山村学園高等学校(埼玉)
2016年、新たな歴史を刻む
埼玉県は東西南北の4地区に分かれて、ブロック予選が行われる。その中で最もレベルが高いのが川越市、所沢市、狭山市などで形成されている西部地区だ。2014年からの過去3年間、夏は市立川越が準優勝、秋は川越東が関東大会ベスト8、2015年春は川越東が関東大会準優勝、昨秋は狭山ヶ丘が県ベスト4と何かしら西部地区は県内の上位に入っている。そしてこの春、ベスト4入りしたのが西部地区の山村学園だ。平成20年に創部した同校はどんな歩みを見せて、ここまでのチームになったのだろうか。
左から涌井 海斗選手、金子 翔大選手、島崎 航季選手、大室 広飛選手、橋本 透選手(山村学園高等学校)
「最初はなんで西部地区なんだよと思う時がありました」と岡野 泰崇監督が嘆くように、西部地区は聖望学園、所沢商、市立川越、川越東、山村国際、坂戸西、ふじみ野、狭山ヶ丘など強豪ばかり。安心できる組み合わせだと思ったことはない。
これまで聖望学園や市立川越に敗れることが多く、悔しい負けが続いてきた。しかし転機となったのは昨秋の3回戦、聖望学園戦だ。聖望学園とは秋季大会前に行われる新人戦を含め7度戦っているが、いずれも敗れている。それだけに何としてでも勝ちたい相手であった。
この試合、9回まで3対4とリードを許していたが、9回表に一気に3点を入れて逆転勝利。勝利の瞬間、選手たちは雄叫びを上げた。しかしこれで弾みがついたかと思えば、逆だった。「試合後、燃え尽き症候群になって、選手たちはもぬけの殻になってしまったんですよね」
この年は秋季関東大会が埼玉で開催されることになっており、最低3位までに入って関東大会に進出することを目標にしてきたが、今まで勝てていなかった聖望学園を破ったことで達成感が出てしまい、選手たちは目標を見失ってしまった。そしてそんな状態が何と春まで続いたのだ。岡野監督は何度も「絶対に春では早く負けるぞ」と言い続けたが、なかなか変わらなかった。そしてその言葉通り、春のオープン戦で敗戦。「このままではまずい」と選手が気付き始めたことで、ようやく自覚を持ち始めた。
「そこから選手たちは、秋を超えるベスト4を目指そうやといって気持ちを切り替えるようになりました」
山村学園は、地区予選で川越総合にコールド勝ちを収めたが、代表決定戦では、所沢商に大苦戦。最後、三塁手の島崎 航希のサヨナラ本塁打で県大会出場を決めたのであった。そこから県大会では強打で勝ち上がり、準々決勝では春日部共栄に6対1で圧倒、創部初のベスト4入りを果たした。そして臨んだ準決勝では花咲徳栄に敗れたとはいえ、手応えを掴んだ春となった。
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[page_break:だいたいは1だけど、1つだけ5を持った選手を大事にしてきた]だいたいは1だけど、1つだけ5を持った選手を大事にしてきた日置 勇斗選手(山村学園高等学校)
今年のチームは個性的だ。エースの佐々木 大輔は、最速135キロのストレート、キレのある変化球を上手く出し入れする左腕だが、入学当時は野手だった。打撃に自信のある選手だったが、岡野監督が佐々木の野球センスの高さや器用さを感じたことと、さらには同学年で軸と期待していた日置 勇斗が伸び悩んでいたのを見て、投手に転向させた。転向当時は110キロぐらいだったのが、今ではコンスタントに130キロ台を出せる投手までになり、厳しい試合のマウンドに登ってきた。さらに打撃も良く、投打の中心選手だ。
捕手の菊地 零士はウエイトトレーニングが大好きな強打の左打ち捕手。一番のウリは1.9秒台を計測する強肩で、そのスローイングの強さは県内屈指。打撃も完璧に捉えればどこでも飛ばす。
また「ポテンシャルの高さならばうちでは一番」と評する日置は、打っては本塁打連発、投げては140キロを超える。そして俊足の持ち主だ。さらに185センチ81キロと恵まれた体格と、まさにロマン溢れる選手。まだ投打で不器用なところがあるようだが、「不器用な選手は、一度掴んだ感覚はなかなか離さないので嵌った時にとてつもないパフォーマンスを発揮する。だから彼にはどちらも、何かをつかんでほしいですね」と期待を込める。
佐々木以外に投げられる投手を岡野監督も待ち望んでいるだけに、活躍を期待したい選手だ。他では走攻守三拍子揃い、さらにはマウンドにも登るショートストップであり、主将である山本 大貴(たき)、打撃力のある涌井 海斗、意外性がウリの島崎など好選手が非常に多い。県内でもトップクラスの実力を持った好選手だが、意外にも彼らは中学時代、レギュラーで有名な選手はむしろ少ないという。
