岩倉高等学校(東京)
今春の東京都大会では8強に進出した岩倉高校。昨年の投手力主体だったチームから今年はガラリと様変わりし、打線の好調ぶりが目を引いたが、チームにはどのような変化があったのだろうか。
じっくり待つから積極的に打つ作戦へ伊勢 海星選手(岩倉高等学校)
「昨年のチームは投手陣がだいたい3点くらいに抑えてくれたので、攻撃では相手投手に球数を多く投げさせて、じわじわと追い込んでいく攻め方をしていました。新チームになってからも昨秋は同じやり方でいったのですが、打線はすぐに追い込まれてしまうし、なかなか四球も取れなくて思うように打てなかった。
それで、『ボールを見ていこう』から『積極的に振ってこう』へ方針を180度変えることにしたんです」と振り返る豊田 浩之監督。冬のオフシーズンでは、まずフィジカルを鍛えるトレーニングに努めてきた。
「例年よりもウエイトトレーニングの強度を上げ、ランニングの量も増やしました。そして、全体練習とは別に各選手が自分の短所を考慮し、その短所を克服するためのメニューを組んで練習してきました。チームの主力の伊勢 海星は体のさばきが悪かったんですが、体幹を鍛えることで動きがかなり良くなってきましたね」
春季大会では3試合連続本塁打を放った伊勢選手本人も「2ストライクになるまでは強く振って、追い込まれてからはコンパクトにスイングすることを心掛けているのですが、春季大会では2ストライクになってからもホームランが打てたのでトレーニングの成果が出ていると思います」と話す。
もちろん、バットも振り込んできた。弓指 匠主将は「冬の合宿では一日1000〜1500スイングを目標にし、連続ティーなどいろんな種類のスイング練習をいくつもやりました」各個人による課題練習は打撃面にも及んでおり、「バッティングで脇が空いてしまう選手は、チューブを使って脇が空かないようにしてスイング練習をしたり、左手が弱い選手は片手でバットを振ったりしていました」(弓指主将)
一冬を越え、3月末に行った練習試合も契機のひとつになった。「静岡の常葉菊川高校とやらせてもらったのですが、全国のレベルを痛感しました。シートノックからすごかったですし、試合ではトップバッターの栗原 健選手にいきなり打たれて、すぐに走られて。結局、0対7で負けてしまったんです」(豊田監督)
だが、その試合でマスクをかぶっていた伊勢選手には感じるところがあったようだ。
[page_break:打線の好調を支えた記録シート]「栗原選手の強いスイングに圧倒され、どこに投げても打たれるような感覚になりました。でも、自分も同じように相手のキャッチャーにプレッシャーを与えられる選手になりたいと思ったんです」明くる日の練習では、これまで以上に強くバットを振る伊勢選手の姿があった。
「伊勢はそれ以降、ガンガン振るようになって飛距離も伸びるようになりました。すると、他の選手たちも刺激を受けて練習への取り組みが、より熱心になっていきましたね」(豊田監督)
ちなみに今年の岩倉のチームスローガンは「オレがやる!!〜強い個の集団〜」。これは豊田監督の一声で決められたのだが、「野球は団体競技ですが、やはり良い集団を作るためには、個人個人がチームを引っ張っていく強い気持ちを持たなければいけないと思うんです。やりたくない事でも、オレが率先して動いてチームを引っ張る。相手のピッチャーが良い時は、オレが打って突破口を開きチームを引っ張る。スタンドの選手も、流れが悪い時はオレが声を発してチームを引っ張る。そういう気持ちが持てるようになれば、チームは本物になると思います」
伊勢選手はこのスローガンにならい、チームの先頭に立って「オレがやる」という気持ちになったのだろう。
打線の好調を支えた記録シート市川 幸輝投手(岩倉高等学校)
そして、もうひとつ岩倉打線の好調の要因となっているのが、一打席ごとにボールのコースや球種、球速などを記録したシートを確認していることだ。「ただ『ヒットを打って良かった』で終わらせるのではなく、なぜ打てたのか。逆に、なぜ打てなかったのか、その根拠が分かれば、次のゲーム、次の打席に活かせますから。試合をする時は、たとえB戦であってもバックネットの選手に記録を取らせています」(豊田監督)
この効果について弓指主将に聞いた。「自分の得意なコースと苦手なコースが分かるので、同じミスを繰り返さないようになりました。また、他の選手とシートを交換して、同じシチュエーションの時に相手投手がどのような攻め方をしてきたのか、分析をするのにも使っています」
こうして迎えた春季大会。豊田監督は「優勝するぞ」とハッパをかけて臨んだというが、打線で特に目立っていたのは集中打だった。2回戦の日大二戦は二死走者なしからの4連打で3点を奪い3対2で逆転勝ち。3回戦のシード校・東海大高輪台戦では初回から先頭の伊勢選手が三塁打。「二塁打だったら、バントさせていた」(豊田監督)という状況だったが強攻策に出て、2番・安田 拓矢がタイムリー。後続も続いて、この回3点を奪い試合の主導権を握った。このように攻撃では良いリズムのなかで戦えたのだが、その流れを作ったのはピッチャーの市川 幸輝だ。
[page_break:しゃべることを徹底]「バッターに良い流れが行くように、とにかく投球のテンポを意識して投げました。ピッチングでは高めのストレートと低めの変化球で上手く高低を使いながら投げられたと思います。冬場はかなり走り込んだのですが、そのおかげで下半身が強くなり、試合の終盤になっても球速があまり落ちずに粘れました」
市川は背番号10ながら、見事にエース格の働きを見せた。豊田監督は「春季大会が迫ってきた頃、選手全員の前で市川に『中心で行くぞ』と声を掛けました。それで『頑張らなければいけない』という自覚が出てきたんでしょう。市川はそういった気持ちの部分の成長が大きかったですね」
しゃべることを徹底豊田 浩之監督(岩倉高等学校)
また、豊田監督がチームに徹底させているものの中には「しゃべること」がある。「しゃべるためには考えなければいけないですよね。そして、考えるには周囲の状況に目配りしなければならない。それは野球をするうえで重要なことだと思います」
弓指主将も「監督からは『考えられない選手は成長しない』と言われています。そこで、『事前の声』『瞬時の声』『結果からの声』の3つを常に意識し、声が途切れないようにしゃべり続けています。試合中も『風を計算しておけよ』とか、バッターのスイングを見て『右方向に気をつけろよ』とか、気付いたことがあったら声を出してしゃべり、全員で確認するようにしています」と話す。
このように、しゃべることの効果は特に守備面で表れているようだ。さらに、こうして言葉を交わすことにより「ベンチのやりたいことが以心伝心で選手に伝わるようになってきた」(豊田監督)という。観衆の声援やブラスバンドの演奏で監督の声が届きにくくなる夏の大会では大きなメリットになるかもしれない。
そして、その夏の大会を制し甲子園出場という目標を達成するために、豊田監督が求めるのは「強い選手」だ。「大会前にもう一度、厳しいトレーニングをして、さらにワンランク上の体にしたいと考えています。選手にはきちんと体調管理をして、練習をやりこんでほしいのですが、そのためには精神的な強さも身体的な強さも必要になってくるでしょう。でも、そういった様々な面での強さを各々が発揮してくれれば、チャンスはあると思っています」
どれだけの選手が、どれほどの強さを身につけられるのか。夏の大会まで、あと約1ヶ月。岩倉はラストスパートをかける。
(取材・文/大平 明)
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