県立栃木工業高等学校(栃木)
今春の栃木県大会では準々決勝で作新学院を破るなど旋風を巻き起こし、8年ぶりにベスト4へ進出した栃木県立栃木工業高校。昨秋は不調で交流戦、秋季大会と初戦敗退を繰り返していたチームが、なぜ上位まで勝ち上がっていけたのだろうか。
大会前、実は不安があった山下 涼太選手のスイング(県立栃木工業高等学校)
春季大会の結果について「まぐれです」と謙遜する日向野 久男監督。実際、大会前はそれほど自信がなかったという。「春を迎えた時点では、ピッチャーの小池 玲央がフォームを崩していましたし、キャッチャーの福士 智計はリード面で課題がありましたから、春季大会には参加できればそれでいいと考えていました。ただ、練習試合を重ねていくなかで小池はフォームを修正し、福士は見せ球と勝負球を上手く使ってバッターの攻め方を覚えていってくれたんです」
バッテリーが安定した栃木工は地区予選を勝ち抜くと、栃木県大会の初戦でシード校の栃木翔南と対戦。同じ県南地区にあるライバル校との負けられない一戦にあたって、日向野監督は序盤を大切にするように指示を出した。「3回まではいろんな動きが出やすいので、選手たちには『序盤の3イニングが試合のすべてだと思ってプレーしなさい』と伝えました」
この言葉を受け、エースの小池投手は「5回までは最少失点に防ぐことをテーマにして、特に初回は『絶対に0点で抑える』という気持ちで投げました」と話す。
また、日向野監督は「声を出して、良いプレーがあったら拍手。そうやってベンチも一体になって戦うように意識させた」という。キャプテンの柏倉 雅輝選手も「チーム内の空気を良くするためにとにかく声を出す。それも『全員が本気の声を出す』ことを心掛けました。今春は昨秋から打順が変わった選手もいて緊張感がありましたけれど、チャレンジャーの立場だったので守りに入らずに戦えたと思います」と話す。
良い雰囲気はチームの主軸である山下 涼太選手も感じていた。「点を取られてもベンチは盛り上がっていたので、『1点でも多く取って投手を楽にしよう』というポジティブな気持ちになりました。逆に流れが来ている時も、やはり声を出して雰囲気を上げて、きっちりとその流れを掴んでいけたと思います。これは昨年の秋季大会にはなかったことなんですが、キャプテンの柏倉がチームをよく引っ張ってくれました」
こうして、チームに勢いをつける一方で、日向野監督は試合ごとに具体的な目標を数字で掲げていた。
[page_break:8年前、作新学院を破った話を選手たちに話した意味]8年前、作新学院を破った話を選手たちに話した意味小池 玲央投手ピッチング(県立栃木工業高等学校)
「初戦の栃木翔南戦は投手陣が5点以内に抑えられると踏んで『6点取れば勝てるぞ』と言ったところ、9対5で勝つことができました。2回戦の宇都宮南戦も同様に『4点取れば勝てる』と言い、結果として3点しか取れなかったのですが3対1で勝つことができました」
そして、準々決勝の試合前には、8年前の春季大会で作新学院に勝ったときのことを事細かく話して聞かせたという。「その試合では9回に逆転してサヨナラ勝ちをしたのですが、序盤は辛抱して最後にひっくり返すことができました。これが弱いチームでも強豪校に勝てるパターンの一つなので、今年もこの展開に持ち込みたいと考えていたんです」
試合は日向野監督の思惑通りに進み、小池投手が5回まで9安打を打たれながらも1失点。そして、2対4で迎えた8回裏には一死満塁のチャンスを作り「監督からベルト付近のボールを積極的に狙えと言われていたので、一球で仕留めることを意識して打席に立ちました」という山下選手が同点の2点適時二塁打。さらに、この1イニングだけでエンドランを3度も成功させるなど、積極的な攻撃で後続もヒットを重ね、結局、5連打で一挙6点を奪い8対5で逆転勝利を収めた。
