任天堂が得た果実は小さくありません(写真:新華社/アフロ)

家庭用ゲーム機大手の任天堂が、自社の人気レースゲーム「マリオカート」のキャラクターの衣装を着てカートで遊ばせるのは著作権の侵害だとして、カートレンタル会社「マリカー」(現社名はMARIモビリティ開発)を訴えた訴訟の判決がありました。

東京地裁は侵害を認め、「マリカー」側に不正競争行為の使用差し止めと、1000万円の損害賠償の支払いを命じたのです。

法律上どのようなことが争われたのか?

任天堂が裁判を起こしたのは昨年2月。任天堂と、このレンタル会社は関連する会社ではなく、資本関係も契約関係もありません。


当初はまさに「マリオカート」を模していました(東洋経済オンライン編集部撮影)

ところが、レンタル会社が、マリオなどのキャラクターのコスチュームを貸し出し、これらを着て公道を走るカートの画像をSNSに投稿することで、レンタル料金を無料にしたり、割引したりしていました。

ネット上でこの話題が拡散し、外国人観光客の間でも評判になっていたようです。任天堂は、許諾がないのにこのようなキャラクターをレンタル会社の宣伝や営業に利用したことが自社の著作権を侵害しているなどと主張して提訴していました。

小説やアニメの主人公などのキャラクター自体が著作権で保護されると思っている読者もいるかもしれませんが、最高裁(平成9年7月17日判決)は、具体的な漫画を離れた登場人物のいわゆるキャラクターを著作物ということはできないと判断しました。なぜなら、キャラクターは、漫画の具体的表現から昇華した登場人物の人格ともいうべき抽象的概念であって、具体的表現そのものではなく、それ自体が思想または感情を創作的に表現したものということができないということです。

一方で、この判決ではキャラクターの絵に対して原作の絵(美術の著作物)についての複製権の侵害を認めています。キャラクターの見た目や特徴自体は著作権法で保護される対象であり、第三者の作品が漫画の特定の画面に描かれたキャラクターの絵と細部まで一致しなくても、その特徴から当該登場人物を描いたものであることを知り得るものであれば著作権を侵害していると言えるからです。

すなわち、キャラクターのマンガやアニメなどにおけるビジュアル面については著作権が成立しますが、小説の主人公のようにこれらを離れて抽象的なキャラクターの特徴について著作権は成立しないということです。

今回の判決では、マリオというゲーム上のキャラクターの見た目に著作物性を認め、まったく同じではなくてもマリオに似たコスチュームでカートに乗せる営業をすることは任天堂の著作権を侵害しているという判断がベースになっていると思われます。

さらに、不正競争防止法2条1項1号は、他社の商品表示として消費者に広く認識されているものと同一・類似の商品表示を使用して、他人の商品と混同させるような行為を禁止しています。

「マリカー」は提訴された後、社名を「MARIモビリティ開発」に変更しましたが、マリオのコスチュームを着せてカートで公道を走らせるという営業は、任天堂の商品・サービスであると誤認させるような行為であることを認め、コスチュームの貸し出しなどの営業行為の差止と、これまで任天堂が受けた損害の賠償を命じたのです。

任天堂が裁判を起こした本当の狙い

とはいえ、認められた損害賠償額は1000万円で、連結売上高1兆0556億円(2018年3月期)の任天堂にとってはわずかな金額と言えます。

それでも任天堂がここまで多くの時間とコストをかけて裁判をした理由は、同社にとってキャラクターの価値を守ることこそが、企業にとっての生命線だからに他なりません。

任天堂は今回の勝訴を伝える9月27日付のニュースリリースで「長年の努力により築き上げてきた当社の大切な知的財産を保護するために、当社のブランドを含む知的財産の侵害行為に対しては今後も継続して必要な措置を講じていく所存です」とコメントしています。

マリオだけでなく、ポケモンやドラえもんなど世界中に知れ渡ったキャラクターの著作会社は、その後、Tシャツやタオル、文房具やお菓子などのメーカーにキャラクターの使用を許諾することによって、巨額の著作権使用料を得ることができます。ある意味何もせず、ただキャラクターの使用を許可するだけで収入が得られるのです。

しかし、キャラクターの著作会社は、使用料が得られればどんな相手でも使用を許諾するわけではありません。例えば極端に印刷の精度が悪いキャラクター入りタオルが市場に出回ったり、キャラクター入りの味が悪いスナックが出回ってしまったりすると、そのキャラクターの価値が摩耗してしまい、次第にキャラクターのブランド力がなくなってしまうからです。

このような意味で、キャラクターの著作会社は「質のいいキャラクターイメージを長く保つ」ことを最重要視します。任天堂も、目先の費用対効果は度外視してでも、キャラクターの不正使用に目を光らせ、排除しようとするのはこういった理由があるのです。

インターネットの出現、普及により世界はあっという間に大きく変わりました。

人々がまず何かを調べるときにグーグルで検索をかけるようになると、会社は商品やサービス名で検索されたときにライバル会社より上位に表示されるようにとアルゴリズムを研究し、対策をします。

飲食店を探すときに消費者が、口コミサイト「食べログ」の評価点を気にするようになると、飲食店は食べログの点数を上げるための対策を始めます。

SNSが広まり、多くの人がフェイスブックのアカウントを持つようになると、敏感な業者はすぐにフェイスブック上に広告を出し、興味があるユーザーに自社製品をアピールします。

プラットフォームを握る企業が勝つ時代

しかし、本当の勝者は、「SEOで上位表示に成功した会社」「食べログ評価の高い飲食店」「フェイスブック広告で集客に成功した会社」ではなく、グーグル、食べログ、フェイスブックそのものなのです。

なぜなら、グーグルのアルゴリズムや、食べログの表示基準、フェイスブックの広告単価などは全てそれぞれの会社が自由に決めることができ、自社の都合に合わせて設定できます。一方で、これらを利用している会社は、アルゴリズムや広告単価が変更されるために、その変化に対応するため右往左往を繰り返さざるを得なくなります。

つまり、ルールを決める側(これをプラットフォームと呼びます)こそが強い立場を保持することができ、利用する側はそのルールに従うほか選択肢がなくなるという構図ができあがるのです。

キャラクタービジネスの観点で言えば、任天堂はまさにルールを決める側にいて、日本企業としては数少ない世界的なプラットフォーム企業です。ここに任天堂の強さがあり、任天堂にとってはわずかな金額しか得られなかったとしても、旧マリカーを訴訟で破る必要があったというわけです。