携帯会社のエゴも見えるシニアのスマホ乗り換え策、それでも必要だと思う訳(佐野正弘)


敬老の日は彼方に過ぎてしまいましたが、今回はシニアとスマートフォンに関する話をしていきたいと思います。ITからは距離のある存在とされるシニア層ですが、携帯電話業界にとってシニアは、長年とても力が注がれている世代の1つでもあります。

実際これまでを振り返ってみても、「らくらくホン」や「らくらくスマートフォン」など、シニアが利用しやすいよう配慮された端末がいくつか開発されてきました。特定の世代をターゲットとしたスマートフォンは、シニア向けを除けば「キッズケータイ」など子供向けの端末くらいしかなく、そうした点からもシニアの優遇ぶりを見て取ることができます。


▲NTTドコモの「らくらくスマートホン」シリーズの最新モデルとなる「らくらくスマートフォン me」(F-01L)。文字やボタンを大きくするだけでなく、撮影した花の種類が分かる機能など、シニアにニーズの高い機能を豊富に揃えている

最近より力がそそがれているのが、主としてシニアに向けた、フィーチャーフォンからスマートフォンへの乗り換え優遇キャンペーンや料金プランなどです。例えばソフトバンクは2019年6月より、スマートフォンに乗り換えることで、割引きの適用によって1年間、スマートフォンが月額980円で利用できる「スマホデビュープラン」を展開。従来プランの3倍の契約数を獲得するなど、好評を博しているようです。


▲ソフトバンクは2019年6月より、スマートフォンへの乗り換えユーザーを対象にした「スマホプラン」を提供。1GBのデータ通信量と5分間の通話定額が利用可能で、割引の適用により1年間980円での利用が可能だ

しかも携帯電話各社は、「ドコモショップ」「auショップ」「ソフトバンクショップ」などの店舗で、やはり主としてシニア層に向けた、スマートフォンの使い方教室も展開しています。こうした教室は基本的に無料で実施されており、スマートフォンに乗り換えたシニアのアフターサポートにもかなり力を注いでいる様子を見て取ることができます。

しかしなぜ、そこまでして各社はシニアのスマートフォン乗り換えに力を注ぐのかといえば、理由の1つはもちろん少子高齢化にあります。少子高齢化の進行によって新たにスマートフォンを契約する子供世代が減っていることから、携帯電話会社は新規契約者を増やして売上を伸ばすことが非常に難しくなっているのです。

一方で、いま日本の人口で最大のボリュームゾーンとなっているのはシニア世代、より具体的に言えば70歳前後の団塊世代です。そうしたシニア世代のスマートフォン利用がまだ進んでいない訳ですから、各社はそこに大きなビジネスチャンスを見出し、力を注いでいる訳です。

そしてもう1つの理由は携帯電話会社のビジネスにあるといえます。かつて携帯電話の料金プランは、音声通話に重点を置いた設計となっており、音声通話を多くする人から収益を上げる一方、データ通信の重要性はあまり高くはありませんでした。

ですがスマートフォン時代に入って以降、携帯電話各社はデータ通信に高い比重を置いた料金プランを提供するようになり、大容量で高額なプランを契約してもらうことで売上を伸ばす戦略を取るようになりました。つまり"音声で稼ぐ"から"データ通信で稼ぐ"戦略へと転換を図った訳です。


▲NTTドコモが2014年に提供した「カケホーダイ&パケあえる」で通話定額を実現して以降、携帯電話各社はビジネスの主軸を音声からデータ通信へと明確に移している

それゆえ通話とメールの利用が大半を占めるフィーチャーフォンよりも、多くのアプリやサービスが提供されており、データ通信の利用拡大につなりやすいスマートフォンを使ってもらった方が、携帯電話会社にとってはビジネス上大きなメリットがあるのです。そこで各社ともに、シニアのスマートフォン乗り換えを進めることで将来的な売り上げの拡大を目指している訳です。

こうして見ると、どちらかといえば企業側のエゴが強い印象もあるシニアのスマートフォン乗り換え施策ですが、筆者はそれでもスマートフォンへの乗り換えは積極的に進めるべきだと考えます。それは、今後多くの生活系サービスがスマートフォン上に移行してくる可能性が高いからです。

実際、キャッシュレス決済を拡大してATMを減らすといったように、最近ではこれまでアナログな形で提供されてきた多くのサービスを、スマートフォン上で提供しデジタル化することで、効率化を進める動きが強まっています。現在はまだ民間での取り組みが主ですが、今後はそうした動きが行政にも拡大していく可能性が高いのです。

さらに今後提供される多くのサービス、例えばMaaSのようにシニアの生活にも大きく影響を与えるサービスなども、やはりスマートフォンを軸として展開されるものと考えられます。つまりスマートフォンが使えなければそうしたサービスが一切利用できない、あるいは利用がものすごく不便になることから、スマートフォンの利用が進んでいないシニアが生活弱者へと直結してしまう可能性が出てきている訳です。

▲NTTドコモがMaaSの一環として取り組んでいる、オンデマンド型の乗り合い型公共交通ソリューション「AI運行バス」は、スマートフォンでの利用が前提となっている

もちろんそうした時代が来年、再来年のうちにくる訳ではないでしょう。ですが企業や政府がデジタル化にを積極的に推し進めようとしている現状を考えるに、そうした時代が到来するのはそう遠くないと考えられます。

そうした時代にシニアを取り残さないためにも、スマートフォンを使ってもらう取り組みは今後化する必要があるでしょうが、単にシニアがスマートフォンに乗り換えたからといって、若者のようにバリバリ使いこなしてくれる訳ではないのも事実です。利用の範囲が電話とメール、せいぜいLINEによるメッセージのやり取りにとどまってしまっては、スマートフォンに変える意味があまりないのです。

▲NTTドコモが「ギガホ」「ギガライト」を発表した際、スマートフォン利用者のうちデータ通信量が1GB以下のユーザーが4割に達していたことが驚きをもたらしていた

それゆえ今後は、シニアがスマートフォン上のサービスを自主的に利用するようになる取り組みに力を入れていく必要があるでしょう。最近であればキャッシュレス決済などのように、連日報道で伝えられるようなサービスにはシニアも関心を持つ傾向にあるようなので、その関心をいかに利用へとつなげていくかが求められるでしょうし、そのためには携帯電話会社だけでなく、スマートフォン上でサービスを提供するOTTプレイヤーと協力した取り組みが必要ではないかと、筆者は考えます。

▲NTTドコモとメルカリが2019年10月より実施している「メルカリ教室」。携帯電話会社が自社以外のサービスを教室で教えるには、サービスを提供する企業と協力した取り組みが不可欠だ