桃屋の「のり平アニメCM」。「ごはんですよ!」のフレーズを一度は耳にしたことがあるだろう(画像:桃屋

「ごはんですよ!」――。

テレビCMから流れてくるこの強く印象に残るフレーズを、誰もが一度は耳にしたことがあるだろう。長きにわたり「元祖」商品を多数生み出し、日本の食卓になくてはならない価値のある商品を提供してきたのが桃屋だ。良品質な商品にこだわり続け、2020年に創業100周年を迎える同社の強さの秘訣に迫る。

桃屋の歴史は1920(大正9)年、初代・小出孝男氏が24歳のときに、東京都京橋区南鍛冶町(現在の東京都中央区)にて合名会社桃屋商店を創業したことから始まる。


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小出氏は尋常小学校を卒業後、玩具問屋で丁稚奉公をしていた。だが、スマイルズの『自助論』を読み、将来自分で身を立てたいと思い、17歳のときに上海の商業学校へ留学した。病気のためやむをえず2年ほどで帰国し、その後は銀座の高級食品問屋で働いていた。

そこで商売の実践を学ぶ一方、よい食品を顧客に届けた際、非常に喜ばれた経験から、「よい食品をお届けするということは非常に価値があり、意味のあることだ」と思い、創業に至ったという。

看板商品から撤退

創業当初は、「野菜みりん漬」「花らっきょう」「福神漬」「鯛みそ」などを販売。当時、らっきょうは酢漬けや塩漬けが一般的で、男性の酒のつまみとなっていたが、同社が初めて甘酢漬けの「花らっきょう」を出したことで、男性のみならず女性や子どもなど幅広い層から人気を博すこととなった。


1921(大正10)年、東京朝日新聞に掲載された「花らっきょう」の広告(画像:桃屋

その後、戦前には白桃やビワなどフルーツ缶詰を問屋や百貨店などに販売し、「盆暮れのフルーツは桃屋」と評判となり、全国的にその名が知れ渡ることとなった。

しかし、戦後、同社は大きな決断を下すこととなる。「今後、アメリカから安いフルーツの缶詰などが多数入ってくるだろう」と初代の小出孝男氏は考え、看板商品の1つだったフルーツ缶詰からは撤退。

代わりに欧米にはない日本独自のものを作ろうと考え、1950年にのりの佃煮「江戸むらさき」を発売。この大きな決断が功を奏し、売り上げが倍増することとなった。


1973年に発売した「ごはんですよ!」は桃屋のロングセラー商品となる(写真:桃屋

以降も「いか塩辛」(1952年発売)や、2代目社長で現名誉会長である小出孝之氏がリーダーシップをとって、当時、日本でほとんど知られていなかった「味付メンマ」「味付榨菜(ザーサイ)」を業界初として1968年に発売。

そして、1973年には同社を代表するロングセラー商品「ごはんですよ!」を発売することとなった。

生のあおさのりを原料に、味付けには本醸造しょうゆ、砂糖を使用し、トロッとした食べやすい食感を実現。

名誉会長の小出氏が夕飯ときに、「ごはんですよ」と呼びかけられたことをきっかけに、商品名として採用した。親しみやすいネーミングも受けて、全国的にのりの佃煮がポピュラーになるなど大ヒットした。「ごはんですよ!」の誕生が同社のターニングポイントとなり、会社を大きく飛躍させるきっかけになった。

「食べる調味料」のパイオニアに

その後も、「キムチの素」「五目寿司のたね」、そして2倍濃縮タイプで業界初となる「つゆ」など、つねに業界初となる商品を作り続け成長し、2009年には日本中に「食べるラー油」ブームを巻き起こした「辛そうで辛くない少し辛いラー油」を発売することとなる。


「辛そうで辛くない少し辛いラー油」、商品名は名誉会長の案だ(写真:桃屋

同商品は、1990年代後半に、開発部の担当者が中国・四川省に出張に行った際、地元の飲食店の卓上にあったラー油を目にしたことがきっかけだという。

そのラー油は、これまで日本にあったラー油とはまったく違い、何種類もの具材を豊富に使い、日本のラー油と比較し、数倍もの辛さだったそうだ。

その後、2000年代に入り、節約志向から外食を控える動きが増えていった。消費者のなかに、「調理技術はないけれど、美味しさには妥協したくない」というニーズがあるとみて、「かけるだけでうまい」をコンセプトにラー油の開発に着手した。

ネーミングについては色々と思案したが、オリジナリティーの高いラー油であることを反映させようという話になった。「色鮮やかでありながら、見た目ほど辛くない」という見た目と味のギャップをそのままストレートに表現することとなり、名誉会長の小出氏のアイデアで「辛そうで辛くない少し辛いラー油」に決まったという。

同商品は爆発的にヒットし、緊急に増産体制を敷いたが間に合わず、2010年3月には主要新聞朝刊に「品薄に関するお詫び広告」を掲載。「食べるラー油」ブームの牽引役として創業以来最大のヒット商品となった。それだけでなく、その後の「食べる調味料」というマーケットのパイオニアとなった。

