東京・銀座にオープンした良品計画の「MUJI HOTEL」(撮影:今井康一)

「ホテルを運営するのは長年の夢だった」

生活雑貨店「無印良品」を展開する良品計画の松粼曉社長は、4月2日に開かれた内覧会の場で感慨深げに語った。

高級ブランドショップがひしめく東京・銀座の並木通り。その一角に立つ新築ビルの7階から10階に、良品計画が手掛ける「MUJI HOTEL」(客室79室)が入居し、4月4日にグランドオープンした。

ホテル進出は国内初めて

良品計画はMUJIホテルを中国・深センと北京に昨年開業したばかり。今回が国内初出店となる。ホテルの運営は小田急電鉄グループのUDSに委託し、良品計画はホテル全体のコンセプト作りやデザイン監修を担う。

ホテルには、無印のブランドイメージが色濃く反映されている。客室はシンプルだが必要な備品がすっきりと収納され、「洗えるマットレス」など無印で人気の商品が装備されている。


客室は9タイプあり、備品の多くは無印の店舗で販売されているものだ(撮影:今井康一)

サービス面でも、消費者目線でのわかりやすさを追求する。消費税とサービス料込みで宿泊価格(1万4900円〜5万5900円)を表示し、宿泊価格は年間を通して変動しない仕組みを採用。そのため、「Expedia」などのホテル予約・価格比較サイトには一切掲載しない方針だ。「無印の思想を体現するホテルを目指して、良品計画と協議してきた」と、ホテルを運営するUDSの梶原文生会長は強調する。

良品計画はMUJIホテルの今後の出店計画を明らかにしておらず、中期的には業務用事業(B to B)の強化にもつなげる構えだ。現状、小売り事業(B to C)が売り上げのほとんどを占める同社だが、業務用事業でオフィス向けの雑貨販売などを手掛けている。以前から、「ホテルを開業するので無印ブランドで備品をそろえたい」といった声が多々寄せられていたという。

今回のホテル出店に伴い、ドライヤーなど業務用の品質基準をクリアした商品も開発しており、ホテル事業者向けの販売も模索する。

地下1階はレストラン「MUJI Diner」に

銀座の新築ビルの低層階には、無印良品の世界旗艦店も同時オープンした。1階から5階では食品や衣料品、生活雑貨を販売。地下1階には、朝食セットや日替わり定食を提供するレストラン「MUJI Diner」を開業した。

店舗に一歩入ると、どのフロアも高い天井に木目調の床という“無印空間”が広がる。売り場の目玉は1階の食品コーナー。青果や加工食品のほか、日替わり弁当やベーカリーまで並ぶ。季節の素材を活用したジューススタンドも設置されている。コンビニや早朝営業の飲食店が少ない銀座エリアの環境を踏まえ、レストランとベーカリーは朝7時半からオープンする。


青果や加工食品のほか、日替わり弁当、ベーカリーまで並ぶ食品コーナー(撮影:今井康一)

もともと有楽町駅前には、「無印の聖地」と言われた有楽町店があったが、東京都の再開発計画に伴い昨年12月に閉店。周辺エリアで移転先を探した結果、読売新聞と三井不動産が開発する今回のビルへの出店を決定した。投資額は非公表だが、同社にとっては過去最大のプロジェクトとなる。有楽町店の約2割増にあたる年間230万人の来場者を見込む。

「わけあって、安い」をキャッチフレーズに1980年に西友のプライベートブランドとして誕生した無印。2018年11月末時点では国内423店舗、海外482店舗に達し、前2019年2月期は過去最高益を更新したもよう。銀座の一等地に新旗艦店を開業した裏には、旺盛なインバウンド需要を取り込みたいという意図も透ける。だが、今回の出店は別の狙いもある。

バブル景気に向かう時代に生まれた無印の原点は、ブランド志向の強まる消費社会へのアンチテーゼだった。素材の見直しや生産工程・包装の簡略化によって、消費者目線での暮らしに役立つ「安くて良い品」の開発を徹底。飽きの来ないデザインや質の良さ、そして独特の世界観に、数多くのファンが共鳴した。

だが、ここ最近は製造技術の発展やネット通販の拡大により、無印と似たような商品が国内外で散見されるようになった。国内家具最大手のニトリも、生活雑貨の品揃えや都市部への出店を積極化。テレビCMや価格の安さを打ち出したチラシを積極投下しない無印が、商品のシンプルさや手頃感を訴求するだけでは他社との差別化に限界がある。

そこで、良品計画は銀座の新旗艦店とホテルで無印の独自コンセプトを改めて強く発信する。良品計画の松粼社長は「商品自体の差異だけでなく、会社やものづくりの考え方を顧客が評価する時代になった。無印の衣料品は生産者への影響にも配慮してオーガニックコットンを使うが、今後はそうした商品を生産した背景や理由が、差別化の大きな武器になる」と語る。

産地見学や収穫体験ツアーも

たとえば1階の青果売り場では、専門スタッフが毎日試食を提供しながら商品の生産過程を説明する。各フロアの主力商品には大きな垂れ幕を下げ、開発面での工夫などをわかりやすく解説する。産地見学や収穫体験ツアーなど、生産者と消費者をつなぐ試みも企画する。

高級ブランドショップや百貨店が建ち並ぶ銀座は、「消費社会の象徴」とも言える。「飾りのない無印が銀座のど真ん中に出て行くというのも、われわれの存在価値が明確になるので非常に良いと思った」と松粼社長。

MUJIホテルと新旗艦店を広告塔に、世界中でさらなるファンを作れるか。独自の世界観を貫く無印の新たな挑戦が始まる。