成功の裏にあった三浦知良とJリーグの存在…パク・チソン氏「大切なことは日本が教えてくれた」

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 約2カ月の中断期間が明け、18日からいよいよJ1リーグが再開される。4年に1度の祭典、2018 FIFA ワールドカップ ロシアが閉幕し、ここからは国内タイトル獲得へリーグの戦況はますます熱を帯びてくる。さらに、アンドレス・イニエスタやフェルナンド・トーレスらヨーロッパのトップクラブや代表で数多くのタイトルを獲得してきた大物選手も参戦し、これまで以上の盛り上がりを見せようとしている。

 イニエスタやトーレスとは対照的に、Jリーガーの海外挑戦もサポーターの楽しみの1つだろう。日本代表としてロシアW杯を経験した植田直通は、大会終了後、鹿島アントラーズからセルクル・ブルージュ(ベルギー)へと移籍。すでに4年後を見据えた戦いは始まっている。

 韓国代表として日韓W杯ベスト4進出、クラブではチャンピオンズリーグ優勝を経験したパク・チソン氏もかつてはJリーガーだった。2000年に京都パープルサンガ(現・京都サンガF.C.)に入団。2003年からはオランダの名門、PSVでプレー。活躍が認められると、マンチェスター・ユナイテッドからオファーを受けるまでに成長した。プロキャリアをスタートしたJリーグで何を学び、どのようにして世界で活躍するプレーヤーへと上り詰めたのか? パク・チソン氏がインタビューで日本サッカー界へメッセージを送ってくれた。

日本でプレーした日々は「すごく楽しかった」

――「日本でプレーする」と決まったときは、どのような心境でしたか?

「元々海外でプレーしたいと思っていましたし、韓国代表への憧れもありました。だから『プレーヤーとして成長するために日本に行きたい』と思っていました。そこで培ったものを自分のプレーに活かそうと思っていました。日本に来て非常に良い体験ができました。Jリーグでプロとしてのキャリアをスタートすることができたし、毎日『もっともっと強くなろう』と取り組んでいました。当時はすごく楽しかった」

――来日前、Jリーグにどんなイメージを持っていましたか?

「韓国でもよく知られていた選手もプレーしていました。先輩たちのアドバイスを聞いて、日本のプレースタイルを学びたいと考えていました。当時は『韓国とはプレースタイルが違うな』という印象でした。その中で日本ならではの強さや上手さを学びたかった」

――日本と韓国のサッカーは具体的にどのような違いがありましたか?

「日本はテクニックやパスワークが非常に優れていると思います。多くの選手がそういうスタイルを目指している。それが日本サッカーの特徴でしょう。韓国はフィジカルとメンタルに強さが備わっている選手が多い。その上で『戦う』ということを考えています。日本も韓国もお互いに強みを持っていると言えるでしょう」

カズさんと日本から学んだことが成功につながった

――パク・チソンさんはPSVやマンチェスター・ユナイテッドなど、ヨーロッパのトップクラブでプレーしてきました。世界のトップでプレーする上で、Jリーグでの経験がどのように活きたと感じましたか?

「京都パープルサンガが私にとって最初のプロクラブでした。当時はカズさん(三浦知良)がいましたね。カズさんからはたくさん学ぶことがあって、プロのフットボーラーはどのように行動しなければいけないのか、何をしなければいけないのか。素晴らしいテクニックも学ぶことができました。それから、海外に住むことも初めてでした。日本は韓国に非常に近い国ですが、言葉も文化も違う。ヨーロッパに移籍する上で、日本で生活したことで、海外生活の準備ができたと思います。どこの国に行っても、その国の言語や文化を受け入れることの重要性を日本に住んだことで学ぶことができました。それもプレーヤーとしての成功につながっていると思います。大切なことは日本が教えてくれました」

――最後に、日本サッカー界へのアドバイスをお願いします。

「現在はヨーロッパでプレーする選手も多いですよね。それは代表チームにとっても大きなメリットになるはずです。プレーヤーの質は高いし、足元のテクニックにも優れています。が、海外で戦う上でメンタル面ではまだ弱さがあると思います。あと、クオリティーが高くても最高のレベルに行けないのは経験も足りていないからだと思う。経験を身に付けようと思い切ることも必要です。Jリーグで学び、ヨーロッパで多くを経験し、それを日本に還元できれば日本サッカー全体を強くすることができる。Jリーグでプレーする選手にはそういうことを、もっともっと意識してプレーしてほしいですね」

インタビュー・文=加藤聡
写真=Jリーグ、ゲッティイメージズ