原料原産地表示を審議する消費者委員会・食品表示部会(7月12日、小島正美撮影)

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加工食品の原料表示をめぐって「悪法」と呼ぶべき制度が始まろうとしている。その問題は国内にとどまらず、国際問題になるリスクもある。毎日新聞の小島正美編集委員は「こんなあいまいで分かりにくい表示制度は過去に見たことがない」という。何が起きているのか。特別寄稿をお届けしよう。

■消費者団体の「要望」も背景にある

こんなあいまいで分かりにくい表示制度は過去に見たことがない。国内で製造される全加工食品に原料原産地の表示を義務づける「原料原産地表示制度」(食品表示基準改正案)のことだ。なぜ、こんな“悪法”といってもよいくらいの表示制度が生まれてしまうのか。政治主導もあろうが、消費者団体の「知りたい権利」という安易なステレオタイプ思考も背景にあるのではないか。

加工食品の包材やラベルに原料原産地を表示させる制度は、すでに緑茶など22加工食品群と4品目で実施されている。これをどこまで拡大するかの検討が2016年1月、消費者庁の「加工食品の原料原産地表示制度に関する検討会」で始まった。

最初の2、3回目まで聞いていて異様に感じたのは、大半の消費者団体がいとも簡単に「すべての加工食品に義務づけるべきだ」と要望したことだ。「消費者は原材料の原産地を知りたいと思っている」「それは消費者の知りたい権利に応えることだ」という論理だ。

それに呼応して、国内の農業生産者団体と多くの自治体も義務化に賛同する意見を寄せた。義務化すれば、国産表示が増えて、国産品が伸び、地場産業の育成につながるという思惑だ。

ふだんは政治的な問題で利害や考え方が異なる消費者団体と農業生産者団体が一致してスクラムを組むという異様な光景のように私には映った。

これに対し、大半の事業者は「実務的に困難」との理由で反対意見を述べた。品質のよい製品を同程度の価格でつくり続けるには、いろいろな産地の原料を組み合わせる必要があるが、その頻繁な変更に合わせて、包材やラベルをいちいち印刷し直すわけにはいかない。現実的に対応は難しいという言い分だ。至極まっとうな意見である。

■知りたいことは何なのか

私が疑問に感じたのは、そもそも原料原産地の表示はそれほど優先順位の高いニーズなのかという点だった。表示で重要なことは、健康や安全性、環境保全、おいしさなどにかかわる内容がその製品の表示から読み取れるかどうかである。

たとえば、栄養成分。炭水化物や脂肪、ビタミン、ミネラルなど大切な栄養素はもちろんのこと、その製品に含まれる栄養素が1日に必要な栄養素の何パーセントにあたるかの表示があれば、消費者としては健康維持に役立つはずだ。海外ではこうした栄養成分表示が当たり前のように実現しているのに、日本ではやっとわずか5つの栄養成分表示が実現したに過ぎない。あまりにも世界から遅れている。消費者団体はなぜ、こういう重要な表示の実現にもっと力を入れないのだろうか。

いうまでもなく、アレルギーを引き起こすアレルゲン表示は、安全性にかかわるだけに優先順位は高く、もっと充実させる必要がある。

さらにいえば、その製品の原材料または加工食品がつくられるときに、たとえば農産物の加工品ならば、どんな農薬が何回散布されたのか、加工工場の排水はどのように処理されたのか、地球温暖化ガスをどれだけ発生させたのか、製造工程で労働者の安全対策はどこまで施されたかなどなど、その製品に関して知りたいことは山ほどある。

そうした知りたいことの中で、原料原産地の表示がどれくらい重要かという議論をすべきなのに、そういう肝心な議論はない。

■アメリカの「知りたい」運動

もうずっと以前のことになるが、アメリカの市民団体を取材したときを思い出す。その市民団体はいろいろな製品について、「会社内の女性の重役比率」「軍需産業とのかかわり」「環境保全策」「社会貢献度」などさまざまなことを調べて、その情報を消費者に知らせることで、「この製品を買いましょう」といった活動をやっていた。買い物を通じて世の中を変えていこうという運動だ。

こういう有用な情報こそ、まず消費者が知りたい情報だろう。そして、その有用な情報を商品の購買に結びつける活動こそが、本当の意味での知りたいことに応える活動のはずだ。

つまり、製品を選ぶときに大切な情報は、原料原産地以外にたくさんあるということだ。日本の消費者団体はそういう緻密な議論をせずに、ここぞとばかり「選択」や「知る権利」を持ち出しているように見える。

■天から降ってきた政治決定

そういうもやもやした気持ちを抱いていたところ、2016年6月、いきなり「すべての加工食品に表示義務」が検討会で決まってしまった。政府の閣議決定を受けての政治的な判断だった。それ以降、検討会は天から降ってきた決定を覆すことはできなかった。

その結果、苦肉の策として出てきたのが「A国またはB国またはその他」(「または表示」と呼ぶ)、「輸入、国産」(「大くくり表示」と呼ぶ)、「国内製造」(製造地表示)などの例外表示だった。

今度の表示の基本原則は「原材料に占める1位のものについて、その重量割合の順番に国名を表示する」(国別重量順表示)というものだが、現実には原材料の産地は頻繁に変わるため、実行可能性を確保するためには、検討会としても、例外表示を認めるしかなかった。

