違法薬物の取引はリアル世界から闇世界のインターネット「ダークウェブ」に急速に移行している
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By Jonathan Silverberg
Google ChromeやFirefoxなど一般のブラウザではアクセスできないウェブサイトは「ダークウェブ」と呼ばれ、Torなどの専用のソフトウェアを使ってのみ閲覧できます。このようなダークウェブでは違法な取引が行われており、中でも麻薬や覚醒剤などの違法薬物の取引が盛んに行われています。ダークウェブでの薬物取引の隆盛には確固たる理由があり、リアル世界の薬物密売組織にも大きな影響を与える可能性も指摘されています。
Shedding light on the dark web | The Economist
http://www.economist.com/news/international/21702176-drug-trade-moving-street-online-cryptomarkets-forced-compete
ダークウェブにおける違法薬物の取引市場は近年、急速に成長を遂げています。2012年には1500万ドルから1700万ドル(約16億円から18億円)だった市場規模は、2015年には1億5000万ドルから1億8000万ドル(約160億円から190億円)とわずか3年で10倍にまで拡大。アメリカの薬物取引市場のダークウェブが占める割合は2014年に8%だったのが2016年には16%にまで成長していることが調査で分かっています。
これはダークウェブにおける主要な違法薬物取引場所のシルクロード2.0、Evolution、Agoraにおける、2013年12月から2015年7月までの期間の取引規模を示す図。偽札や偽のクレジットカード、ハッキングの請負などの非薬物取引が80万ドル(約8500万円)なのに対して、違法薬物の取引は2700万ドル(約29億円)という、最大の取引ジャンルとなっています。
ダークウェブでは捜査の手が及ばないように売り手・買い手の匿名性が徹底されており、取引は現金ではなく仮想通貨「Bitcoin(ビットコイン)」が使われています。さらに、「Cryptomarkets」というダークウェブ専用の取引市場が違法薬物取引の仲介をしているとのこと。さながらダークウェブ世界のAmazonやeBayにあたるCryptomarketsでは、薬物の売人は「出品者」として商品を並べ、客を募ります。闇世界のAmazonでは出品者に対する評価は極めて重要で、顧客から「良」という評価を集める売人に人気が集中するとのこと。そのため、売人はこぞってサービス品質を高めます。
Cryptomarketsでは、たった一つの客からのクレームによって出品者の評判ががた落ちになってしまい闇市場からの撤退を余儀なくされるケースもあるため、そのサービス競争は熾烈とのこと。高い評価を維持して客を集め続ける古株に対抗するために、新参の売人は赤字覚悟の安価で商品である違法薬物を売ることもよくあるそうです。
さらに、売り手と買い手間のスムーズで"安全な"取引を実現するために、Cryptomarketsではエスクローサービスが提供されています。エスクローサービスでは、売人から薬物が届けられて買い手が「OK」のサインを出すまで売人にはビットコインが送金されない仕組み。これによって買い手はビットコインを支払ったのに商品が届かないということがなくなり、安心して違法な薬物をゲットできるようになっています。なお、Cryptomarketsの主催者は、取引ごとに取引額の5%から10%の手数料を徴収していますが、資金は取引上の苦情を処理するためにプールされているとのこと。
闇市場で契約が成立すると、売人は指紋やDNAが付着しないようにゴム手袋をして商品を真空パック詰めにします。さらに足が付く可能性を徹底的になくすために、真空パックは漂白剤に漬けられるという念の入れよう。また、送り状は必ず印刷されるとのこと。これは、手書きの国際郵便では税関職員に怪しまれる可能性が高いからだそうです。
そして、商品である薬物を発送する場所は特定の郵便ポストに限られています。その条件は、監視カメラが設置されていないポストで、「優良な」発送場所の情報を売人たちは常に保持しています。なお、新規の買い手に対しては、空のパッケージを送りつけて捜査機関でないかどうかを確かめる疑り深い売人もいるとのこと。
