33歳「ヴィジュアル系」の彼が抱く生きづらさ
ヴィジュアル系バンドで活動する彼の抱える生きづらさに迫る(写真:Kenchangさん提供)
独自のルールを持っていたりコミュニケーションに問題があったりするASD(自閉スペクトラム症/旧・アスペルガー症候群)、落ち着きがなかったり不注意の多いADHD(注意欠如・多動性障害)、知的な遅れがないのに読み書きや計算が困難なLD(学習障害)、これらを発達障害と呼ぶ。
今までは単なる「ちょっと変わった人」と思われてきた発達障害だが、生まれつきの脳の特性であることが少しずつ認知され始めた。子どもの頃に親が気づいて病院を受診させるケースもあるが、最近では大人になって発達障害であることに気づく人も多い。
発達障害について10年程前に知り、自身も長い間生きづらさに苦しめられていたため、もしかすると自分も発達障害なのではないかと考える筆者が、そんな発達障害当事者を追うルポ連載。発達障害当事者とそうではない定型発達(健常者)の人、両方の生きづらさの緩和を探る。
第18回となる今回は、ヴィジュアル系バンド、「ごるさが」でギターを担当しているKenchangさん(33歳)。彼は、自分は発達障害のグレーゾーンなのではないかと悩みながらも大好きな音楽活動に勤しんでいる。
筆者自身、ヴィジュアル系バンドが好きだ。しかし、大変失礼であるが、ごるさがは知らなかった。Kenchangさんから「連載を読んで共感しました。自分も発達障害かもしれないので、取材を受けてカミングアウトしたい」とTwitterのDMが届き、このたび取材を実施した。
公務員を目指すも面接でうまくいかない
事前にTwitterやブログ、YouTubeの映像等で本人についてリサーチをし、明るそうなイメージを抱いていたものの、実際にお会いすると、物静かな印象を受けた。
幼い頃はとにかくおとなしく、自分の意見を言わない子どもだったKenchangさん。つねに大人の顔色をうかがって怒られないようにしていたという。「自分は他の人と違っておかしいのではないか」。そう感じ始めたのは、一浪して東京外国語大学に進学し、就職活動を始めた頃だった。
「先輩に公務員を目指す人が多かったので、とりあえず自分も公務員を目指そうと国家試験の勉強を始めました。でも、一次のペーパー試験は通るのに、面接でうまくいかない。面接官の質問の裏にある意図がまったく読めないんです。なぜこの人はこんな質問をしてくるのだろうと考えてもわからない。特に、ダメだったのがグループディスカッション。議論をまとめられないし、自分だけ的外れなことを言ってしまうんです」(Kenchangさん)
地元である宮城県庁の一次試験に通り、喜んでいたものの二次の面接に通らず、自殺という言葉が脳裏をよぎるほど追い詰められていた。
結局、大学は2年間の就職留年をした。公務員以外に金融系も受けたが、当時リーマンショックが起こった年で景気が悪く、どこも受からない。次第に彼の体に変化が起こり始めた。毎日37.5度の微熱が続いて体がだるい。病院を受診したところ、適応障害の診断が下りた。
適応障害とは、ある特定の状況や出来事のストレスにより、心身に不調が表れる障害だ。適応障害で処方されたデパケンという薬も合わず、急に異常なほどテンションが上がって、街中でアニメ『聖闘士星矢』の主題歌を大声で歌ってしまうような奇怪な行動を取ってしまったこともあった。
なかなか内定が出ないが、生活のためには働かねばならない。アルバイトで塾講師をした経験から、小さな学習塾を受け正社員の内定をもらい就職。この塾でKenchangさんは仕事のできない自分に気づく。
「とにかくマルチタスクがまるっきりダメです。塾の仕事は生徒に教えるだけでなく、新規開拓もしないといけないんです。入塾させないといけない人数のノルマがあり、新規開拓をしつつ既存の生徒の成績を上げるという二重の業務が、どうしてもできませんでした。
また、人の間に入って仕事の調整をするのも苦手です。上司から生徒A君の成績を上げるよう言われたので、遅くまで指導していたら保護者から『なぜこんなに遅くまで帰れないのか』とクレームがきて、上司には『言われたとおり、成績を上げようと教えましたよ』と言うと『お前のやり方は間違っている』と怒られる。そんな日々が続いていたので、次第にうつの症状が強くなり、微熱も毎日ある状態でした」(Kenchangさん)
傷病手当金をもらって休職するという手を取らなかったのかと聞くと、そのようなことを教えてくれる総務担当もいない、社員を使い捨てにするような会社だったという。退職願を出しても、次の人が見つからないからと半年間辞めさせてもらえなかった。要するにブラック企業だ。28歳のとき、ようやく塾を退職。会社員を辞めて、もう人生終わったも同然だと思い、どうせなら好きなことをして生きようと決めた。そして、バイトをしながら自分が本当にやりたかったバンド活動を始めた。