消費者団体から見れば、全加工食品を対象にすることに賛成した結果が、この例外表示というお化けだったわけだ。結局、今年3月、例外表示を認めた食品表示基準改正案がまとまった。

■99%の消費者は理解不能

この例外表示の分かりにくさは天下一品だろう。

もし街頭インタビューで消費者に「A国、B国、その他」と「A国またはB国またはその他」の違いが分かりますか?という質問をしたら、正しく答えられる人は100人中1人か2人だろう。いやゼロかもしれない。

私自身、これだけ取材していて、的確に答えられる自信がないほどなので、いくら消費者庁が表示制度の普及・啓発に努めると言っても、一般の消費者が正しく理解するのは不可能に近いと断言できる。

なにしろ、この例外表示は、多くの消費者団体からも、誤認を招くと言われているほど、あいまいで分かりにくい。分かりにくいから、別の表示方法(インターネットでの情報提供など)を考えましょうというなら理解できるが、そうではなく、その分かりにくさを法施行後に教育と啓発で理解してもらおうという前代未聞の表示制度なのだ。

そんな粗雑で混乱を生む表示制度なのに、「何の表示もない現在よりは、一歩前進」と述べた消費者代表が検討会にいたのには驚いた。私から見れば、混乱を生む要素があり、一歩後退だ。

もっとも、確かに事業者側に多大な労力やコストが発生しなければ、つまり、事業者が大変な費用をかけずに表示することが可能ならば、「A国またはB国」でも、まあよしとしよう。しかし、現実には中小の事業者が並々ならぬ苦労を強いられて、なお「国内製造または海外製造」といった程度の表示しか出てこないとしたら、事業者がそこまで苦労して表示する意義が本当にあるのかと私などは思ってしまう。

こんなおかしな例もある。たとえば、中国産の作物をアメリカで加工して、日本が輸入した場合、その加工食品は「アメリカ製造」か「国内製造」となる。消費者が知りたいのは原産地の中国のはずだが、今度の制度はそこまでは要求していないと消費者庁は言う。ならば、原料原産地表示という呼び名はやめたほうがよいだろう。

このままだと、たとえば、原材料の重量順位の表示が中身とちょっとくい違っているだけでも、法律違反となり、食品の廃棄は増えてしまうだろう。

こういう経済全体や将来に及ぼす想像力を消費者団体に期待したが、検討会では少数派にとどまった。

■消費者委員会で「監視」の問題浮上

問題はさらに続いた。

今年3月から、議論の舞台は、消費者庁から諮問を受けた内閣府の消費者委員会・表示部会(委員18人)に移った。ここでも最初から疑問点がたくさん出され、問題点はより鮮明になった。しかし、「全加工食品が対象」という政治の壁は崩せなかった。

とはいえ、そもそも表示が正しいかどうかをチェックする監視活動ができるのかという新たな問題が浮上した。6月の検討会で数人の委員が「原産地を証明する根拠書類を中小の事業者が整え、長く保管するのは困難」などと監視の難しさを訴えたせいか、表示部会は「監視は難しい」との判断を示した。しかし、ではどうするかという解決策は議論されずに終わった。

例外表示については、「全加工食品を対象にするのはやめるべき」という意見も出たが、政府案に賛成する委員も多くいて、事業者側はやむなしの空気だった。

最終的には7月28日、消費者委員会・表示部会が答申を出す予定だが、このまま政府案が通りそうだ。

■今後は国際的な整合性問題が浮上か

しかし、実はまだ終わってはいない。日本の表示制度が新たな非関税貿易障壁になるのではという国際整合性の問題があるからだ。アメリカ、豪州、カナダからは意見が届いているが、その内容は明らかになっていない。この問題は非常に重要だが、消費者委員会ではほとんど議論されなかった。私個人の見方では、国産品を誘導するような表示や輸入の原材料にも根拠書類の保管などの負担を求める動きが出てくると、海外からは非関税障壁だという外圧が出てきそうな気配を感じている。

いま振り返れば、諸悪の根源は「国内で製造されるすべての加工食品への義務づけ」だった。消費者団体が足並みをそろえて「全加工食品を対象にする限り、分かりにくい例外表示を認めざるを得なくなる」と全加工食品への義務づけに反対していれば、少しは流れが変わったかもしれないと思う。

ひとつ予言。施行後(2022年4月の見込み)には、表示への問い合わせ、表示ミス、突発事故などで表示対応ができないことによる製造のストップ、食品廃棄の増加などの混乱が予想される。それは全加工食品を対象にした副作用だ。消費者団体はその副作用を甘んじて受ける覚悟をもっていてほしい。

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小島正美(こじま・まさみ)
1951年、愛知県生まれ。74年愛知県立大学卒業、毎日新聞社入社。サンデー毎日、松本支局などに勤務。87年東京本社・生活報道部に勤務。95年千葉支局次長、97年生活報道部編集委員。いまも同職。主な担当は食の安全、健康・医療問題。「食生活ジャーナリストの会」(約140人)代表。著書に『メディアを読み解く力』『誤解だらけの遺伝子組み換え作物』など多数。

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(毎日新聞 編集委員 小島 正美)