このような厳戒態勢の違法薬物市場ですが、Cryptomarketsの寿命はそれほど長くは続きません。初期のダークウェブを彩った元祖・Cryptomarketsの「シルクロード」は、管理者のロス・ウルブリヒトがFBIによって摘発されて創設3年で閉鎖されました。シルクロードを受け継いだシルクロード2.0もFBIのハイテク捜査の前に陥落。わずか1年の歴史に幕を下ろしました。シルクロード2.0崩壊のあと、多くの買い手はEvolutionやAgoraに分散しましたが、前者は大規模な詐欺で時価1200万ドル(約13億円)分のビットコインを顧客からだまし取り消滅。後者はセキュリティ修復を理由として閉鎖されました。記事作成時点では、第4世代のCryptomarketsとしてAlphbayがトップの座をうかがう勢いだとのこと。Cryptomarketsの栄枯盛衰は、とてつもなく早いサイクルのようです。
By Katy Levinson
ダークウェブにおける違法薬物取引市場が拡大している背景には、薬物取引が表沙汰になりにくく、売り手・買い手ともに安全に取引ができるということ以外にも大きなメリットがあると指摘されています。薬物をリアルな闇市場で売りさばく売人は捜査機関による摘発だけでなく、ライバルの売人や組織に殺されるという危険が隣り合わせです。さらに、敵対するドラッグ組織だけでなく、客である薬物中毒者から狙われるという危険もつきまとうそうで、まさに薬物販売は売人にとって命がけの行為とのこと。これに対してオンラインで取引するダークウェブでは命の危険はなし。このため、薬物を売りさばく売り手にとってダークウェブはリアル販売よりも魅力的だというわけです。
他方でダークウェブでの薬物価格は、リアルな闇市場での相場よりも高いことが分かっています。以下のグラフは各国におけるコカイン、ヘロイン、マリファナの取引価格を示したもの。青色のラインがダークウェブ価格、オレンジ色のラインがリアル価格で、オーストラリアを除くほとんどの国ではダークウェブの方が薬物価格が高くなっています。なお、オーストラリアの場合、税関検査が世界的に見ても厳しいため、例えばオランダで1gあたり75ドル(約8000円)のヘロインの末端価格は、オーストラリアに輸出されると288ドル(約3万円)分も高くなってしまうという事情があるようです。
これまでリアル世界での麻薬取引を支配してきたカルテルは、現時点ではダークウェブに関心をもっていないとのこと。この理由は、麻薬カルテルが確固たるサプライチェーンを確立しており、ダークウェブに販路を求める必要性を感じていないからだと考えられています。しかし、ダークウェブにおいては、麻薬カルテルが培ってきた密輸や脅迫・暴力に関するスキルは一切不要なため、リアル世界のような参入障壁はありません。このため、インターネットの到来した1990年代に、電子商取引の脅威を見誤って大手小売店が相対的に力を失ったことに見立てて、将来的にダークウェブでの密売人が増えることで、大規模な薬物犯罪組織の力が相対的に失われる可能性を指摘する見解もあります。
By Jonathan Silverberg
Google ChromeやFirefoxなど一般のブラウザではアクセスできないウェブサイトは「ダークウェブ」と呼ばれ、Torなどの専用のソフトウェアを使ってのみ閲覧できます。このようなダークウェブでは違法な取引が行われており、中でも麻薬や覚醒剤などの違法薬物の取引が盛んに行われています。ダークウェブでの薬物取引の隆盛には確固たる理由があり、リアル世界の薬物密売組織にも大きな影響を与える可能性も指摘されています。
http://www.economist.com/news/international/21702176-drug-trade-moving-street-online-cryptomarkets-forced-compete
ダークウェブにおける違法薬物の取引市場は近年、急速に成長を遂げています。2012年には1500万ドルから1700万ドル(約16億円から18億円)だった市場規模は、2015年には1億5000万ドルから1億8000万ドル(約160億円から190億円)とわずか3年で10倍にまで拡大。アメリカの薬物取引市場のダークウェブが占める割合は2014年に8%だったのが2016年には16%にまで成長していることが調査で分かっています。
これはダークウェブにおける主要な違法薬物取引場所のシルクロード2.0、Evolution、Agoraにおける、2013年12月から2015年7月までの期間の取引規模を示す図。偽札や偽のクレジットカード、ハッキングの請負などの非薬物取引が80万ドル(約8500万円)なのに対して、違法薬物の取引は2700万ドル(約29億円)という、最大の取引ジャンルとなっています。
ダークウェブでは捜査の手が及ばないように売り手・買い手の匿名性が徹底されており、取引は現金ではなく仮想通貨「Bitcoin(ビットコイン)」が使われています。さらに、「Cryptomarkets」というダークウェブ専用の取引市場が違法薬物取引の仲介をしているとのこと。さながらダークウェブ世界のAmazonやeBayにあたるCryptomarketsでは、薬物の売人は「出品者」として商品を並べ、客を募ります。闇世界のAmazonでは出品者に対する評価は極めて重要で、顧客から「良」という評価を集める売人に人気が集中するとのこと。そのため、売人はこぞってサービス品質を高めます。