「バリバリのレギュラーだったのは、佐々木や山本ぐらい。菊地なんて肩だけの選手でしたし、日置は身体能力は抜群でしたけど、どこか器用さに欠けているので、試合出場機会は少なかった選手。また涌井は、投手として期待されていたけれど、ケガで投げられなかった選手。やはり一流の学校さんと比べるとどうしても劣ります」
今や強豪校同士のリクルーティングは激しさを増している。オール5という選手はなかなか山村学園には来てくれなかった。そんなとき、岡野監督は「オール3よりも、他はだいたい1ばかりだけど、1つ飛び抜けて5を持った選手をしっかりと育てたいと思いましたね。菊地や、日置というのはまさにそういうタイプの選手。涌井も投手ではケガで投げられなかったけれど、今やうちの打線の要ですからね。
何故それを大事にするかといえば、オール3ばかりだと、浦和学院さん、花咲徳栄さんには勝てないからです。それならば、それぞれ5を持った選手を上手く結集して戦った方がいいですよね。それで中学時代は無名だったけれど、力をつけて強豪校に勝利すれば、最高じゃないですか」
そこには適材適所の考えと、何としても這い上がろうという雑草魂が見える。長所を重きに置いているように見えるが、もちろん欠点を補う練習も当然している。岡野監督は選手の長所を見たうえで、力を発揮しやすい戦い方をその年ごとに変化をさせて、戦っている。今年は打撃力が良いので、打撃を全面に出している。こういった柔軟なチーム作りが近年の躍進につながっているのだろう。
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[page_break:目指すは甲子園だけ 相手は関係ない]目指すは甲子園だけ 相手は関係ない山本 大貴主将(山村学園高等学校)
またチーム作りに欠かせないのがキャプテンの存在。個性的な選手が多いだけにまとめることへの気苦労も多い。岡野監督は、「キャプテンシーのある選手、熱い魂を持った選手を僕は評価しています。そういう意味で、主将の山本は、今年のチームを作ってきたといっても過言ではないでしょう」
岡野監督の指導は技術指導よりも、むしろ生活面を厳しく指導している。「野球選手は引退してからの方が長い。それを考えると、社会に出ても恥ずかしくない選手を育てたいです」
時間を守る、掃除をしっかりとやることはもちろん大事にしているが、社会に出ても活躍できる人間になるために、自分で考えながら動ける選手を求めていた。これまでは岡野監督の主導でいろいろ指示を出していたところがあったが、主将の山本は自ら指示を出したり、選手に対して叱咤激励ができる選手として、「ようやく私が一歩引くことができたといいますか。これまで主将がやるような声かけを私がしているようなものでしたが、ようやく監督業に専念できますね」と信頼するほどだ。
しかし全てを選手に任せるわけではない。岡野監督は主将や副主将に対して、チームが足りない点、課題を意見し、それを乗り越えるにはどうすれば良いかを選手たちに考えさせる。そして指導者の意見と選手の意見を統合させて、練習方針を決めている。今年はその循環が上手くいき、ベスト4につながっていった。
この夏の初戦は昨秋のベスト8で強豪の川越東に決まった。今回もまた西部地区の強豪だが、山村学園には、以前のような「いきなり西部地区の強豪かよ」という思いはない。岡野監督は、そこで負けるようなチームはその程度だと割り切るようになったという。
「選手たちにはこういっています。県でベスト8以上、行けるような力がなければ、コンスタントに西部地区を抜け出して県大会に行くことはできないと。うちはベスト4まで達成して、あと目指すは甲子園しかないじゃないですか。甲子園に行ける力を身に付けるために、毎日取り組んでいます」
春の県大会を振り返って出た課題は、守備力、一歩先を行く走塁。今はそこを突き詰めながら練習している。また心強い味方として、岡野監督の大学の先輩(立教大)で、元プロ野球選手の矢作 公一氏(やはぎ・こういち)が臨時コーチとして月に数回、指導をしている。ハイレベルな指導に、多くの選手たちが「今まで知らなかった考えを教えてもらい、新鮮です」と刺激を受けている。矢作氏も今年のチームについて、「私もいろいろなチームを見ていますけど、今年の選手たちはとても意識が高いチームで面白いですよ」と太鼓判を押す。
今年は創部初の秋ベスト8、春ベスト4と新たな歴史を刻んできた。一段階ずつ階段を上ってきた今年の山村学園ナインが、歴史を刻むとすれば、甲子園出場しかない。
(取材・文/河嶋 宗一)
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