[となりのテレ金ちゃん-テレビ金沢]2016年10月11日放送の「仰天コロンブス」のコーナーで、「なぜ石川は金箔王国になったのか?」について調べていました。

石川といえば「金箔」。金沢市にある「箔一東山店」にも、金箔をお土産に買い求める観光客が溢れていました。

密かに技術が伝承されていた

石川は、金箔の国内生産シェアの99.9%を占め、製造会社も66社、年間生産枚数も1940万枚と、紛れもない金箔の生産地です。

先ほどの「箔一」でもお土産として、金箔の工芸品、アクセセリーの他、女性には金箔入りのコスメが人気で、金箔のソフトクリームなども売れているそうです。

金沢で販売されている金箔ソフトクリーム(Tjeerd Wiersmaさん撮影、Flickrより)

この金箔は、もともと全国どこでも作られていたのですが、江戸幕府の時代になってから金銀は統制になり、1696年の「箔打ち禁止令」で、江戸と京都以外で金箔銀箔の製造販売が禁止されました。

もちろん、金沢でも金箔の製造はできなくなります。

しかし、前田利家の時代、金箔は七尾で打たれていたようなのです。密かに打っていた証拠となる石も七尾市の寺に保管されていました。

この密かに打たれていた技術が伝承され、そして、箔打機なども石川で製造されたこともあり、石川で金箔の製造が盛んになっていったのです。

江戸時代には決して知られてはいけなかった事実が、現在の石川の工芸を支えているのですね。(ライター:りえ160)