ヒモ男を演じる窪田正孝と、彼を育てる川口春奈

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 テレビを見ていて「ん? 今、なんかモヤモヤした……」と思うことはないだろうか。“ながら見”してたら流せてしまうが、ふとその部分だけを引っ張り出してみると、女に対してものすごく無神経な言動だったり、「これはいかがなものか!」と思うことだったり。あるいは「気にするべきはそこじゃないよね〜」とツッコミを入れたくなるような案件も。これを、Jアラートならぬ「オンナアラート」と呼ぶことにする。(コラムニスト・吉田潮)

オンナアラート #17 ドラマ『ヒモメン』

 働く気が1ミリもないヒモ男を描いたドラマ『ヒモメン』(テレビ朝日系・毎週土曜よる11時15分)。

 かなり前から、オンナアラートを鳴らそうと思って、手ぐすねひいて待ち構えていたのだが、うっかり窪田正孝の可愛らしさにほだされている自分がいる。どうした? 私。暑いからか?

 そもそもヒモ状の男など言語道断と思っていた。

 ところが、窪田はあまりに正々堂々と「働かない・働きたくない」意志を主張する。清々(すがすが)しいほどの怠け者であり、それを恥ずかしいとも思っていない。コイツ、自立はできないが、なかなかに芯はあるじゃないか、と思わせる展開なのだ。

 ヒモメン窪田をうっかり育てているのが、川口春奈。

 看護師というのも絶妙。美容師や理容師、医師など、国家資格取得者の女性がヒモメンにたかられるというのは、めちゃくちゃ納得がいく。あるいは高額所得者の女、特にホスピタリティが高くて面倒見のよさそうな看護師って、説得力がある。あ、点滴に毒を仕込む悪魔もいるけれど。

 川口は常日頃からヒモメン窪田にストレスをためこんでいる。疲れて帰宅すると、空腹で倒れたままで待っている。川口が職場でもらったお土産も、すぐにネットで売りさばこうとする。

 金を渡してもパチンコですってしまい、「1000円ちょうだい」が口癖。ゴミ出しを頼んでも、2階から投げ捨てるズボラさ。川口が大切にしている漫画や秋冬物の洋服を勝手に売って現金化。イライラどころか家から追い出してもいいほどの悪行三昧だ。

 ところが、窪田は屁理屈と言い訳のオンパレードで、言葉巧みにほだされてしまう川口。皿を洗って、風呂入って、髪乾かして、寝る。

 でも、ベッドに入った途端に我に返る。このままじゃダメだと。なんとかして窪田をまっとうな男にしなければ、と誓う。この繰り返しが、すっかり日々のルーチンワークになっているのだ。

 平気でウソをつく窪田は、一瞬サイコパスなのかなと思いきや、ちゃんと感情はある。罪悪感もある。人の心に寄り添うこともできる。

 ただ働きたくないだけ。働かないためなら全力で何かをやり遂げる。それがたとえ無駄骨だったとしても、純粋に、がむしゃらに。そこなのかな、ヒモメン窪田を手厳しく糾弾できないところは。

たぶんコンプレックスがないからだ

 いやいや、全力で何かに取り組めばいいってもんじゃない。本来なら、窪田のさんざんなヒモっぷりを、鬼の形相でもってオンナアラートを鳴らしたいのだが、ある1点が私の心を透きとおらせる。

 それは、窪田が「自分と他人とを比べない」からではないかと思う。

 学歴だの、年収だの、身長だの、有名人と知り合いだのと、やたら人と比べたがる男性は多い。本人は比べているつもりがなくても、自分が優位にあることを暗に表現しちゃったりもする。言葉の端々に出ちゃったりもする。

 ところが、窪田には「俺って他の男よりも優れてるでしょ?」という優越感アピールが一切ない。

 逆に、優位に立てない劣等感で他人に対して攻撃的になったり、コンプレックス過積載で、自虐に走り過ぎて面倒くさい人もいる。こっちのほうが厄介。窪田にはそれもない。看護師の彼女に食わせてもらっている引け目もなければ、金や権力になびきもしない。 

 初回、病院の出資者で、横柄どころか横暴な振る舞いの患者(宇梶剛士)が窪田と対峙するシーンがあった。そこで窪田は言い放ったのだ。

「見くびらないでください! 僕は無職です! 無職の前では(金も権力も)無力です!」

 無職でも卑屈にならない強さ。窪田の辞書に「コンプレックス」という文字はない。自分を他人と比べて一喜一憂する馬鹿馬鹿しさをふんわりと教えてくれる。そもそもホームレスになる気満タン。働かないという強い意志のレベルも次元も違うのだ。

 この清々しいまでの「働かない宣言」は、ひょっとして国家や現政府への挑戦状なのか? 

 社会保障の充実なんてウソッパチどころか、すでに破綻寸前、汗水たらして働いても搾取されるだけで生活はちっとも楽にならず。潤うのは金持ちだけ。そんな世の中に対して、窪田はひとり闘っているのではないか、なんてことまで考えちゃったよ。

女性に突き付けられた「ヒモの許容範囲」

「窪田正孝クンが家にいるならヒモでも棒でもいい!」と思うファンの女性もいれば、「浮気しない、裏切らないならいい!」と思う女性もいる。「金せびられるのは勘弁」と思う人もいれば、「ギャンブルにすがるのはマジ無理!」と思う人もいるだろう。

 要は、窪田のヒモっぷりをみて、「ひとつ屋根の下で暮らす相手として、どこまで許せるか?」の境界線、細かい条件を自分自身が気づくことになるのだ。

「あれ、私、案外許せるなぁ…」と思った女性は、気をつけなはれ! 特に国家資格をもっているようなら、マジで、根こそぎ持ってかれるからな。あ、ここでオンナアラートになってるね。

 私自身は、働かない人は絶対にイヤだ。家事をやらない・できない人もイヤだ。つまり、ヒモメンと暮らす才能は、ない。

吉田潮(よしだ・うしお)◎コラムニスト 1972年生まれ、千葉県船橋市出身。法政大学法学部政治学科卒業後、編集プロダクション勤務を経て、2001年よりフリーランスに。医療、健康、下ネタ、テレビ、社会全般など幅広く執筆。テレビ『新・フジテレビ批評』(フジテレビ)のコメンテーターも務める。また、雑誌や新聞など連載を担当し、著書に『幸せな離婚』(生活文化出版)、『TV大人の視聴』(講談社)ほか多数。新刊『産まないことは「逃げ」ですか?』に登場する姉は、イラストレーターの地獄カレー。公式サイト『吉田潮.com』http://yoshida-ushio.com/