県立津商業高等学校(三重)【前編】
今夏の甲子園は、スター選手たちが高校野球100周年の年を賑わしたが、試合内容でも、甲子園のファンを驚かしたチームも多かった。その一つが三重代表の津商だ。初出場の津商は、初戦で名門・智辯和歌山と対戦。その一戦で、津商ナインは、どう智辯和歌山に挑んでいったのかを今回は掘り下げていきました!前編・後編の2回配信でお届けします。
相手がどこであろうと合言葉は「全力津商」花井 大輔選手(県立津商業高等学校)
「抽選が終わり、壇上からうちの選手たちが座っている付近に目をやると、みんながひっくり返っている姿が見えました」甲子園大会開幕3日前の8月3日に行われた抽選会。初戦の対戦相手が決まった瞬間の仲間の反応を津商の前キャプテン・花井 大輔は今でもはっきりと覚えている。
「なんといっても智辯和歌山ですからね…」
春夏を通じ初の甲子園出場を果たした公立校と、春夏合わせ3度全国優勝経験を誇る甲子園常連校の対戦。下馬評は「智辯和歌山有利」で揺るぎなかったが、津商ナインに気後れした様子はなかった。
「相手がどこであろうと、うちがやるべきことは一緒ですから」
津商野球部の合言葉は「全力津商」。いかなる時も「全力」を尽くすことは津商野球部に在籍する上での大前提だ。
「全力をモットーに掲げているチームは全国にたくさんあると思うのですが、その中でもっとも全力で戦えるチームになるべく、本気の全力を日々心がけてきました」
津商においては「全力=凡事徹底」という考え方が部全体に浸透している。
「グラウンドでも、私生活でも『誰にでもできるような当たり前のことを、誰もができないくらいに徹底してやりきることこそが全力』というのが津商野球部の考え方です。一塁への全力疾走などもその一部。ベース手前で緩めるような走塁はうちのチームでは決して許されません。たとえ相手が強豪・智辯和歌山であったとしても、そこはもちろん変わらない。挑戦者として立ち向かう気持ちを忘れず、大事にしてきた『全力津商』を甲子園でも徹底的にやりきる。その一心で本番に臨みました」
[page_break:下馬評覆す、金星成る!/ 落ち着きを呼んだ初回の伝令]下馬評覆す、金星成る!坂倉 誠人選手(県立津商業高等学校)
8月9日に行われた智辯和歌山との1回戦は、初回から智辯和歌山の強力打線が、津商のエース・坂倉 誠人に襲い掛かった。
一番・野口 春樹の三塁打を皮切りに3連続長短打。アウトカウントを示すランプが点灯しないうちに、スコアボードには「2」の数字が灯った。「やっぱり智辯和歌山優勢か」「いったい何点入るんだ」という空気が甲子園のスタンドを包むも、最終的に津商バッテリーが喫した失点は初回の2点と8回の2点のみ。
打線は智辯和歌山の先発を務めた好左腕・齋藤 祐太に3回まで1安打に抑え込まれたが、4回以降は13安打をマーク。7失策を喫した智辯和歌山の守備の乱れも加わり、終わってみれば14安打9得点。
7回表にエース・坂倉が熱中症で降板するというアクシデントに見舞われたが、後を受けた石川 雄基が最後まで投げ切り、強豪・智辯和歌山に勝利。下馬評を覆す、番狂わせを演じてみせた。
落ち着きを呼んだ初回の伝令智辯和歌山戦から約3週間が経過した9月初旬、甲子園大会での熱戦を振り返ってもらうべく、三重県津市に位置する津商の練習グラウンドを訪ねた。一塁側ベンチ前で出迎えてくれたのは就任6年目で津商を初の甲子園に導いた宮本 健太朗監督だ。
「こんにちは! 引退した3年生を3人呼んでおりますので、ベンチ裏の方へどうぞ!」
この日、放課後のグラウンドに足を運んでくれたのは、前キャプテンの花井 大輔、そして坂倉 誠人、増岡 晃のバッテリーコンビ。記憶の針を智辯和歌山戦が行われた8月9日に合わせ、甲子園大会でエースナンバーを背負った坂倉が切り出した。
「初回にいきなり打者3人で2点を奪われ、『やっぱり全国レベルの強豪は違う』と実感しました。5点以内に抑えたいなと思っていたけど、このままじゃ何点入るかわからないなと…。でもその時にベンチから『2対0から始めよう。ここからスタートしよう』という伝令があったんです。『どのみち2点は取られる想定だったじゃないか』と思うと、すっと落ち着くことができました。結局、ダブルプレーもあって、初回は2点どまり。よし、いけるという気持ちになれたことはものすごく大きかったです」
初回に送った伝令の真意を宮本監督にたずねてみた。
「目の前のことを全力でやることがモットーなんですけど、その一方で目先のことにとらわれ過ぎるのもよくないわけです。試合は9回まであるわけですから、トータルでゲームを考えることも、ものすごく大事。どのみち2点とられることは覚悟していたわけですから。ここからがスタートと思えばいいじゃないかと」
リードする増岡は冷静に智辯和歌山打線を分析していた。
「初回に変化球を狙い打たれたので、2回以降はストレート中心の配球に変えていきました。味方野手が守りやすいよう、相手打者に考える間を与えないくらいの早めの投球間隔でテンポよく投げることを日頃から大事にしているので、甲子園という大舞台でも普段のテンポを見失うことがないよう、最善の注意を払いながらサインを出しました」
[page_break:リスクを背負うことで突破口を開け!]リスクを背負うことで突破口を開け!増岡 晃選手(県立津商業高等学校)
この日、3回までは無得点も、4回以降に毎回得点を記録した津商打線。智辯和歌山の左腕エース・齋藤 祐太を攻略するために、どのような方針で試合に臨んだのかは気になるところだ。増岡が振り返る。
「齋藤投手は左打者の外角を突く、角度のあるストレートとスライダーが持ち味の投手。うちはスタメンに左打者が6人いるのですが、『球種に関係なく、外角球に狙いを絞り、踏みこんで果敢に振っていこう!そのかわり、内角に来たボールに手が出なくてもオッケー!そこは割り切っていこう!』という方針を徹底することにしました。右打者も方針は同じ。内角をズバズバ攻めないタイプの投手だと聞いていたので、外角に狙いを絞っていこうじゃないかと」
打線に指示を送った宮本監督にも話を聞いてみた。
「相手投手が優れていればいるほど、リスクを背負わないと突破口など開けない。うちの打線のレベルであれば、齋藤君のような投手の球を全て追っかけてしまったら、結局どれも打てなくなってしまう。齋藤投手に対しては内角に来たら仕方ないと割り切り、外角球を果敢に振っていくことがベストだと判断しました」
左の好投手を揃える三重県内のライバル校・いなべ総合高に昨秋から苦しめられ続けたことで、左投手を攻略する練習を日頃から徹底して行っていたことも大きかった。
「左投手に対する練習を日頃から行っていなかったら、齋藤君のボールに二巡目で対応していくことは不可能だったと思います。ボールに慣れた頃には試合が終わっていた、という結果になっていたような気がします」
前編ではこの試合について詳しく振り返っていただきました。後編ではさらにこの試合の内容について突っ込んでいき、そして津商の3年生へメッセージをいただきました。お楽しみに!
(取材・文=服部 健太郎)
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