忙しすぎて部下をマネジメントできないジレンマに陥っていませんか? このジレンマから抜け出す方法を紹介(写真:Fast&Slow/PIXTA)

部下の話を聞かなければならないのは、わかっている。でも、本音を言うと、自分のことで手いっぱいで、かまう余裕なんてない。こんな基本的なこともできないなんて、リーダーとして失格なのか……。

プレイング・マネジャーが当たり前の今、こんな悩みを抱えている中間管理職は決して少なくないはず。いったいどうすれば、このジレンマから抜け出せるのか?

『できるリーダーは、「これ」しかやらない メンバーが自ら動き出す「任せ方」のコツ』の著者であり、リクルート時代に独自かつ効果的な「任せ方」を体得し、マネジャー部門で年間全国トップ表彰を4回受賞した伊庭正康氏は、「このジレンマから抜け出す方法は1つしかない」という。

やることが多すぎる問題

部下の話を聞く時間が持てないのは、能力の問題ではありません。そもそも、リーダーのやることが増えているからです。実際、「上場企業の課長に関する実態調査(2017年11月実施/産業能率大学調べ)」でも、約6割のリーダーが、3年前と比べて業務量が増えていると回答しています。

プレイヤーをしながらマネジメントをしているなら、なおさらです。自分の業務が忙しいために、マネジメントがおろそかになっていると考えているリーダーも、同じく約6割にものぼるというのです。あなただけではないのです。

私も研修の講師という職業柄、そのことを実感しています。研修の休憩時間に入った瞬間に、PCを開きメール対応に追われる方も多いですし、研修中も、メールが気になってスマホに手が伸びてしまう方もいらっしゃいます。ご本人も、こうおっしゃいます。「なぜ、そうなっているのかわからないけど、いつも何かに急かされている」と。本当にそうなのだろうと思います。

会社のリスクマネジメントは強化され、ダイバーシティー体制への移行は不可避になっています。当然、提出物も増えていますし、報告の頻度も増えているはずです。つまり、頑張るだけでは乗り越えられなくなってきているのが、現状なのです。

もちろん、部下の話をしっかりと聞きたいと誰もが思うもの。でも、部下の話を聞くと、困ったことに自分の時間がなくなるのが現実です。そうなると、残業で対応することになるわけですが、残業規制が厳しくなる中、そうもいかないのが現実でしょう。部下と話す時間がとれなくて当たり前なのです。

部下や同僚に任せられないのは…

ただ、「力の入れどころ」を変える必要はあります。実は、かつて私もこの問題について悩んだ1人ですが、「力の入れどころ」が違っていたことに気がつけば、解決の糸口が見えてきます。「いかに速くやるか」ではなく、「いかに任せていくか」を考えるしか方法はないのです。 

例えば、日々の売り上げの確認。これを“あなたの参謀”に任せられないでしょうか? 日々の進捗チェックもそうです。“その係”の人に任せられないでしょうか? 新人の教育も、“他の部署の人”もしくは“部下”に任せられないでしょうか? そうやって、手分けをして任せていくしかないのです。

でも、こう思う人もいるかもしれません。「任せられた人も負担になるのでは……」と。実は、これがそうではないのです。私が研修で耳にする部下の不満を紹介します。「もっと、信頼して任せてほしい」「チームでできることはあると思うのに」――。つまり、もっと部下や仲間を頼ってもいい、ということなのです。

もし今、あなたが部下や同僚に仕事を任せていないとするなら、あなたはきっとプレイングリーダーであり、部下よりもその仕事に精通しているのではないでしょうか? また、部下の仕事のクオリティーを見て、自分と比較すると決して満足できるレベルではない、とも考えているのではないでしょうか?

多かれ少なかれ、“その業務”に精通していると、こだわりが生まれてしまい、よほどの理由がないと人に任せられなくなるものです。部下のスキル不足が原因で「任せられない」のではなく、自分がやったほうがベターだと思っているので「任せたくない」、これが本当のところなのです。

白状しますと、かつての私はそうでした。部下を信用していないわけではありませんでしたが、“その業務”に精通しているために、細かい点が気になるのです。企画書の色使いやフォントまで気になります。なので、自分で作成したほうが早いと考えてしまうのです。

部下の出番を奪っていないか

営業に同行したときもそうです。商談の肝がわかるので、つい上司の自分が商談までしてしまうこともありました。これでは、部下の出番を奪ってしまいます。部下には、自分の姿を見て同じようにやってくれればいい、と考えたりするわけですが、それはエゴでしかないのです。

リーダーに必要なことは、過去の「経験」でうまくやることではありません。必要なことは、未来に対する「投資」です。部下の育成も投資。あなたが、過去の「経験」を使ってうまくやっても何の投資にもなりません。部下に仕事を任せ、失敗してもいいので、経験をさせることこそが理想のリーダーなのです。

以前、会社員だったとき、新規事業の責任者に任命されたことがありました。しかし恥ずかしながらスタートダッシュが悪く、初年度は想定以上の赤字だったのです。すると本社から1通のメールで呼び出しがかかりました。「副社長が話を聞きたいとおっしゃっています」と。

真っ青になりました。私が言葉を間違えると、その事業が中止になってしまうかもしれなかったからです。直属の上司が副社長と距離の近い方でしたので、「話をつけてもらえないか」と助けを乞いました。上司同士で話をつけてくれたら、一瞬で決着するはずだったからです。

でも、返事は違いました。こう返ってきたのです。「(1人で)行ってこい」と。青天の霹靂(へきれき)でした。それでも、1人で本社に行き、事情を必死に説明した結果、応援をしてもらえることになりました。そして、この経験が私の甘えを断ち切ることになり、責任感を強めることになったのです。

上司は、私に自覚を持たせようと考えたのでしょう。当時の私が甘かったのだと思います。なので、「行ってこい」とあえて突き放したのです。口で教えるより、「経験」がいちばんの勉強だと、つくづく感じます。

特性を見極めないと部下をつぶしてしまうことも

ですから、あなたなら簡単にできることでも、部下に克服すべき課題があるなら、あえて部下に経験をさせてみてください。もし、次のリーダーに育てたい部下なら、チーム全体をみる仕事の一部を任せていく。挑戦心が低い部下なら、小さな挑戦をさせ、成功体験を通じて自信を持たせる。自分勝手な孤高の部下には、後輩の面倒を見させ、失敗をさせることで考えるきっかけを与える。


あなたの部下を見渡してください。課題はないですか。期待があれば、必ず課題はあるはずです。さっそく、「一皮むける経験」をさせてあげるのはいかがでしょう。

ただし、部下の特性をよく見極めないと、部下をつぶしてしまうことにもなりかねません。気にかけるべきは、部下の成熟度です。新人には、細かくやり方を教えることが不可欠ですし、中堅には、自分で考えさせるといったことが重要です。

また、部下の段取りのよし悪しも見るべき点です。任せたはいいものの、仕事が処理しきれず、残業が続くとなると本末転倒です。段取りの悪い部下には、段取りの付け方も含めて関与しないと、つぶれてしまいます。時には、先輩社員とペアでやってもらうといったサポートも必要でしょう。

そして、いかなる部下でも、任せるときにはひとこと伝えてほしい言葉があります。「どう、できそうかな?」です。意志を確認することで、部下に“わがこと”感を持ってもらえます。この後、待ち受ける困難も乗り越えてくれるようになるでしょう。