41歳の若さで“完璧な終活”をしてこの世を去った金子哲雄さんの妻が伝えたいこと
「今回、41歳で、人生における早期リタイア制度を利用させていただいたことに対し、感謝申し上げると同時に、現在、お仕事などにて、お世話になっている関係者のみなさまに、ご迷惑をおかけしましたこと、心よりお詫び申し上げます」
この文面は、流通ジャーナリスト・金子哲雄さんが、生前に自らしたためた会葬礼状だ。'12年10月2日、41歳の若さで“完璧な終活”をしてこの世を去ったことは、大いに話題になった。
病気発覚から2週間で「これも運命だ」
「10万人に1人という希少がん“肺カルチノイド”と診断されたのは、'11年6月のことでした」
とは妻・稚子さん。哲雄さんは'08年からメディアに多く登場するようになり、お茶の間目線で“賢いお金の使い方”を解説し一躍、売れっ子に。
「診断されたときには、すでに打つ手なしといった状態でした。お医者さんからは“いま、目の前で哲雄さんが亡くなったとしても少しも驚きません”と言われましたから」
当時、哲雄さんはテレビのレギュラーを4本抱え、ノリにノッていた。その少し前から咳き込むことが増えてはいたが、哲雄さんはタバコも酒も飲まない。すでに末期がんだったとは、青天の霹靂なんて言葉では追いつかなかった。
「“僕、本当に死んじゃうの!?”と狼狽し、人前に出るとき以外は泣いていました。でも、2週間もしないで“これも運命だ”と言うように。金子は過去を振り返らないタイプなので、“もっと早く医者が見つけてくれれば”みたいなことは一切言わなかった。とにかく、前しか見ない人なんです」
極めて近い関係者以外には病状は伏せられ、闘病生活が始まった。
「金子は仕事が大好き。というか、大好きなことを仕事にしていましたから。人から必要とされることが、生きていくモチベーションであり、心の支え。“死ぬ寸前まで仕事を続ける”と譲りませんでした」
この時期、テレビ越しに哲雄さんを見て“やせたなぁ”と感じた視聴者は少なくない。
「その裏では、血管内治療という治療法を試したり、薬の副作用に悩まされていました。そして、骨に転移していたがんの疼痛に苦しんだ時期もありました」
しかし、テレビに映る哲雄さんは、あのやさしい笑顔を絶やさない。それを叶えたのは、稚子さんの死に物狂いの支えだった。
8月22日、哲雄さんは危篤状態に陥ったが、奇跡的な回復を遂げる。
「そして“自分の葬儀は決して間違えたくない”と言いました。流通ジャーナリストとして、“賢い買い物は人生を豊かにする”と日ごろから主張していたのだから、それにふさわしい葬儀をしたいと」
哲雄さんは冠婚葬祭を何より大切にする人だった。友人知人の冠婚葬祭で誠心誠意尽くして手伝うことで信頼と人脈を築き、流通ジャーナリストとしての道を切り開いていった経緯がある。哲雄さんの見事な終活が動き始めた。
「翌23日には葬儀社の人を呼び、自分が入る棺から、通夜ぶるまいの料理、祭壇に飾る花まで、こと細かに決めていきました。自分の葬儀をすべてプロデュースし、遺言書に葬儀料金を書き加えました」
それを見守る稚子さんに動揺はなかったという。
「こういう言い方はよくないかもしれませんが、夫は何だか楽しそうでした。自分のやりたいことをやっていたからでしょう。よりよく生きたいからと有機野菜を選ぶ人がいるように、夫は流通ジャーナリストとしてよりよく生きたい、よりよくありたいと葬儀の計画をしていったんです」
それは死への準備ではなく、懸命に生きる姿そのものだった。
「終活というと、みなさん、これから死んでいく準備だと思いがちですが、そうじゃない。周りが死んでいく人と決めつけているだけで、本人は一生懸命、生きているんですよ。私は、一生懸命生きる人を支えたんです」
終活でやるべきことはわずか2つ
死の数時間前まで雑誌のインタビューを受け、哲雄さんはとことん生き抜いた末、旅立った。
「私は夫が用意してくれたレールに乗って、通夜や葬儀を執り行いました。いわば代行ですよね」
昨年、七回忌を終えた。現在、稚子さんは“終活ジャーナリスト”として活躍している。哲雄さんの生きざまを支える中で、死がタブー視されることで起こるさまざまな課題に気づいたからだ。意外なことに、稚子さんは終活でやるべきことは、わずか2つだと断言。
「命の限りが見えたときに、自分はどう生きたいのかを決めること。そしてお金やものの行方を決めること。私はこの2つで十分だと思っています。なかなか大変ですけどね(笑)」
とはいえ、2人のように死までの期間を前向きにとらえられるか否かは、夫婦関係にあるという。
「仲が悪かったご夫婦ほど後悔が多いんです。“もっとこうしてあげればよかった”と。逆に夫婦仲がよかった方は、配偶者を亡くしたあと、その後の人生を前向きに生きられていますね」
恋愛や再婚をする人も珍しくないという。
「夫婦として深く関わった満足感があるから、後悔がないんです。ですから、終活を究極まで突き詰めると、“配偶者と本当に仲よくなること”だと言えますね。仲よくできない相手なら、離婚してもかまわないんじゃないかと私は思います。
そして夫婦であることにあぐらをかくことなく感謝を伝え、死の前と後はどうしてほしいかもよく話し合う。遺族は故人が何を考えていたかわからないことが、いちばんつらいからです。終活とは、“その時”までの生き方を考えること。よりよく死ぬためには、いま、この瞬間をよりよく生きることなんです」
《PROFILE》
かねこわかこ。終活ジャーナリスト。'12年10月に他界した流通ジャーナリスト・金子哲雄氏夫人。『ライフ・ターミナル・ネットワーク』代表。誰もがいつかは迎える“その時”をサポートする活動を行っている