同社の企業理念の1つに「良品質主義」というのがある。美味しいものを作るという強いこだわりから、よい素材を選んで、ほかのメーカーでは絶対にやらないだろうというくらいの手間のかかる工程を経て製造するなど、決して妥協しない商品づくりを続けてきた。

例えば「味付榨菜」。原料の青菜頭(チンサイトウ)を収穫後、2週間風干しすることで身を凝縮させ、独特な食感を引き出す。その後、塩漬けし、乳酸発酵させ、さらに香辛料とともに瓶に詰め、約1年間発酵熟成させて製品化する。一切の手間を省かないで榨菜の伝統的な作り方を守り続けている。

見えてきた課題、次のステップへ

ただよい商品を作るというだけではなく、顧客から「桃屋の商品でなければだめだ」という言葉を得られる商品を作ることが同社の「良品質主義」の考え方だ。この考え方を実践し、守り続けてきたことが約100年間続いてきた秘訣といえる。

いくら強いこだわりをもってよい商品を作っても、最終的に顧客に手に取ってもらわなければ意味がない。いかにして桃屋ファンを増やしていくか。この点が同社の次なるステップに向けた大きな課題となった。

3代目・現社長の小出雄二氏が社長に就任した2011年は、多くのメーカーが食べるラー油市場へ参入し、粗悪品なども出始め、市場が冷え込み始めていた。その影響を受け、一時は生産が追いつかないほどの人気商品だった「辛そうで辛くない少し辛いラー油」の販売も落ち着き始めた。

社内では、「既存品の売り上げは前年を割ってしまうものだから、新商品が必要だ」という考えが広まっていたという。

小出社長は、既存品に対してこのような考えでは、どれだけ商品がよくても、売れるものも売れないと思った。実際、顧客が桃屋をどのように見ているのかを確かめる必要があると考え、小出社長自ら夫人と10回ぐらいスーパーの店頭で自社の商品を販売してみた。

小出社長が衝撃的に感じたのは、「あらぁ、桃屋さん。子どもの頃よく食べたわ」と懐かしそうにされたことだ。「子どもの頃ですか?」と尋ねると、「そうねぇ。忘れていたわ」と桃屋の商品が顧客にとってすでに過去のものになってしまっていた。

また、「ごはんですよ!」以外の商品を知らないという声も多く聞かれたという。データを調べると、1割ほどの人しか桃屋の商品を継続的に使っていないということがわかった。まずは顧客に気づいてもらえるように露出を増やすこと、そして、使い方など商品の価値を伝えていくことが次なるステップに向かう重要な課題であることが浮き彫りとなった。

課題解決のために小出社長が手がけたのは、テレビ番組などメディアへの出演を積極的に行い、こだわりのモノづくりの様子や商品を使ったアレンジレシピなどを取り上げてもらうことだった。また、アレンジレシピを訴求したテレビ広告を行ってきた。

いちばん重要な、顧客がスーパーの店頭で商品を目にする機会を増やすために、中通路の棚だけではなく、人通りの多い通路側に山積みするなど目立つ陳列にして、視認率が上がるように努めてきた。

商品を使ったレシピを紹介

当然、顧客の目に触れる場所は商談で確保しなければならない。営業を強化するため、それまで曖昧だった人事評価基準を改め、頑張った人が報われるような制度への変更やKPI(重要業績評価指標)の設定など改革を進めてきた。

一方、商品の価値を伝えていくために、商品を使ったレシピをホームページで掲載。このアイデアは、小出社長が行った店頭販売の際、単に商品そのものをお薦めするよりも、具体的にどのような料理に使えるかレシピを紹介しながら販売していた社長夫人のほうがよく売れていたという事実に基づいたものだ。


小出雄二(こいで ゆうじ)/桃屋 代表取締役社長。1961年生まれ。1985年慶応義塾大学商学部卒業。味の素を経て2011年4月桃屋入社。2011年12月より現職(筆者撮影)

レシピの大半は社長夫人が考えたものだ。主婦目線で、冷蔵庫にある材料で同社の商品を利用することにより、簡単かつ美味しい料理を作れることを伝えることに注力していった。

こうした課題に対する地道な取り組みが実を結び、5期連続での増収増益につながっている。

今後の展開として、小出社長は、まずは桃屋の商品を目につくようにし、どのように使うのかを伝えていく。それにより、桃屋の商品を忘れてしまっている顧客にもう一度振り向いてもらうようにしていくことの徹底を挙げている。

「弊社商品を継続購入している顧客はまだ1割程度。その意味では、課題に対して、まだ1合目なので、今後もポテンシャルは大きいと考えている」(小出社長)という。

もちろん新商品の開発も行っている。他社がまねできるものは作らないという理念を徹底するため開発のハードルは高い。年に1、2品くらいに絞り、本当によいものだけを出していきたいとしている。そのほかにも、今後、食品に関連する新規事業への参入も検討しているという。

2020年に創業100周年を迎える桃屋。今後もよい商品を作り、価値を伝えていくことで、冷蔵庫を開ければ必ず同社商品が入っているという状態を築いていき、今後も「桃屋の商品でなければだめだ」というファンを1人でも多く増やしていくことだろう。