【レポート】アンゼたかしさんに聞いた、英語を訳すのに大切なこと
●『マッドマックス』は試写段階ですごいと思った
社内の公用語が英語になったり、海外の会社と取引をしたり、ビジネスの中で英語を使うことが日常になっている人も多い昨今。「英語のプロ」である翻訳者は、一体どのようなことに気をつけながら仕事を行っているのだろうか。話題の映画『マッドマックス 怒りのデス・ロード』の訳を手がけたアンゼたかしさんに話を伺った。
<取材対象者>
アンゼたかし
映画『クリード チャンプを継ぐ男』『インターステラー』『ダークナイト ライジング』『ハングオーバー』シリーズ『シャーロック・ホームズ』シリーズ『マッドマックス 怒りのデスロード』(吹替・字幕)、『ホビット』シリーズ(字幕)、『ゼロ・グラビティ』『トータル・リコール』『永遠の僕たち』(吹替)、など多くの映画の字幕・吹き替え訳を担当。翻訳の専門校フェロー・アカデミー講師としても活躍している。
○翻訳者に必要なのは、日本語力
――英語に興味を持たれたのは、何がきっかけだったんですか?
子どもの頃、家にあった洋楽のレコードの歌詞カードを見ていたので、その頃から興味を持っていました。職業にしようと思ったのは、大学時代です。就職活動の時期に、自分にはサラリーマンは無理かもしれないと思って。ずっと音楽が好きで、雑誌に載っている翻訳されたインタビュー記事を見て、この道もありかなと思いました。
――音楽の翻訳から、映画の翻訳もされるようになったわけですが、その違いはありましたか?
フリーになったばかりの頃は、CDのライナーノーツや歌詞を訳したりしてました。でも、歌詞はやっぱり難しかったですね。アーティストの世界観がわからないと、これはもっと意味が込められてるんじゃないかと悩んだり。韻を踏んでいることもありますしね。特にプログレの歌詞などは、これでいいのか? と……。
映画の翻訳も難しいですね。説明的にならないよう気をつけて、原文の英語と等価値の日本語で表現することを心がけています。
――英語の言葉も時代によって変わっていくこともあるのでは
それに対しては、興味を持って見ていくしかないですね。映画、音楽、ドラマ等々、常にアンテナをはるようにしています。
――そういうとき、仕事のことを思い出したりは
若干ありますね。頭の片隅には仕事のことがあるんでしょうね。ここの表記はどうなのかなと気になるときもありますが、楽しんで見ていますよ。
――映画の字幕には文字数制限などもありますが
文字数が決まっているから、ギリギリまで使うということではなく、その文字数の中で、できる限りの表現をすることを心がけています。短めのセリフでも、その映画の雰囲気を伝えられる訳がいいのではないかと。
○「人食い男爵」は「あしゅら男爵」「オマツリ男爵」から思いついた!?
――アンゼさんは、『マッドマックス 怒りのデス・ロード』の訳を手掛けられたそうですが
面白かったですね。字幕の入っていない状態のものを試写で見たときに、これはすごいなと思いました。
――セリフは少なめでしたが……
あの映画はシチュエーションやキャラクターを説明するセリフも少なく、いろいろなことがギュっと詰め込まれているので、そんな中で、どう世界観を伝えるのかは苦労しましたね。
――人物の名前なども、悩まれたのでは
輸血袋なんかはそのままなのですが、例えば、人食い男爵の場合は、元が「ピープルイーター」で、直訳すると「人食い」です。武器将軍は「バレット・ファーマー」。「バレット・ファーマー」も、「ピープルイーター」も偉い立場じゃないですか。それで、そういえば『マジンガーZ』には、あしゅら男爵、ワンピースにはオマツリ男爵ってキャラがいたなと思って、仮のつもりで「ピープルイーター」に人食い男爵という名前でつけたら、採用されて。「ピープルイーター」が男爵ときたので、「バレット・ファーマー」の方は、将軍はどうだろうということで、武器将軍になったんです。
○解釈の難しかった「Mediocre」
――『マッドマックス』では、「Witness me」というセリフも印象的でした
何度か出てくるセリフですが、「おれを目撃しろ」という意味なので、そのままで「オレを見ろ」ということになりました。
ほかにも、何度も出てくるセリフとしては、「Mediocre」というセリフがあるんですがこれは悩みましたね。直訳すると「平凡な、並の」ということなんですけど、ウォーボーイズの一人、ニュークスがはりきって失敗したときにイモータン・ジョーが言う「Mediocre」は、画に合わせて「間抜け」と訳しました。でも、ウォーボーイズのモーゾフが亡くなる場面で、同じくウォーボーイズのスリットも「Mediocre」と言っている。ここでは、「よく死んだ」と言う字幕にしたのですが、彼らは意味がわからなくて言っているのかもしれないし、イモータン・ジョーがいつも使っているから言ってるということかもしれないなと。
――いつもイモータンが言ってたから、なんとなく流行ってたとか影響されてたのかもしれないということでしょうか?
