろうか。結論を言えば、「今すぐ購入するのは避けるべき」である。

仮に現在、母親が住んでいる土地を売却するといくらになるか。私鉄の駅から徒歩5分程度で70坪の敷地面積という条件で路線価を調べてみると、4000万円以上で売却できそうだ。だが、だからといって、即購入できるわけではない。

「今すぐ、娘さんの希望をかなえるのは難しいと思います。(土地を売却すると)お母様が住む場所がなくなってしまい、今よりも生活コストが高くなって、生活自体が行き詰まってしまうからです」

と告げると、

「やっぱり無理でしたか」と母親は落胆の表情を浮かべた。

「娘さんはお父様と暮らせないのは理解できるとして、お母様とも暮らすのは難しいですか?」と尋ねると、

「私となら、何とか住めるかもしれません。生活のほとんどを私に依存していますし、同居が前提の住み替えでも、なんとか承諾してくれるかもしれません」
「娘さんは若く、平均余命まで50年以上ありますから、今すぐ家を購入するのはおすすめできません。そこで、お母様が仕事を辞める予定の8年後くらいに、購入計画を実施されてはいかがでしょうか。今の家・土地を売却して、マンションを購入する計画です。土地や家屋の名義はご主人様ですから、ご主人様の同意が前提になりますが……自宅を売って、マンション購入の資金にするのが唯一、娘さんの希望をかなえられる道だと思います」

■自宅が4000万〜5000万円で売却できれば、マンション購入可能

自宅の土地が4000万〜5000万円で売却できれば、新築のマンション購入も視野に入ってくる。長女の平均余命の長さを考えると、できるだけ新築物件にこだわりたいところだ。購入するマンション価格を2500万円くらいまでに抑えられれば、自宅の売却価格との差額は母娘の生活費の赤字分の補てんにも充てられる。

写真=iStock.com/taa22
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「新築のマンションであれば、角部屋を購入することも可能だと思います。隣の部屋の生活音を考えると、娘さんには角部屋のほうが適していますよね」とうかがうと、

「そうです。今の賃貸アパートを出たいといっているのも、他の住人の生活音に悩まされているからです。生活に余裕がないので、家に戻ることも提案したのですが、父親との生活のことがトラウマになっているらしく、それ(父を含めた家族3人での生活)は絶対に嫌だと拒否するんです」

そこで、こう提案しました。

「自宅売却して新築マンションを購入する場合、条件があります。娘さんには今、障がい年金という収入がありますから、そこから月に2万円ずつ天引きで積み立てられないでしょうか。これなら30年間で720万円以上貯まります。また2万円を貯金して、使えるお金を毎月4万5000円以内に抑える訓練をしておけば、お母様が亡くなられた後の生活費を抑える訓練にもなります。ひと月9万〜10万円くらいの生活費で暮らすことを目指したいところですね」

■月5万円の食費を3万円以内に抑え、月2万円貯蓄

「毎月2万円の貯蓄ですか……娘は今、手元にあるお金はほとんど使っているような状況なので、できるでしょうか」

「不可能ではないと思います。ただ、生活コストを下げるためには、料理を教えることも大切です。今の食費は月5万円以上ですが、これを3万円以内に収めたいですね。ご飯をまとめて炊いて冷凍するなど、主食のストック方法を教えてあげてください。キャベツや白菜のような使いまわしの効く食材でのレシピも、食費の抑制やメニュー数の増加に役立つと思います」

「ずっとご飯を作らせないままでしたが、娘ももうすぐ30歳になることを考えますと、ご飯を作れるように促していくのは親の義務なんですね。友達もいない娘をふびんに思い、できる限りのことをしてきましたが、ある意味、甘やかしている部分があったのだと思いました」

「甘やかしか、否かの判断は私にはできません。でも、親亡きあとはひとりでご飯を食べていかなければならない現実がありますから、生活コストを下げる努力は必須です。それにご飯のことも大切ですが、(現在母親ひとりで住む)自宅の名義人であるご主人様に売却の同意を取れるかが、マンション購入のカギになります。購入するマンションの名義を奥様や娘さんにすると、贈与税が発生する可能性がありますので、購入するマンションの名義もご主人様のものにするのが順当だと思われます。まだ時間はありますので、ご主人様と自宅の売却についてじっくりと話し合ってください。話し合う際は、ご主人様が帰国されたあとはどこに住むのかも確認してみてください。ご主人様が家の売却資金をアテにしていたら、話は振り出しに戻ってしまいますからね」

「わかりました。メールなどでのやり取りになりますが、少しずつ、主人と話し合っていきたいと思います」

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畠中 雅子(はたなか・まさこ)
ファイナンシャルプランナー
「高齢期のお金を考える会」主宰。『ラクに楽しくお金を貯めている私の「貯金簿」』など著書、監修書は60冊を超える。
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(ファイナンシャルプランナー 畠中 雅子)