「みんなやっているから当たり前」と思える人がすごい
しかし、人の間に入って調整を行ったり、マルチタスクが苦手だったりすると、チームプレイであるバンド活動も厳しいのではないだろうか。
「衝動性から、たまにTwitterでの発言で炎上してしまうことが、今まで何度かありました。だから今は、何かをツイートする際はメンバーに『こういうツイートしてもいいかな?』と相談してからツイートするようにしています。メンバーが僕のことを理解してくれているのでとても助かっています。
また、僕がバンド活動を始めた当初は地下アイドルブームで、『地下アイドルをプロデュースして一儲けするぞ!』と思って衝動的に動いたのですが、結局失敗しちゃいました。
マルチタスクが苦手なので、メンバーで役割分担をして、僕は得意な作曲や動画編集を担当しています。過集中特性があるのか、作曲をしていると時間を忘れて没頭してしまいますね」(Kenchangさん)
普通の人は普通に就職をして、普通に結婚をして普通に家を買って……ということをしている、その忍耐力が信じられないとKenchangさんは語る。彼の言う「普通」とはどういう人なのか聞いてみた。
「たとえばスーツを着て会社に行くということにまったく疑問を持たない人です。僕はそういうレールから外れてしまったので……。日本の会社の仕組みは株主が一番偉くて、株主の下にたくさん労働者予備軍のような人が商品として陳列されているわけじゃないですか。
その株主という日本を支配しているヤツのしもべになるために生きているのかと思うと信じられなくて。誇大妄想と言われてしまうかもしれませんが、そうやって生きるために、明るく協調性を持って文句を言わない人材にならないといけない。こういうことを『みんながやっているから当たり前』と思える人はすごいと思います」(Kenchangさん)
おそらく、サラリーマンの多くはそのあたりを割り切って働いているか、そこまで深く考えずに働いているかのどちらかではないのだろうか。Kenchangさんは生きることに対して真面目に向き合った結果、悩んでいるように思えた。
また、Kenchangさんはネットでの自己診断のみで自分は発達障害ではないかと疑っている。「きちんと病院を受診して自分の生きづらさの原因を突き止めたほうが生きやすくなるのではないかと」と筆者は受診を勧めた。発達障害かと思っていたら別の障害だったという可能性もある。
彼は今まで病院を受診しなかった理由についてこう語る。
「ゆくゆくは、バンドを事業にしたいと思っています。でもその際、障害者だと銀行から借り入れができないと聞いたことがあって。もちろん、受診したい気持ちもあります。さっきも言ったように、普通に働いている人たちに対して引け目があります。仮にバンドがバカ売れして『ああ、やってて良かった』と思える日がくればいいのですが、現状はそうではないので、普通の人は頑張っているのに自分は成果が出ていないと落ち込むこともあります。そのためには診断が下りたほうが楽になるのかもしれません」(Kenchangさん)
バンドを脱退し裏方へ
病院を受診していないものの、彼は生きづらさから発達障害を疑っている。今回のインタビューの文字起こしの原稿を読み返していると、こちらの質問と回答が噛み合っていないことに気づいた。
質問の回答ではなく、自分が伝えたいことのみを答えている。記事化するにあたり、調整して違和感をなくすようにしたが、就活時に面接官の質問の意図が読めなかったというのはこういうことだったのかもしれない。彼の苦しみが文字起こし原稿から伝わってきた。
数日後、Kenchangさんより心療内科を受診したと聞いた。まずは性格の傾向のテストを受け、発達障害のテストの結果はまだ先になるという。性格の傾向のテストが出たら報告をしてくれるということだった。
しかしその数時間後、Kenchangさんが5月12日のワンマンライブを最後にバンドのステージからは去り、裏方に回るという報告のブログを更新していることに気づいた。その理由の一つに、バンド活動における人間関係に疲れ果てて精神的に厳しい状態、しかし支えてくれたバンドメンバーには感謝しているといった気持ちが綴ってあった。インタビュー時も、人とのコミュニケーションが難しいと語っていたが、とうとう限界を感じてしまったのかもしれない。
Kenchangさんは表舞台からはいったん身を引くが、大好きな音楽にはこれからも携わっていく。まずは通院により、少しずつ生きづらさの原因を取り除いていってもらいたい。そうすれば、さらに音楽を楽しめるようになるのではないだろうか。