今年の5月、天の川銀河の中心に存在が確実視されている超大質量ブラックホール「いて座A*(エースター)」が過去最大級の増光を示したことを、カリフォルニア大学ロサンゼルス校の天文学者Tuan Do氏らの研究チームが明らかにしました。


Astrophysical Journal Lettersに受理された研究論文は、8月7日付でプレプリントがarXivに登録されています。


超大質量ブラックホール「いて座A*」周辺の想像図(Credit: NRAO/AUI/NSF; S. Dagnello)


■過去の最高記録の2倍、2時間で75分の1に減光

観測史上例のない増光と変動が観測されたのは、5月13日のことでした。ハワイのケック望遠鏡が天の川銀河中心の観測を始めたところ、いて座A*が非常に明るく輝いている様子がキャッチされたのです。その明るさは観測開始時点ですでに約6.19mJy(※)に達していました。これは、過去に「いて座A*」で観測された最大光度のおよそ2倍に達します。


(※:ミリジャンスキー、天文学で用いられる明るさの単位)


さらに驚くべきことに、いて座A*の明るさは観測を始めると同時に暗くなり始め、2時間と経たないうちに75分の1(約0.08mJy)まで減光してしまいました。明るさが変化する様子から増光のピークは観測を始める前にもう過ぎていたと考えられ、実際の変化率は75倍を超えていただろうとみられています。


こちらは、5月13日に観測された明るさの変化を示すタイムラプス動画。Do氏が自身のTwitterアカウントにて公開したものです。動画の中央付近にある最も明るい光点が、ほとんど見えなくなるまで暗くなっていく様子がわかります。



なお、論文では、3週間ほど前の4月20日に実施された観測における明るさの変化が1.74mJyから0.07mJyの間(およそ25倍の変化)だったと報告されています。5月13日のいて座A*が、いかに普段よりも明るく、そして急速に暗くなったかが数値からもよくわかります。


■恒星またはガス雲の接近が原因か?

前例のない増光の原因はわかっていませんが、Do氏は可能性のひとつに恒星「S0-2」の接近を挙げています。


S0-2(S2とも)はいて座A*を16年ほどで周回している恒星で、2018年にはおよそ120天文単位まで接近しました(1天文単位は地球から太陽までの距離に由来)。この最接近の際にS0-2がいて座A*を取り巻く降着円盤やガスの流れなどに干渉し、その影響が2019年5月になって現れたというのです。


また、別の可能性として、やはりいて座A*を周回するガス雲「G2」の名も挙げられています。G2は2014年にいて座A*に最接近していますが、その影響が5年経った今年になって現れたとも考えられます。


いて座A*は、楕円銀河「M87」の超大質量ブラックホールとともに「イベント・ホライズン・テレスコープ(EHT)」の観測対象となっていますが、ブラックホールシャドウの撮影には至らなかったり、明確な降着円盤も確認されていなかったりと、地球に最も近い超大質量ブラックホールでありながらも謎の多い天体です。


研究チームは、今回観測された増光の原因を探るために、様々な波長を使っていて座A*を追加観測する必要があると訴えています。


 


https://arxiv.org/abs/1908.01777
文/松村武宏