市立汎愛高等学校(大阪)

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大阪桐蔭、履正社と戦った経験を最大限に生かす

 秋ベスト8、春はベスト4と躍進を果たした汎愛。同校は秋は大阪桐蔭、春は履正社と大阪を代表する二強と対戦しており、その経験は選手たちにとって大きなものとなっている。大阪大会を勝ち上がるために選手たちはどう過ごしているのか。昨秋からここまでの戦いの模様を振り返りつつ、夏へ向けての取り組みを紹介していきたい。

タイプの違う3投手が持ち味を発揮

エースの志水 風太(市立汎愛高等学校)

 公立校ながら毎年のように100人を超える部員数を抱える汎愛。昨夏と昨秋が2季連続のベスト8で今春はさらにもう一歩トーナメント表を登りベスト4に進出した。打線が持ち味のチームは今春初戦で宇都宮 優輝(3年)が2打席連続本塁打を放つなど8点を奪いコールド勝ち。その後も9点、8点、10点と得点を重ねて勝ち進み、5回戦では井上 大輔監督が現役時代に当時汎愛の監督を務めていた恩師・福原 和行監督率いる都島工を5対3で破り、準々決勝では強豪私学の一角・上宮太子を2対0で下した。

 秋春と続けて好結果を残しているが、新チームのスタート時は期待よりも不安の方が大きかった。旧チームから残るレギュラーは・・・というよりベンチ入りが木葉 海飛(3年)と宇都宮の2人だけ。キャプテンの木葉もスタート当初は「最初は不安でした。僕もキャプテンのことだけで頭がいっぱいで」という状況。しかし夏に敗れてから1ヶ月後、そんな状態で迎えた秋の初戦、PL学園戦でサヨナラ勝ちを収め波に乗った。

「それが秋とこの春につながっています。そこでこけていたらこの春もなかっただろうと思います」と話した井上監督は、春躍進の理由に志水 風太(3年)の成長を挙げた。秋はエース番号を武仲 拓海(2年)に譲ったが、下級生にエース番号をつけられておもしろいはずがない。その時点での球種はスライダーとカーブの2種類。「1つ落ちる球を覚えれば幅が増える」という井上監督の勧めにより、一冬でフォークを習得。今では落差が大きく空振りを奪ってカウントを取りに行くフォークとスピードの速い決めに行くフォークの2種類を投げ分ける。

 もちろん球威、制球力も増している。投手陣では他にも秋にベスト8進出の立役者となった武仲は緩いカーブとストレートのキレで勝負するタイプで安定感がある。インコースをガンガン突ける強気なメンタルも持ち合わせる。大阪桐蔭戦で武中の後を受けマウンドに上がってスコアボードに5つの0を並べた三好 和孝(3年)はサイドスローとスリークォーターの中間ぐらいから投げ込む変則タイプで、テンポ良く低めに集めてゴロを打たせるのが持ち味。入学時は野手だったが打撃投手として投げる球が井上監督の目に留まり、1年秋に転向した。タイプの違う3投手が公式戦でそれぞれ結果を残したことは大きな収穫だ。

[page_break:2強と戦った経験値]2強と戦った経験値

ミーティングの様子(市立汎愛高等学校)

 もちろん投手以外の収穫もある。秋に敗れた相手は大阪桐蔭で今春が履正社。大阪の頂点を目指す上で避けては通れないこの2強と公式戦で対戦済み。井上監督が感じた大阪桐蔭の強さは野球以外の部分でも大きかった。

「何から何まで全部違う。ノックの送球はすごいし、全員が声を出すし、道具確認の時の道具の並べ方からです。グラウンドに入る時の整列の仕方やボールボーイの子がファールボールを取りに行く時も全力ですし、そういうところ全て」戦う前のグラウンドに入った瞬間から相手チームを圧倒する。大阪桐蔭の強さの源は個人能力の高さ以外の、野球に取り組む姿勢にもある。

 中には試合前ノックをわざと見せないようにする監督もいるほどだ。汎愛にとってありがたいことに2強と対戦した試合で相手投手は大阪桐蔭が高山 優希(3年<インタビュー>)で履正社は寺島 成輝(3年<インタビュー>)。エースが先発しどちらも完投を果たしている。

 速球派投手対策としては打撃マシンの速度を速くしたり、打撃投手を通常よりも前から投げさせるという練習が一般的だが、寺島のストレートは並ではなかった。普段はキャプテンとしてチームを引っ張る木葉は攻撃時は1番打者として打線を引っ張る。じっくり見極めて出塁率が高いというよりは、積極性が持ち味で打てる球はガンガン振ってチームに勢いをつけるタイプだ。

