アキバベンチャーがシャープと手を組むワケ
tsumugの牧野恵里社長とスマートロック「TiNK」(写真:tsumug)
アキバ発のスタートアップと経営再建中の老舗メーカー。そんな異色コンビによる新たなIoTサービスが始まる。東京・秋葉原の「DMM.make AKIBA」で開発を続けてきたスタートアップ、「tsumug(ツムグ)」(本社福岡市、牧田恵里社長)は11月9日、スマートフォンなどで操作できるスマートロック「TiNK(ティンク)」を発売した。
tsumugは、2021年までに100万台の設置を目指す。TiNKの量産を担当するのは、経営再建中のシャープだ。スタートアップの斬新なアイデアを老舗メーカーが形にするというもので、IoT(モノのインターネット)ならではのコラボレーションといえる。
世界標準のプラットフォームに対応
「TiNK」はLET通信機能を備えており、さくらインターネットのIoTプラットフォーム「sakura.io」と米afero社のIoTプラットフォーム「afero」でデータのやり取りをする。aferoは米グーグルでスマホOSのAndroidを開発したアンディー・ルービン氏とスマホメーカーの「Danger」を立ち上げたジョー・ブリット氏が立ち上げたIoTプラットフォームの会社で、同社が開発したプラットフォーム、aferoは米家電メーカーなどに採用されている。ジョー・ブリッド氏はtsumugのアドバイザーに就任した。
「TiNK」はスマートフォンだけでなくFericaや備え付けのテンキーに暗証番号を入力することでも開錠でき、宅配業者や、家事代行サービス、民泊の利用者に一回限りの鍵(ワンタイムキー)を発行することもできる。オプションのカメラを室内に備え付ければ、宅配業者が荷物を置いてドアの外に出るまでの画像をスマホで確認できる。
個人で利用する場合、端末は4万9900円、初期設定料金は9800円のほか月額500円の利用料がかかる。解錠・施錠が一定期間、行われなかった場合、親族に通知する高齢者の見守りサービスなどをオプション設定することもできる。
TiNKのビジネスモデル図(tsumug提供)
アパート賃貸大手のアパマンショップホールディングスなどを販売パートナーとし、アパマンは2021年までに自社が管理するアパートに100万台の「TiNK」を設置する計画だ。スマートロックを導入すれば、空き物件の内見の際の、鍵の受け渡し作業が大幅に効率化でき、入居者の利便性も上がると見ている。
メルカリがシェアサイクルの施錠に「TiNK」を採用
メルカリともパートナーシップ契約を結ぶ。メルカリはスマートフォンを使ったシェアサイクル・サービス「メルチャリ」を2018年から展開する予定だが、シェアサイクルの施錠に「TiNK」を採用する計画だ。将来的には、メルカリの主力事業であるフリマやネットオークションで宅内集荷、宅内配送への応用も視野に入れている。
「TiNK」はシャープが台湾の鴻海精密工業(ホンハイ)の傘下に入ったあとに始めた「量産アクセラレーションプログラム」で商用化が実現した第1号案件でもある。同プログラムは、DMM.make AKIBAなどを活用している量産のノウハウを持たないIoTスタートアップに、シャープが量産設計や品質確保のノウハウを提供するサービス。大企業が持つ豊富なものづくりのノウハウと、スタートアップのアイデアを融合させる試みとして注目されている。
当然のことながら、こうしたIoTスタートアップが世界規模で莫大な数量を生産・販売するようになれば量産部分を親会社のホンハイが請け負える、との思惑もある。
tsumugにとっても、シャープの量産アクセラレーションプログラムは渡りに舟だった。
tsumugは不動産会社勤務の経験があり、孫泰蔵氏のスタートアップ投資会社「MOVIDA」で働いていた牧田氏が「物理的な鍵を無くしたい」と考えて立ち上げたベンチャー企業。プロトタイプまではDMM.make AKIBAで開発してきたが、量産の段階で壁にぶち当たった。受託生産の工場に量産を持ちかけても、信用力がないため相手にされず、途方に暮れた。
この問題についてはDMM.make AKIBA側も把握しており、シャープに働き掛けを行った。そして、量産アクセラレーションプログラムが始まったわけである。
日本のモノづくりが復活する道筋
当初、シャープの技術者たちはtsumugが持ち込んだ企画に半信半疑だったが、牧田氏の熱意に押されて本気になり、ついに「TiNK」の量産にこぎつけたという。
リアルなモノづくりを伴うIoTは、事業化の段階で量産のノウハウや一定規模の生産設備が必要になる。スタートアップが優れたアイデアを持っていても、事業化にたどり着けない可能性は少なくない。ノウハウや設備を持たないスタートアップにとって大企業とのタイアップは事業化の壁を乗り越える起爆剤になる。
一方の大企業は組織の肥大化、官僚化が進み、斬新なアイデアが生み出せない。特許や先端の生産設備が宝の持ち腐れになっているケースも多い。熱意に溢れたスタートアップと接することで、現場が活性化する可能性もある。IoTが実用段階に入るこのタイミングで、スタートアップと大企業が本気でコラボすれば、日本のモノづくりが復活する道筋を描けるかもしれない。