"夢はユーチューバー"と言い出す子の末路
■「勉強さえしていればいい」という甘やかし
ケイタイの発信元を見た瞬間、「また何かあったな」と悪い予感がした。スバルくんのお母さんから電話がかかってくるときはいつもそうだ。
案の定、いつもの「先生、あの子を見てやってください! なんとかしてあげてください!」とすがる声。
中学受験が終わって、すでに4年がたっているというのに、スバルくんのお母さんは、困ったことがあると必ず私に電話をする。今回は1週間後にある英語の定期テストを見てほしいという依頼だった。そこで赤点を取ると進級できなくなるという。
スバルくんの家庭教師についたのは、小学5年生の時。3年生の頃からときどき電話相談を受けていたが、そのたびに転塾をくり返し、家庭教師をころころと変えていた。それでも一向に成績が上がらないので、最後の神頼みといった感じで、私に依頼が来たのだ。
スバルくんのお母さんは教育熱心だが、幼い頃から「あなたは勉強さえしていればいいのよ」と、スバルくんを甘やかしてきた。幼い頃は素直に言うことを聞いていたスバルくんだが、やがて立場が逆転し、お母さんの言うことを聞かなくなった。勉強をしたがらないのも、親に対する反発心からくるものだと感じている。
■成績不振の原因は「親子関係」
しかし、お母さんはスバルくんの成績が上がらないのは、塾のせい、家庭教師のせいと決めつけ、思いつきでコロコロと方針を変える。成績不振の原因は、指導者ではなく親子関係であることに気づかない。
スバルくんは努力を嫌う。世間では、中学受験の勉強は詰め込みと思われているが、単に暗記や公式に当てはめるだけでは解けない。答えにたどり着くまでには、ああでもない、こうでもないといくつもの試行錯誤が不可欠で、それこそが中学受験の学びの良さだと思っている。それには単に知識を蓄えるだけでなく、考え続ける努力が必要だ。
ところが、スバルくんは少し考えたふりをして、「で、答えは何?」と聞く。スバルくんに限らず、地道に努力をする経験をせずに育った子の口癖だ。そういう子は自分で考えようとせず、答えだけを求める。
中学受験では難関校になるほど、難度の高い思考力が求められる。スバルくんのお母さんは、スバルくんを東京の名門校・麻布中学校に入れたがっていたが、考えることが嫌いなスバルくんには到底届かない。長文で、小学生が知らないテーマを出す麻布中の入試問題は、未知への好奇心と「最後まで解いてみせるぞ!」という強い意志と粘りがなければ、解けないからだ。
■「ユーチューバーになりたい。ラクして稼げるから」
結局、スバルくんは偏差値が麻布より20低い中堅校にギリギリ合格し進学した。しかし、入学後すぐに勉強についていけず、お母さんから「困った」の電話がかかってきた。「ダメ息子を叱ってほしい」と言う。
勉強へ向かわせる動機付けに、「スバルくんは将来、何になりたいの?」と尋ねてみた。将来像があれば、その夢を叶えるために、今やるべきことがわかり、勉強も頑張るのではないかと思ったからだ。
ところが、スバルくんの口から出た言葉は、「ユーチューバーになりたい。だって、ラクして稼げるから」
今でこそ、小学生の男の子が将来なりたい職業の上位にランクインするユーチューバーだが、当時はまだ珍しく、意表を突かれた感じだった。でも、スバルくんは、勉強はしないけれど、ユーチューバーにお金が入る仕組みはよく知っていた。だからといって、今何かを発信しているわけではない。単にラクに稼げそうだから、「ユーチューバーになりたい」と言っているのだ。
そう思っているのは今だけで、やはり日々の努力が大事であることを伝えた。しかし、それはわかっているけれども、やりたくないと言う。
結局、スバルくんは中1の終わりに勉強についていけなくなり、公立中学に転校した。そして、高校生になっても冒頭のように、お母さんから「困った!」の電話がかかってくる。短絡的な母親と努力を嫌う子供。この負のスパイラルから抜け出すことができない。
■「地震が来たら、勉強しなくていい」