たぶん……。それと、ウォーボーイズたちは病弱なので、その死に方が悪い意味で平凡というわけではなく、彼らにとってふさわしい死に方をしたんだという記号でもあるのかもと思って「よく死んだ」と訳しました。
●映画の翻訳には、全体を踏まえた上での解釈が必要
○立川の爆音上映を観に行った
――『マッドマックス』を翻訳してからの反応はいかがですか?
会う人、会う人に「何回も見ました!」と言われましたが、そんなことは初めてですね。通常は、「よかったです」とか「あれはどういう意味なんですか?」というのが多いんですが。
――ご自身は、映画館で見たりはされたんでしょうか
僕自身も、公開になってから二回見ました。一回目は時間があいたときに普通に見に行って、二度目は立川の「極上爆音上映」を見に行きました。すごい音でしたね。映画って、効果音が大きくて聞こえないセリフもあって、そういうセリフは省略することもあるんです。でも、立川だと、音がいいので、小さなセリフも全部聞こえました。音が本当にクリアでしたね。
――字幕をつける作業の間、何度くらい見るんでしょうか
字幕制作ソフトを使いながら作業をすると何度も見ることになります。訳を作る上で大事なのは、このセリフはどことどうつながっているのかということ。ときおり、映画の中で意訳に見えることがあるとしたら、それは全体を踏まえた上での訳だったりもします。ドラマの帰結に向けてセリフのひとつひとつが成り立っています。全体をどう捉えて訳すかということが、翻訳者に問われる部分だと思います。
――映画翻訳は、映画作品を解釈する仕事でもあるわけですね。そういうことは、最初から意識されてましたか?
僕が師事した先生も「ドラマというのは……」「セリフのひとつひとつは……」とよく言っていたので」、実際に仕事をしてみて、やっぱり先生の言うとおりだと実感しています。数を見れば、この作品のここがポイントだということは分かるようになると思います。問題はそれを日本語のセリフでどう表現するのか、ということです。
○翻訳者でも一度しか見せてもらえなかった『インセプション』
――これまでで、印象に残っている仕事というのはありますか?
たくさんありますが『インセプション』は、特に印象に残っています。世界同時公開ということで、日本だけでなく世界中で、公開まで関係者やマスコミに向けての試写を一切しませんでした。翻訳者の僕も日本では試写がないから、アメリカまで行って、秘密裏に一度だけ見せてもらいました。設定が夢の中なので、シーンが急に変わったり、一度見ただけでは、すべてを理解しきれなくて大変でした。
吹き替え版の声優さんも、映像は見ていなくて、自分が話すときの俳優の口元だけが抜かれた映像を見て合わさなければいけない。自分が吹き替える俳優が後ろを向いていたら、口元が見えないわけです。だから、吹き替え版が完成したときには、よくできたと拍手をしたくなりました。
――この仕事をやっていて、よかったなと思えるときはどんなときですか?
実際に字幕を入れて、初号試写を見て、違和感がなかったときには「今日のビールはうまいかな」と思いますね。
――自分で翻訳したものを、客観的に評価できないといけないんですね
それまでの作業は一旦忘れて、ひとりの観客として違和感がないかどうかを見るということは、最初はなかなかできませんでしたね。
――この仕事をするうえで気を付けているのは、どんなことですか?
翻訳家は作家とは違うので、個人のカラーというものはいらないと思います。作品のカラーに合わせて、カメレオンのようにセリフによりそう、ということを心がけています。
――ありがとうございました
西森路代
ライター。地方のOLを経て上京。派遣社員、編集プロダクション勤務を経てフリーに。香港、台湾、韓国、日本などアジアのエンターテイメントと、女性の生き方について執筆中。現在、TBS RADIO「文化系トークラジオLIFE」にも出演中。著書に『K-POPがアジアを制覇する』(原書房)、共著に『女子会2.0』(NHK出版)などがある。
(西森路代)