コリアカップでは、日本では6連敗中の日本馬ロンドンタウンが2着の韓国馬に15馬身差の圧勝。韓国の競馬ファンはこの衝撃の差をどう受け取ったのか(写真:有田徹)

日本の中央競馬は秋のG1競走真っただ中だ。いよいよ11月25日には今年38回目を迎えるジャパンカップが行われる。その後は暮れの有馬記念、ホープフルステークスまでビッグレースが続く。そんな中、お隣の韓国ではひと足先に国際競走「コリアカップ」「コリアスプリント」が開催され、日本馬が連勝。日韓の大きな力差が改めて浮き彫りとなった。山本智行氏が隣国の競馬の舞台裏を取材した。

日本で6連敗中の馬がソウルで15馬身差圧勝の衝撃

韓国人競馬ファンやKRA(韓国馬事会)は相当がっかりしたのではないか。少し前の話になるが「コリアカップ」として知られ今年第3回を迎えた「韓国国際競走」は9月9日、快晴のソウル競馬場で開催された。

「コリアスプリント」(韓国G1、ダート1200m)こそ、日本馬モーニン(牡6=栗東・石坂正厩舎)と香港馬による激しいたたき合いとなったが、メイン競走で最も盛り上がるはずの「コリアカップ」(韓国G1、ダート1800m)は想像を絶するワンサイドだった。連覇を狙った日本のロンドンタウン(牡5=栗東・牧田和弥厩舎)が、2着の韓国馬になんと15馬身の大差をつけ、圧勝してしまった。

これで日本馬は、上述の2レースにおいて過去3年(計6レース)でなんと5勝の荒稼ぎだ。特にロンドンタウンはソウルの水がよほど合うのだろう。日本では6連敗中だったものの、ここではまるで水を得た魚。欧米勢も一流馬は参戦しておらず、昨年のこのレース以来の勝ち星を楽々と挙げた。

しかも、1分50秒6の走破時計は自身が昨年マークしたレコードタイムを0.1秒塗り替えるもの。岩田康誠騎手は「ハナを切るつもりだったが、主張する馬がいたので2番手に。ペースが遅かったので迷わず行った。馬なりで無理はしていないのに、この時計。馬を褒めてやりたい」と向こう正面半ばからの超ロングスパートを振り返った。

直線はまさに独壇場だった。ソウル競馬場には世界最大級の長さ127メートルもある自慢の超大型ビジョン「127」が設置されているが、岩田騎手が後続の動向をチェックしようとしたところ、ロンドンタウン以外は何も映っていないという皮肉な結果になった。

あきれるほどの着差にレース後、微妙な空気が流れたのは言うまでもない。韓国メディアの質問も日本馬の強さについて集中した。岩田騎手も「なぜ、日本馬はこんなに強いのか」と聞かれ「歴史がありますし、まだまだ強い馬もいるので……」とこのときばかりは喜びを抑え、牧田調教師も「ここまでの差は予想していなかった。ちょっと開きすぎですね」と質問者を気遣った。

衝撃の15馬身差。これには、日韓の施行者も複雑な思いを口にした。JRA側は「正直、日本馬と好勝負するには、もう少し時間がかかりそうですね」と同情的。本音は「まだまだ」ではなかったか。実は今回の招待馬の選択にあたって、KRAは舞台裏でJRAを通じ、ロンドンタウンよりレーティングの高いケイティブレイブ陣営に対し「出走を見合わせてほしい」とやんわりと要望を出していた。


もうひとつのビッグレースでも日本馬のモーニン(右)が接戦を制し戴冠(筆者撮影)

もちろん、KRA側はすでに国際化へ舵を切っている以上、簡単に後戻りはできないという姿勢だ。「一部の調教師からは国際競走をやる意味があるのか、という意見がある。ましてや今回の着差を受け、廃止論が出やしないかと心配です。しかし、まだ3回目。いまやめるわけにはいかないでしょう」と悩ましげだった。