あれから数年がたち、再び「ユーチューバーになりたい」という子に出会った。ユーチューバーに憧れることが悪いことだとは思っていない。でも「なぜなりたいの?」と聞くと、「勉強したくないから」とさらりと言う。
マサキくんは東京ベイエリアに住む裕福な家庭の子だ。東日本大震災の時に自分の自宅の周りが液状化した様子を見ていたにもかかわらず、「また地震が来ないかなぁ〜」と平然とした顔でつぶやく。「地震が来たら、学校に行かなくていいし、勉強もしなくていいから」と本気で思っているのだ。
マサキくんは私立小学校に通っていたが、小学3年生の時に成績が悪くて、このままでは進級できないかもしれないと家庭教師をつけることになった。そのため、当初は内部進学のための勉強を行っていたが、いかんせん勉強が嫌いで、努力をしない。6年生の11月にやっぱり進級できないかもしれないということで、急きょ中学受験に切り替えることになった。
幸い、中学受験は成功したが、入学後も努力をせず、毎年進級できるかどうか成績会議をかけられる問題児だった。中学受験後も、何か困ったことがあると思い出したように私を頼ってくるマサキくんのお母さんは、前出のスバルくんのお母さんと重なる。
■「我慢してほめられる」経験がなかった
2つの家庭は、なぜこうなってしまったのか?
その原因は幼少期の育て方にあると感じている。マサキくんのお母さんは、マサキくんの小学校受験の時に勉強をガンガンやらせ、幼児教室にさえ行けば、あとは何をしてもよしと甘やかしてきた。マサキくんは、幼い時は素直にしたがっていたけれど、小学3年生頃になって自我に目覚めるようになると、親の言うことを聞かなくなってきた。
お母さんが何を言っても、売り言葉に買い言葉。へりくつでお母さんを言い負かし、お母さんも子供をただしてあげることができない。そんなゆがんだ親子関係ができあがってしまったのだ。
失敗の原因は、小さい頃に「我慢をする」というしつけをしてこなかったことが大きい。我慢というのは、食事をする時には家族みんながそろうのを待つとか、欲しいものが手に入らないことを受け入れるとか、人として社会で生きていく上で必要な自制心だ。幼い時に我慢することでほめられるという経験をしてこなかったから、いつでもラクな方へ、自分が心地よい方へと行ってしまい、努力の快感を知るチャンスを逃し続ける。
■我慢ができない子は人の話を聞けない
我慢ができない子というのは、人の話を聞けない。じっと座っていることも、黙って聞いていることも疲れるからだ。人の話を聞けない子は、新しい知識を得た時に得られるはずの快感を逃し続ける。どんなに優秀な先生がついても、その話を聞かなければ伸びるはずがない。スポーツでも、音楽でもそうだ。人の話を聞かず、努力もせず自己流でやろうとする人は、伸びていかない。
学力は生まれ持った力と考える親は少なくない。だが、よほどの天才でない限り、多くの人は努力によって伸びるものだ。その努力する力を身につけるために必要なのが、幼少期の我慢だ。
「あなたは勉強さえしていればいい」
「ちゃんと勉強をしたら、○○を買ってあげるね」
そうやって大人の都合で、幼い時に勉強をやらされてきた子は、どこかで必ず伸び悩む。そして、我慢をする経験をしてこなかった子は、ラクな道へと逃げる。ユーチューバーで稼ぐのは、現実的にはとても大変なのに、安易に「ユーチューバーになりたい」という子の思考回路には、幼少期の親の関わりが影響しているように思えてならない。
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プロ家庭教師集団「名門指導会」代表/中学受験情報局 主任相談員
日本初の「塾ソムリエ」として、活躍中。40年以上中学・高校受験指導一筋に行う。コーチングの手法を取り入れ、親を巻き込んで子供が心底やる気になる付加価値の高い指導に定評がある。
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(プロ家庭教師集団「名門指導会」代表/中学受験情報局 主任相談員 西村 則康 構成=石渡真由美 写真=iStock.com)