「強豪校が相手の時はランナーを動かすことも多い」という日向野監督。相手によって戦術を変えても、きちんと対応ができたのは「練習試合のたびに『この試合は送りバントを使う』。『次の試合ではエンドランを多用する』というように、その都度、違うテーマが与えられて戦っている」(柏倉主将)からで、選手が戸惑わないようにしっかりと経験を積んできたからに他ならなかった。
続く準決勝は文星芸大附に1対8で破れたものの、大会中の空いた期間を利用し、「環境が変わっても、普段通りのプレーができるように」という日向野監督の方針のもと、学校で合宿を敢行。「結果的には、それで負けてしまいましたが真剣勝負の中でいろんなことを試すことができ、良い経験ができました」と、春季大会は栃木工にとって実り多いものとなったようだ。
[page_break:夏へ向けて取り組んでいる4つのテーマ]夏へ向けて取り組んでいる4つのテーマ日向野 久男監督(県立栃木工業高等学校)
夏に向けて、栃木工では4つのテーマを掲げて練習に励んでいる。まず1つ目はチーム全員が体力をアップさせること。「これから3週間かけて、冬に行っていたウエイトトレーニングをもう一度、やり直します」と、日向野監督。同時に7月までに体重を2kg増やすことをノルマにしており、選手はみんな大きいタッパーを弁当箱にして体を大きくすることに努めている。
2つ目は投手の変化球の精度を上げること。「変化球が良くなれば、ストレートのリリースも自然と良くなる」と話す日向野監督。投げ込みでは変化球の割合が8〜9割を占めるという。また、小池投手は「夏までにインコースの制球を磨く」という目標を立て、ブルペンではインサイドに構えてもらい、両サイドに投げ分ける練習を重ねている。
3つ目はバッティングの向上。冬の間はステップしながらバットを振ったり、足を開いて100本連続で早振りをしたり、8種類のスイング練習をすることで打力をつけた栃木工。現在はライバル校のピッチャーを意識した練習をしている。
「他校には140キロを超えるボールを投げる投手もいるので速球を見極める訓練をしているのですが、打席で体が開かないようにするため、マシンのスピードボールに対して今はバットを振らせずにタイミングを合わせることだけに集中させています」(日向野監督)。
その他にも左投手を想定しマシンを一塁側に少し寄せて角度をつけたり、サイドハンドの投手対策として横から投げたテニスボールを打つ練習もしている。さらに、フリーバッティングではマシンを高めのボールと低めのボールに設定。「高いボールはヘッドを前に出してさばき、低いボールは体まで呼び込んでセンターへ弾き返す。ボールの高低に合わせて、打ち方を変えられるように振らせています」(日向野監督)
そして、4つ目は守備力を上げること。日向野監督がこだわっているのはスピードで、冬はキャッチボールから握りかえを早くして投げる練習をしてきた。ボールを捕ってから投げるまでの時間をできるだけ短縮し、連携プレーの質も高めようとしている。
このように着々と準備を進めている栃木工だが、日向野監督は「夏の大会は春とは別物ですから、それぞれのシチュエーションで出たとこ勝負になるかもしれません。ですから、今後は練習試合を多く行うことでチームの方針を固めていきたいと考えています。また、選手たちには『4:6で自分たちが劣るかなという相手でも、100%の力を出し切れればその差をひっくり返せるから、自分たちができることをしっかりとやっていこう』と話しているので、100%の力が出せるメンバー構成にしていきたいです」と話す。
また、柏倉主将は「監督からは『私学を3校倒せば、甲子園に行ける』と言われているので、それだけの実力を付けて甲子園に行きたいです」と抱負を語ってくれた。春季大会で見せた流れをものにするしたたかさに、練習で培った実力をプラスして、栃木工は悲願の甲子園初出場を狙う。
(取材・文/大平 明)
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