撤退はせず、KRAは完敗を認め「強い馬づくり」へ

幸い、レース後、大会を主催したKRAのキム・ナクスン会長の方針にはぶれがなかった。今年の国際競走は昨年より2カ国増え、過去最多となる9つの国と地域が参加したことを歓迎。改めて”強い馬づくり”と国際化を進めていく号令を発した。

「残念ですが、私たちは競馬『パート1』国と『パート2』国の違いを認めなければいけない。しかし、撤退は考えていません。次のコリアカップへ向けて、今回の結果を韓国競馬の発展の好機ととらえ、世界の競馬先進国から優秀な種牡馬を導入し、より一層、国際競争力を高めていきたい」

これまで日韓間では日本側から種牡馬の寄贈はあったものの、競走馬の交流に関しては、国内の馬産保護の目的で制限を設けており、輸出入に関しては停滞したままだった。

また、交流競走も地方の南関との間で行われたことはある。だが、JRAとの間では中山競馬場での「韓国馬事会杯」や小倉競馬場での「釜山ステークス」などの交換競走を実施しているだけで、実質的な人馬の交流はなかった。

キム会長はこの点にも言及し「これまでは馬の移動、輸出入に関しての取り決めや交渉は困難な面もあったが、機会があれば、積極的に話し合いたい」とオープン化を示唆。関係改善にも前向きな姿勢を示した。これを機に、今後はファンが望む国際競走の相互馬券発売などに進展があれば、日本の競馬ファンにとっても朗報だ。

さらに、キム会長は2023年に韓国南東部テグの近くにあるヨンチョンにソウル、プサン、チェジュに続く「第4の競馬場」をオープンさせることを改めて明言した。このプランは以前からあり、政権が代わるたびに浮上しては消えていたが、どうやら本腰を入れるようだ。


一般席。「オヤジゾーン」が残っているのは日本とよく似ている(筆者撮影)

「収容5000人規模の比較的コンパクトな競馬場になりますが、新たにレーストラックを造ることで馬産をさらに振興、拡大させ、需要を増加させていく考えです」

KRAのトップが本気になっているのはいい傾向だ。しかしながら馬産振興という点で、ひとつの足かせになっているのが日本人オーナーに対し、狭き門になっているところだ。韓国競馬の賞金は比較的高く、預託料はそれほどでもない、というのが通説だ。

にもかかわらず、韓国競馬の馬主資格を取っている日本人オーナーはいるにはいるが、現状は10人に満たない。なぜなら「韓国産馬を最低5頭所有すること」という規約がネックになっているためで、ロンドンタウンの薪浦亨オーナーも「韓国競馬は魅力的なので、KRAの馬主になって日本馬を走らせたい気持ちはあるが、韓国の馬を5頭持つのはリスクがありますよ」と話す。

ジャパンカップもかつては「外国の草刈り場」

しかし、今後、馬産振興を促し、「本当に強い馬づくり」を目指すのであれば、このあたりの条件緩和も必要になってきそうだ。また、これまでも日本から韓国に渡った種牡馬は数多く、韓国競馬のレベルアップに少なからず貢献してきたが、いまや世界でもトップクラスになった日本馬の血を本格的に導入することは、韓国側にとって急務とも思える。

また質の向上は当然ながら、底辺拡大も必要だろう。現在、ソウル競馬場に在厩している馬は1300頭。年間のサラブレッドの生産頭数も1300頭程度だという。これは、7000頭前後の日本と比べ、開催規模(毎週金曜〜日曜日で2カ所)を考えても、質量ともに見劣る。KRAに聞くと「日本の馬は高いから韓国のオーナーは消極的」とのことだったが、これまで以上にウマはもちろんヒト、モノ、カネといったあらゆる面での日韓交流が不可欠になるのは言うまでもない。

ただ、韓国競馬も評価できる点はある。牧田調教師、薪浦オーナーとも「ファンが多くて、皆さん熱心。おもてなしの心もあって、場内の雰囲気も華やか」と話し、映像面での優れた技術、ファンへの見せ方、伝え方にも好感を持っていた。