Cryptomarketsでは、たった一つの客からのクレームによって出品者の評判ががた落ちになってしまい闇市場からの撤退を余儀なくされるケースもあるため、そのサービス競争は熾烈とのこと。高い評価を維持して客を集め続ける古株に対抗するために、新参の売人は赤字覚悟の安価で商品である違法薬物を売ることもよくあるそうです。
さらに、売り手と買い手間のスムーズで"安全な"取引を実現するために、Cryptomarketsではエスクローサービスが提供されています。エスクローサービスでは、売人から薬物が届けられて買い手が「OK」のサインを出すまで売人にはビットコインが送金されない仕組み。これによって買い手はビットコインを支払ったのに商品が届かないということがなくなり、安心して違法な薬物をゲットできるようになっています。なお、Cryptomarketsの主催者は、取引ごとに取引額の5%から10%の手数料を徴収していますが、資金は取引上の苦情を処理するためにプールされているとのこと。
闇市場で契約が成立すると、売人は指紋やDNAが付着しないようにゴム手袋をして商品を真空パック詰めにします。さらに足が付く可能性を徹底的になくすために、真空パックは漂白剤に漬けられるという念の入れよう。また、送り状は必ず印刷されるとのこと。これは、手書きの国際郵便では税関職員に怪しまれる可能性が高いからだそうです。
そして、商品である薬物を発送する場所は特定の郵便ポストに限られています。その条件は、監視カメラが設置されていないポストで、「優良な」発送場所の情報を売人たちは常に保持しています。なお、新規の買い手に対しては、空のパッケージを送りつけて捜査機関でないかどうかを確かめる疑り深い売人もいるとのこと。
このような厳戒態勢の違法薬物市場ですが、Cryptomarketsの寿命はそれほど長くは続きません。初期のダークウェブを彩った元祖・Cryptomarketsの「シルクロード」は、管理者のロス・ウルブリヒトがFBIによって摘発されて創設3年で閉鎖されました。シルクロードを受け継いだシルクロード2.0もFBIのハイテク捜査の前に陥落。わずか1年の歴史に幕を下ろしました。シルクロード2.0崩壊のあと、多くの買い手はEvolutionやAgoraに分散しましたが、前者は大規模な詐欺で時価1200万ドル(約13億円)分のビットコインを顧客からだまし取り消滅。後者はセキュリティ修復を理由として閉鎖されました。記事作成時点では、第4世代のCryptomarketsとしてAlphbayがトップの座をうかがう勢いだとのこと。Cryptomarketsの栄枯盛衰は、とてつもなく早いサイクルのようです。
By Katy Levinson
ダークウェブにおける違法薬物取引市場が拡大している背景には、薬物取引が表沙汰になりにくく、売り手・買い手ともに安全に取引ができるということ以外にも大きなメリットがあると指摘されています。薬物をリアルな闇市場で売りさばく売人は捜査機関による摘発だけでなく、ライバルの売人や組織に殺されるという危険が隣り合わせです。さらに、敵対するドラッグ組織だけでなく、客である薬物中毒者から狙われるという危険もつきまとうそうで、まさに薬物販売は売人にとって命がけの行為とのこと。これに対してオンラインで取引するダークウェブでは命の危険はなし。このため、薬物を売りさばく売り手にとってダークウェブはリアル販売よりも魅力的だというわけです。
他方でダークウェブでの薬物価格は、リアルな闇市場での相場よりも高いことが分かっています。以下のグラフは各国におけるコカイン、ヘロイン、マリファナの取引価格を示したもの。青色のラインがダークウェブ価格、オレンジ色のラインがリアル価格で、オーストラリアを除くほとんどの国ではダークウェブの方が薬物価格が高くなっています。なお、オーストラリアの場合、税関検査が世界的に見ても厳しいため、例えばオランダで1gあたり75ドル(約8000円)のヘロインの末端価格は、オーストラリアに輸出されると288ドル(約3万円)分も高くなってしまうという事情があるようです。
これまでリアル世界での麻薬取引を支配してきたカルテルは、現時点ではダークウェブに関心をもっていないとのこと。この理由は、麻薬カルテルが確固たるサプライチェーンを確立しており、ダークウェブに販路を求める必要性を感じていないからだと考えられています。しかし、ダークウェブにおいては、麻薬カルテルが培ってきた密輸や脅迫・暴力に関するスキルは一切不要なため、リアル世界のような参入障壁はありません。このため、インターネットの到来した1990年代に、電子商取引の脅威を見誤って大手小売店が相対的に力を失ったことに見立てて、将来的にダークウェブでの密売人が増えることで、大規模な薬物犯罪組織の力が相対的に失われる可能性を指摘する見解もあります。