ハンガリーGPの69周目にチェッカーフラッグが打ち振られた時、マクラーレン・ホンダのガレージ前ではクルーたちがピットウォールによじ上って大歓声で2台のマシンを出迎えた。

 まるで優勝でもしたかのような派手な喜びようは、今季10戦目にして初めてダブル入賞を果たしたことや、5位という今季最高位を手にしたこと以上に、「自分たちの力を出し切ってレースらしいレースができたこと」への充実感を物語っていた。

 コースのあちこちで接触事故が起き、目まぐるしく順位が入れ替わる大荒れのレースで、ルイス・ハミルトンの猛追を寄せつけず5位でチェッカーを受けたフェルナンド・アロンソは、この結果を素直に喜んだ。

「素晴らしい結果だね。今の僕らにはそこまでの競争力はないはずだし、5位になれるとは思っていなかったから、プレゼントのようなもの。今日はカオスなレースだったけど、自分たちに巡って来たあらゆるチャンスを最大限に利用することができたと思う」

 コースが曲がりくねったハンガロリンクでは、パワーの差が出にくい。だからモナコGPと同じようにここハンガリーGPでもマクラーレン・ホンダに予選Q3進出と入賞のチャンスがあると書き立てたメディアもあった。

 しかし、予選でマクラーレン・ホンダの2台は立て続けにトラブルに見舞われ、アロンソはコース上に止まったマシンを自ら必死に押して、ピットガレージへと戻して再出走しようとしたほどだった。バッテリーユニットから車体全体へと電源を供給するメインハーネスのコネクタがゆるみ、電源が落ちてしまっていたのだ。きわめてコンパクトなところに押し込まれているため目視での確認が難しいとはいえ、これはメカニックの作業ミスだった。

 もう1台のジェンソン・バトン車は、ステアリング上のボタンで予選アタック用のウォームアップモードをオンにすると、パワーユニットのエネルギー回生をストップさせてしまう設定ミスがあり、パワーを出せずにQ1で敗退してしまった。

「フリー走行を通してクルマもパワーユニットもセットアップがうまくいっていた。期待が大きかったので本当に残念な結果です。感触としてはQ3進出を狙えるんじゃないかと思っていたので、チーム全体がガッカリしています」

 ホンダの新井康久F1総責任者は、車体側のトラブルにそう言って肩を落とした。

「不運はこれっきりにして欲しい。もう十分でしょう?」

 新井がつぶやくようにそう言うのもわからないではなかった。カナダGPから立て続けに予想外のトラブルや事故が起き、マクラーレン・ホンダのレース計画は停滞を強いられていた。そして、ここに来て続いたチーム側のヒューマンエラー。

 トラブルに見舞われた過去3戦では、やや出力を抑えた状態で走った場面もあったというが、ハンガリーではそれを乗り越えて完璧な状態に近づけてきたという自負もあった。それだけに、落胆は大きかった。

 ハンガリーGPを前に、F1参戦初年度のパワーユニットメーカーには使用制限枠を年間4基から5基に緩和するという決定が下り、ホンダはハンガリーに新品のコンポーネントを持ち込んできた。

夏休み明けのベルギーGPには「完全に新しいパワーユニットと言っても過言でないもの」(新井)を投入する予定のホンダだが、今回のパワーユニットは開幕からここまで信頼性目的の改良を重ねて、初期スペックの性能を引出しきった状態にまで煮詰めてきている。

 マクラーレン側には「ホンダは壊れるのを恐れるあまりコンサバ過ぎる」といった不満も募っていたようだが、それを払拭するに足るところまできたと言っていいだろう。

「パワーユニット側はセットアップをやり切って、この暑さでも何の制限も加えず、これ以上ないというくらい完璧に使い切りました。今回持ち込んだスペックはイギリスで使ったものに細かな改良を加えたものですが、ルノーよりも馬力は出ています。曲がりくねったセクター2で重要になるドライバビリティは、間違いなく我々の方が優れています。それなのに、今週のレッドブルは速いですね......」

 ルノー製パワーユニットの非力さゆえに、長らく低迷が続いているレッドブルだが、パワーの差がそのまま結果につながりにくいハンガリーでは、上位に浮上してきた。そして決勝では、優勝はフェラーリのベッテルにさらわれたものの、2台ともに表彰台に上がった。

 新井はハッキリとは口にしないが、車体性能としてマクラーレンがレッドブルに遠く及んでいないことは明らかだった。

「こちらはまだ生まれたばかりの空力パッケージですから、車体に差があるのはしょうがないと思っています。(オーストリアGPから)空力をあれだけアップデートしてしまったら、空力も車高もメカニカルもやることがたくさんあるのに、このパッケージで走っている時間はまだほとんどないですからね。伸びしろはまだまだあります」

 15番、16番グリッドから臨んだハンガリーGP決勝では、荒れた展開のなかで事故に巻き込まれることなく、スローパンクチャーによる早めのピットストップや、捨てバイザーがブレーキダクトに入ったことによるブレーキ過熱はあったが、これはセーフティカー導入タイミングのピット作業で対処できたという幸運もあった。

 また、完全にセットアップが迷走してしまった前戦イギリスGPに較べれば、マシンの速さは着実に進歩していた。

「今日は運が味方してくれたところもありましたけど、今週末は3日間でセットアップもうまく仕上がったし、イギリスGPから格段に進歩しています。トップとはまだ差がありますけど、フリー走行での感触からすれば、ある程度のペースで走れるということはわかっていましたし、実際、トロロッソやロータスとはバトルをやり合って抜きました。最後にハミルトン(メルセデスAMG)が6秒差で追いかけて来ているとフェルナンドに無線で伝えたときも、彼は『ノープロブレム!』と言い切って我々を安心させてくれました」

 こうしてシーズン前半戦が終わり、F1は3週間のサマーブレイクを挟んで8月21日のベルギーGPから後半戦を迎える。

 その間、F1チームのファクトリーは2週間の紳士協定閉鎖が実施されるが、その協定対象となっていないパワーユニットメーカーの研究所では、休みなく開発が続けられる。栃木県さくら市のホンダの研究所でも、ベルギーGPへの大型アップデート投入に向けて追い込み作業に入りつつある。

「忙しい夏になると思いますが、後半戦に向けてやるべきことをきちんとやってスパ(ベルギーGP)に臨みたいと思っています。パワーユニットの出力向上が必要だという認識は変わりませんし、出力を上げただけではなくて、車体側のウイングもサスペンションも車高も、上がった出力に見合ったセットアップをする必要があります。今回のレースでチームとして進んでいる方向の確かさは確認できたと思いますし、あとはデータをきちんと解析し、チームが一丸とならなければならない。いつまでも"学習"だと言っていられないし、次のステップに移りたいと思っています」

 新井はそう言って気を引き締め直した。

 車体(マクラーレン)とパワーユニット(ホンダ)がいがみ合うのではなく、時には意見を戦わせ、しかし最後にはともに手を取り合って前に進んでいかなければならない。シーズン後半戦には、ともに大きく進歩してお互いを高め合っていくマクラーレン・ホンダの姿が見られるはずだ。

米家峰起●取材・文 text by Yoneya Mineoki