和魂洋才で世界のリーダーを目指す武田薬品工業(写真はクリストフ・ウェバー社長)

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 自社の時価総額を上回る海外企業を、約6兆8000億円で丸ごと入手―。武田薬品工業によるアイルランド製薬大手シャイアーの買収計画は世界に衝撃を与えた。だが、武田社長のクリストフ・ウェバーに気負いは感じられない。従来進めてきた研究開発改革の方向性は正しく、シャイアー買収によってこれを加速できると判断しているためだ。一方、日本の老舗企業として培った伝統や価値観は堅持する考え。武田は“和魂洋才”の本領を発揮し、世界を先導する存在になれるのか。

 「今回の買収は、これまでの戦略がうまくいかなかったから考えたのではない。研究開発の変革や生産性向上の進捗には満足している」。ウェバーは、こう強調する。

 武田は2014年にウェバーが社長に就任して以降、がん・消化器・神経精神疾患を重点疾患領域と定め、他領域の事業や開発品を手放すなどした。

 さらに16年7月、創薬研究部門を日本と米国に集約すると発表。取締役会議長の坂根正弘(コマツ相談役)は「このときのR&D大改革が“世界の武田”への転換点だった」と振り返る。

 荒療治にも見える変革を断行する背景には、創薬に苦戦してきたことがある。武田は自社で創製した抗潰瘍剤や高血圧薬などを90年代に相次いで発売。いずれもブロックバスター(世界売上高が1000億円超の大型製品)に育ち、業績の大きな伸びに寄与した。

 だが、00年以降に投入した自社創製の薬でブロックバスターとなったものはない。現在、武田の屋台骨を支えているのは08年に傘下へ収めた米バイオ医薬品企業ミレニアム・ファーマシューティカルズ由来の製品だ。「ミレニアムを買収していなければ、本当に危なかった」(古参の武田社員)。

 かつて武田は循環器をはじめ、多くの疾患領域で研究開発を手がけた。しかしそれでは「総花主義、平均点主義」(坂根)に陥り、革新的な新薬が生まれにくくなる懸念も出る。

 そこで現在は、がん・消化器・神経精神疾患にワクチンを加えた“3+1”の戦略を掲げる。研究開発を統括する取締役のアンドリュー・プランプは、重点疾患領域を絞ることと創薬研究の生産性に明確な相関関係が存在するのかとの問いに対し、「ある」と断言。「科学、開発、薬事、販売の垂直統合ができなければ、薬をつくる能力が小さくなる。深い垂直の専門知識を治療領域でつけていくことが重要だ」と指摘する。

 プランプは、がん・消化器・神経精神疾患を選んだ理由について「チャンスがある点で共通する」と話す。がんは08年に買収した米ミレニアム・ファーマシューティカルズの、消化器は武田の得意分野だった。神経精神疾患は「それほどのレガシー(遺産)はなかったが、最も大きな未充足の医療ニーズがあり、(創薬が難しいため)多くの会社が手を引こうとしている」(プランプ)ことを勘案して挑戦を決めた。

 一般的に一つの医薬品の研究開発には10年程度を要する事例も多く、武田の改革の成否はまだ判断しきれない。だが変革を本格化した16年度以降、30の開発案件の開発段階が上がった。「改革の期間中も、パイプライン(開発品一覧)は進捗(しんちょく)した」。プランプは確かな手応えを感じている。

 シャイアー買収完了後の重点疾患領域についてはどうか。ウェバーは、「4領域で非常に満足している」と話す。重点領域が増えることで経営資源が分散し、領域ごとの研究開発力が落ちてしまう懸念を否定した。

 武田はシャイアー買収後は重点領域に希少疾患が、次点の注力分野に血漿(けっしょう)分画製剤が加わり、“4+2”となる。とはいえ、R&Dの基本戦略は大きくは変わらない。3+1は「シャイアー統合後も土台となる」(プランプ)。