一方で牧田調教師は「スタートして100メートルは進路変更できない」というローカルルールの改善を求め、競走馬のレベルに関しては「歴史が浅いので血統面の改良を加え、時間をかけるしかないのでは」と話した。

このように門戸を開放した韓国競馬はいま、いわば黒船が襲来したような状態と言っていいかもしれない。思えば、今年38回を迎えるジャパンカップも苦難の船出だった。第1回はアメリカの二流牝馬メアジードーツにコースレコードを1秒更新され、日本の競馬関係者は「永遠に勝てないのではないか」と強い衝撃を受けた。

第2回の覇者ハーフアイストはアメリカの3歳牡馬で相次ぐ辞退により追加招待された代役。第3回の勝ち馬スタネーラこそG1勝ちの実績はあったものの、このアイルランドの6歳牝馬は来日後、体調が万全ではなく、引き運動とギャロップのみの調整で秋の天皇賞馬キョウエイプロミスに競り勝っていた。いみじくも岩田騎手が語った「歴史」というのはこれらのことも含まれている。

しかし、気になったのは韓国の競馬ファンのスタンスだ。「コリアカップデー」にソウル競馬場を訪れた観客数はナイター開催の効果もあった第1回が4万4000人、通常の時間帯に戻った昨年と今年が3万9000人と、競馬熱が冷めた感じかのような「安値安定状態」が続く。

全国に30カ所ある場外馬券売り場など含めた総参加人数は第1回が12万4000人だったのに対し、昨年が11万7000人、今年が11万4000人と2年前と比較すると1万人も減っている。これは政権が代わって、ギャンブルに対する風当たりが強くなっている影響もあるが、国際レースとしてのワクワク感を、いまいち感じていない証左かもしれない。


家族連れのためのファミリーゾーン。韓国馬事会の提唱するレッツランパーク構想の一環だ(筆者撮影)

レースはどれもそれなりに迫力があり、ゴール前はベテランファンの勇ましい声が聞こえていた。1コーナー付近はKRAが提唱する「レッツランパーク」にふさわしくファミリー、ヤングゾーンになっており、家族連れも目立ったが、残念なことに「特別な日」という雰囲気までは伝わってこなかった。もしかすると、コリアカップデーでいちばん盛り上がったのはKポップアイドル「宇宙少女」がパドックで歌とダンスを披露したときかもしれない。

最も売れたのは、平場の最終レース 格など関係ない

実際に8Rコリアスプリント、9Rコリアカップを含めた後半4レースの売り上げをみると、おもしろい数字が浮かんだ。まず1着賞金340万円の7R(8頭立て)の売り上げは、円換算にすると約4億6000万円。一方で1着賞金3990万円、国際競走として華やかなはずの8R(13頭立て)は約4億円にすぎず、メインの9R(14頭立て)も1着賞金5700万円にもかかわらず、約5億1000万円と多頭数にもかかわらず低調だった。

ところがどっこい。1着賞金220万円の10R(11頭立て)がなんと約6億円と、頭数もメンバーも平凡な平場の最終レースがいちばん売れているのだ。実は韓国国内ではテレビコマーシャルでギャンブルの告知、宣伝が流せないため、コリアカップデーの周知が徹底できていない面もあるだろう。しかし、悲しいかな、これが現実だ。ドライというか「知らない馬が走るレースに手を出したくない」、というのがきっと韓国競馬ファンの気質なのだろう。いずれにしろレースの「格」などに関係なく、馬券を買っていることがわかる。

