「本を書いたのはひとつの問題提起。反論や意見はどんどんしてもらってかまわない」と下重暁子さん

写真拡大

「3年前に書いた『家族という病』から派生して、『父という異性(ひと)』『母の恋文』『わたしが子どもをもたない理由(わけ)』を書きました。親子や家族について自分との問題を1冊ずつ書いてきて、その最後が夫婦です。それまでの肉親とは違って夫婦は、まったくの他人から家族になっていくわけで、いちばん大事なことかもしれませんね」

この記事のすべての写真を見る

 こう語るのは『夫婦という他人』の著者、下重暁子さん(82)。結婚して45年。実体験に基づいた夫婦観が綴(つづ)られた最新刊は発売1か月で、すでに何度も重版になった話題作だ。

「反響はいろいろありますが、『家族─』もそうでしたが肩の荷が下りたという人が多いです。夫婦という肩の荷をしょっている人、夫婦という名前で縛られている人がいかに多いかということでしょうね。それは女性だけでなく男性にも多いです。(夫婦は)同等でいいと思うけど男性には、自分が面倒みている、あるいは責任者、主(あるじ)だと思い込んでいる人が多いみたいで、そういうことを思わなくてもいいと感じて、肩の荷が下りたんじゃないでしょうか」

 人生100年時代と言われ男女とも平均寿命は延び、夫婦でいる時間が必然的に長くなる。

「子どもを介して三角形で生きてきたのに、子どもが巣立った後に夫婦だけで向き合うのはしんどいことだと思いますよ。そのためには自分たちの生き方を探さないといけない。夫婦の生き方探しの結果、離婚してもかまわない。もし一緒にいるのなら、いろんな暮らし方を探したほうがいいと思う。そのひとつの例として、私たち夫婦は水くさく暮らしていますよということを1冊にまとめました。

 最初からお互い、水くさくて相手に期待していない関係でした。周囲からは、期待しないなら結婚しなくてもいいでしょうと言われますが、期待しないから一緒にいられるのであって、期待したらしんどくてしょうがないですよ」

結婚の決め手は生活 ケンカは時間のロス

「結婚する気がなかった」という下重さんは36歳のときに、テレビ報道マンで3歳年下の“つれあい”と称するご主人と結婚した。

「大恋愛が終わってくたびれ果てていました。相手は芸術家で、生活感のない人でした。私自身、生活感のあることが好きじゃないし、家の手伝いもしたことがない。一緒に誰かと住んで、その人のために料理をするなんて考えたことがなかったし、嫌いでした。

 そんな私に生活は生きていく土台だと無言で示してくれたのがつれあいでした。料理好きで、包丁さばきは見事で味もおいしい。そういう姿を見て私にいちばん欠けている生活の大事さを悟りましたが、(心の)隙間に入り込んだのかもしれない(笑)」

 夫婦の生活は、今は夜型の下重さんに対して、つれあいは朝型と対照的。

「夫婦ゲンカはあまりしませんね。お互いに仕事が忙しいこともあるけど、(ケンカは)めんどくさくて時間のロスとしか思わない。気分がよくないと物は書けないので、仕事のほうが大事です。

 私は母親に愛情をかけられすぎたので、非常にわがまま。自分がいちばん大事な人間。まるで思いやりがないというか、人のことより自分のことしか考えてこなかった。でも、それはある時期から大人とはいえない。一緒にいる人のことを考える思いやり。そういうものが大事だと思えるようになり、心が通じる人がそばにいることのよさを45年の結婚生活でわかるようになりましたね」

 形式的なことが嫌いで結婚式は挙げず、結婚指輪もしない下重さんに、インターネットやSNSを使って出会いを求める20代、30代の若者はどう映るのだろうか。

「いろんな出会いの仕方があるみたいだけど、そうまでして結婚したいのかな……。

 戦後、日本は貧しかった。だけど精神的には自由な時代に育って、何を考えても何をしてもよかった。

 今は窮屈な社会になっていて、人目やチェックするものがあったりしてめんどくさいことが多い。本人が気にしなければいいけど、SNSで知られてしまう世の中になって、嫌な時代になりつつある。結婚もそのひとつだと思います」

 子育てのための夫婦と化していくことに危惧(きぐ)も。

「子どもがいるから成り立っていて、会話も子どものことしかないのは寂しい。

 子どもがいることでケンカをしない、別れない理由になっているのも現実だと思います。

 でも、それがいい家庭かどうかは別です。子どもは敏感ですから夫婦関係はわかると思いますよ」

可能性は試すべし シニア婚のすすめ

 離婚や死別などの理由でシングルになった50代以上がパートナーを求めるシニア婚については大賛成という。

「いいと思いますよ! なぜ(結婚相手が生涯)ひとりの男、ひとりの女でなくちゃいけないのか。(若気の)勢いだったり、間違いだったりする結婚ではつまらないでしょ。年を取ってからでも可能性は試したほうがいいですよ。縛られている必要なんてないと思うわ。

 ただし、お金や財産の問題だけはっきりさせて子どもには一切残さない、子どもは親の財産をあてにしないことです」

 下重さんが人生でこだわってきたことは、経済的自立と精神的自立だ。

「自分らしい生き方をするための2つの条件です。

 自由に生きるためには経済的な自立が必要で、つれあいとは独立採算制です。自分が決めたことには責任と覚悟という精神的な自立が大切です。その2つだけは身につけようとずっと思っていて、守ってきました」

 十人十色。夫婦もさまざまだとわかっていても“夫婦=(イコール)他人”。至極真っ当な指摘にドキリとさせられる人もいる。

「他人ではなく、(結婚相手を)特別な人だと思いたい人はいるでしょう。でも、冷静に考えれば最初から他人。他人だけど不思議な縁で一緒になった。その不思議な縁というのは面白いと思う。

 夫婦だけでなく、家族だって他人のようなもの。血縁関係はあっても、自分のものではない。でも現実には、そう思えないでいる人もいる。

 私は最初から他人だと思っていますから、仮に裏切られてもしょうがないとしか思わない。もちろん、人間だから悲しい気持ちにはなるけど傷は浅いかも」

 夫婦関係を記した妻の著書につれあいの反応は?

「読んでいないと思うわ。私の仕事に興味がないの。勝手に仕事させておけば喜んでいるくらいしか思ってないでしょ。期待してないの。私も期待していないけど。

 愛情の愛はなくなっても情は持ち続けられる。人と人との間に情がなければ、人間関係は成り立たない。夫婦だろうと家族だろうと友人だろうと、お互いに情があれば通じ合うことができますよ。

 ただ信頼がなくなったら、情もなにもない。人間として信頼できないことはいちばん悲劇。私は、つれあいとは信頼がなくなったら一緒にはいません」

 潔い語り口は筆致も同様。本の帯にある“その結婚、続けますか?”と問いかける1冊に、心ざわつく人も多そう。

<プロフィール>
下重暁子(しもじゅう・あきこ)◎早稲田大学教育学部国語国文学科卒業後、NHKに入局。アナウンサーとして活躍後、民放キャスターを経て文筆活動に入る。エッセイ、ノンフィクションなど多岐にわたる。『家族という病』『極上の孤独』(ともに幻冬舎)、『鋼の女―最後の瞽女・小林ハル』(集英社)など著書多数。

<Information>
「藍木綿の筒描き展〜下重暁子コレクション〜」7月28日(土)〜9月2日(日)まで南ヶ丘倶楽部・三五荘資料館で開催。8月19日(日)14時〜下重暁子講演会(南ヶ丘倶楽部講義室、入場無料)