 履正社との準決勝では第1打席の1球目、インコースのストレートを狙っているところに正にその球が来た。しかし寺島の球威の前に狙い球ドンピシャだったにもかかわらず振り遅れた。その瞬間、鳥肌が立ちゾクゾクしたという。「打席に立ちに行くのが楽しみで仕方なかった」というこれまでに無い感覚を味わった。ベンチに戻った選手達は寺島のストレートについてこう話した。

「2階から投げたボールがまた2階に戻って行く」「ワンバウンドすると思って見逃した球が伸びて低めいっぱいに決まりストライクになる」

 長打力が売りの宇都宮は打球を一度も外野に飛ばせず、全打席全球ストレート1本で抑えられた。この球質と球筋を練習で再現しようと思っても不可能。2強のフルメンバーと戦ったという経験値は夏に向けて何物にも代え難い財産だ。

[page_break:公立校が強豪私学に勝つために]公立校が強豪私学に勝つために

ティーバッティングの様子(市立汎愛高等学校)

 井上監督の恩師でもある都島工の福原監督は桜宮を強豪に育て上げるなど公立校を強くするスペシャリスト。その名将の下で学んだ井上監督は公立校が強豪私学に勝つために必要なことは「ピッチャーと守備力」と考えている。「同点でいったり、1、2点差で終盤を迎えてワンチャスで・・・それしかないんちゃいますかね」と考える。

 地力で劣る公立校が強豪私学に序盤で点差をつけられるとなす術がなくなる。序盤に4点を失った昨秋の大阪桐蔭戦はまさにそういう展開だった。一方、今春の履正社戦は4回まで0対1、中盤に離されたが秋からの成長を見せた。今年のチームの守備力は、足が速く「前の打球に対して自信があります」と話した木葉ら外野手の守備範囲は広いが、内野守備には一抹の不安が残る。

 各ポジション打てる選手から順に起用した結果、実績は残したいが、実は練習試合でも1点差ゲームになるとほとんど勝てていない。余計な四球を出さないこと、勝負所でエラーしないこと。6月の予定は練習試合で埋め尽くされているが、1点差を勝ち切るためにチームの課題は明確だ。

高校野球ファンをアッと驚かせるような結果を

 6月に行われる追い込み練習、抽選会前日の最終日は甲子園中継の歴代のテーマソングを流す中、50メートルダッシュをマネージャーも含む部員の数だけ走る。今年の場合は1年生37人、2年生28人、3年生42人に8人のマネージャーがいるので115本、そして最後は「栄光の架け橋」を全員で歌う。これが毎年の恒例行事。チームのムードを最高潮に仕上げて夏に挑む。

 井上監督が夏のキーマンとして密かに期待をかけているのが三好だ。春に先発したのは1回戦の清水谷戦と5回戦の都島工戦。初戦と恩師との対戦という節目の試合で先発マウンドに送った。入学時は野手ながらピッチャーリーダーとして投手陣をまとめた三好は最後の夏に「秋は武仲が、春は志水が頑張ったので夏は三好に頑張ってほしい」という井上監督の期待に応えられるか。秋の大阪桐蔭戦で好リリーフを見せた他、今年に入ってからの練習試合でも終盤のマウンドで好投している。

「履正社戦で投げられなかったのが悔しいです」と話す本人も「リリーフの方が結果を残せている気がします。でも先発を任されるような投手になりたいです」と意気込む。

 これまでの夏の最高成績は昨夏と1997年のベスト8。ただ現役部員は昨夏に舞洲球場の雰囲気を味わっており、大阪桐蔭の高山、履正社の寺島の球筋も打席の中で確認済み。“準備”としては間違いなく過去最高の備えが出来ている。「全国の高校野球ファンをアッと驚かせるような結果を残したい」(井上監督)。チームの目標は創部初の甲子園出場唯一つ。

 4番を打つ左のスラッガー・山本 蓮(3年)も「秋ベスト8で春にそれ以上行けたのは良かったんですけど、準決、3決で負けて悔しい気持ちの方が強いです」と好結果を残したことよりも連敗で終わったことに唇を噛む。笑顔になるための方法は連勝街道を突き進むことだけ。秋から春にかけて1つ登った階段を、夏は一段飛ばしで駆け上がる。

(取材・文/小中 翔太)

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