それと、もう一点。韓国ギャンブラーの傾向として顕著と思えるのが「強い者は強い」という、当然の考え方だ。

レース前は「日本馬ロンドンタウンの力は認めても、地元韓国馬に対し、判官贔屓のような票がもっと入るのではと淡い期待を抱いていた」。だが当たらなくてもいいからという「応援馬券」はほとんどなかった。メイン競走での今回の韓国代表は総勢10頭。同国の聯合通信によると「過去最強」の触れ込みだった。その中には韓国で種牡馬入りしたアドマイヤドン産駒で安定感のあるチョンジストーム、4連勝中のチョンダムドッキ、これも下級条件を4連勝し、最終的に15馬身差の2着に入るトルコンといった馬がスタンバイしていたが、ファンの関心はロンドンタウンに集中した。

パドックでは「イワタ!」と韓国人からも日本の岩田騎手に熱い声援が飛んだ。アンチ派はほとんど不在のようで最終的に単勝オッズは1.7倍だったが、直前まで1.1倍と表示されたまま。岩田騎手も「パドックでオッズを見たらオレの馬のとこだけ色が違った。すんごい人気だった」とおどけたものだった。

ここまで国際競走に対する韓国競馬の意気込みとジレンマ、韓国人のギャンブル気質について触れてきたが、この国でも避けて通れないのがファンの高齢化問題だ。KRA広報によると「韓国の競馬熱は2002年がピーク。2010年に再び盛り上がったが、その後は売り上げ、入場者数ともに年々減少し続けている」とのことだ。実際数字を挙げてみよう。

入場者
2016年 1249万8600人
2017年 1176万4300人
2018年 1147万6400人(9月9日現在)

売上高
2016年 約7兆1000万ウォン(7100億円)
2017年 約6兆6000万ウォン(6600億円)
2018年 約6兆4000万ウォン(6400億円、9月9日現在)

今年は下げ止まり傾向がみられるものの、「政府に『宣伝はするな、売り上げは伸ばせ!』と言われても困りますよね。韓国には競馬以外に競艇(ボートレース)、競輪、スポーツtoto(くじ)、それにカジノがありますが、競馬のシェアは年々下がっている。これで国内向けのカジノができたらどうなるか」(KRA関係者)と先行きに不安を覚えていた。


Kポップアイドル「宇宙少女」がパドックで歌とダンスを披露。さすが、コリアカップデーいちばんの盛り上がりに

そこで、KRAのライバルで韓国のボートレース、競輪、スポーツtotoを一括で管理運営する「KSPO」に問い合わせてみたが、こちらの答えも芳しいものではなかった。

たとえば2016年度の年間売り上げを日本円に換算するとtotoで4441億円、競輪で1866億円、ボートレースで689億円だったのに対し、2017年度はそれぞれ4199億円、1772億円、636億円とすべての部門で減少。「政権交代のあおりでネット投票ができなくなった今年は落ち込みがさらにひどくなっている」と嘆き節だった。

「客層は古くなる一方で若い客層の穴埋めができない。どこもかしこも少ないパイの奪い合いだ。ボートレースももう1カ所、F1開催が幻になったヨンアン(=全羅南道、韓国南西部の都市)に造る話が出ていますが、実現性となるとどうでしょうか」

ギャンブルの未来が明るいのはどちらの国か?

少ないパイの奪い合い。これは私が毎日のように通う日本の公営競技場の施行者から聞く言葉だ。一時の危機的状況を脱したかに思える日本のギャンブル界も安閑とはしていられないだろう。

では、日韓のギャンブル産業の未来はどちらが明るいのか。あるいは、どちらが飽和状態に達していないのか。カジノが残されている日本か、それとも大っぴらに宣伝できなくても、そこそこ売れている韓国か。人口、国の規模を考えると両方とも可能性が十分ある気が、こと競馬に関して言えば、南半球を含めた市場規模の大きい芝レースを実施していない韓国競馬に伸びしろは大きいと思われる。

高齢化問題をはじめ、社会貢献、ギャンブル依存症問題など、日韓ともに共通の課題は多い。いずれにしろ、特効薬は見当たらないが「徹底したファンサービス」「提供するレースレベルの向上」に加え「国際化」がひとつのキーワードになることは間違いない。