エアレースを勝つことはこれほど難しいのか。そんなことを嫌と言うほど思い知らされた一戦だった。

 7月4、5日、ハンガリーの首都ブダペストで開かれたレッドブルエアレースの2015年シーズン第4戦。今回のレースの主役が、マット・ホール(オーストラリア)であったことは間違いない。

 今季のホールが開幕戦から残した順位は2、2、3位。ただひとり3戦連続で表彰台に立ち、安定した強さには際立つものがあった。

 そのうえ今回の第4戦でも、計3回のトレーニングセッションすべてで「異次元の」と表現して構わないような好タイムを連発。予選は当然のように1位通過し、ラウンド・オブ・14では他のパイロットが1分1秒さえ切れずにいるなか、ただひとり58秒台でフィニッシュし、見る者の度肝を抜いた。

 ホールの優勝は決まったようなもの――。他の陣営にあきらめムードが漂っていたとしても無理はない。

 ところが、そんなホールにも決定的な"弱み"があった。これだけ安定して上位につけていながら、彼にはまだ一度も優勝した経験がないのだ。

 他を圧倒するタイムが逆にプレッシャーになったのか。あるいは、目の前にちらつきはじめた優勝を意識し過ぎたのか。

 いずれにしてもホールはラウンド・オブ・8で、まさかの失速。楽勝ムードから一転、優勝はおろか、今季初めて表彰台さえも逃す結果に終わったのである。

 だが、エアレースの難しさを痛感させられていたのは、決してホールだけではないだろう。日本の室屋義秀もまた、そのひとりだったに違いない。

 今回のレースを前に、室屋は新たなクーリング(エンジン冷却)システムを導入した。機体前部にあるエンジンを覆うカウリングの左側面に、コックピットからの操作で開閉できる扉のようなものをつけ、レース以外のときにはそこを開けて空気の流れをよりよくし、エンジンを冷やそうというものだ。

 部品の手配などに時間がかかり、実際に新システムを搭載して飛ぶのは、予選前々日が初めてとなったが、テストを終えた室屋は「前回(第3戦)はエンジンがオーバーヒート気味だったけど、今回はよさそう。レース当日は36度まで気温が上がるという予報もあるが、気にしなくて大丈夫だと思う」と語り、機体の改良に手応えをうかがわせた。

 事実、室屋はトレーニングセッションから好調なフライトを披露していた。迎えた7月4日の予選でも、1本目のフライトでホールに次ぐ2位のタイムを記録すると、2本目は「1本目にタイムが出たので無理やり突っ込んでみた」と、リスクを高めて勝負したときに、どれだけタイムが縮まるのかをテストする余裕まで見せた。

「昨日までのトレーニングで分析していたことがだいたい全部出せて、いい感じで飛べた。たぶんこれ以上はできないんじゃないかという、限界に近いベストタイムが出た」

 そう話す室屋は、2戦連続予選2位という好結果にも淡々とした様子で、「フライトは非常に安定している。あまり心配する要素もないかなという感じ」と、高まる自信を隠そうとはしなかった。

 しかし、室屋はまたしてもラウンド・オブ・14の壁に阻まれる。

 1対1のヒート方式で行なわれるラウンド・オブ・14では、先に飛んだ予選13位のマティアス・ドルダラー(ドイツ)が1分2秒072を記録。前日の予選に当てはめれば11位相当に過ぎなかったが、「(気温上昇で)全体にタイムが伸びていなかったことを考えれば、いいフライトだった」と室屋は分析していた。それでも、「十分にまくれるタイム」というのが実感だった。

 にもかかわらず、そのタイムを超えられずに敗れた。レース後、室屋が思わぬ敗退の裏側を明かす。

「離陸前にコンピューターのシステムが全部ダウンしてしまって......。いろいろ試したけれど復旧しなくて、結局手探りの状態で飛ぶことになってしまった」

 言うまでもなく、レース機はパイロットが手動操縦している。搭載するコンピューターがシステムダウンしても、基本的なフライトには影響がない。

 とはいえ、コンマ数秒を争うエアレースでは徹底したデータ分析が勝敗を分ける。室屋の場合もタブレット端末がコックピットに取りつけられ、さまざまに収集したデータから瞬時に計算された情報をディスプレイすることで、パイロットの判断をサポートしている。例えば、室屋が第2戦(千葉)で犯したオーバーGによるペナルティ対策などはその最たる例だ。室屋が力なく語る。

「オリジナルでプログラムを組んで準備してきたものが全部吹き飛んで、あとはパイロットの感覚だけで飛ぶしかなかった」

 結果的に勝負を分けたのは、最後のバーティカルターン(180度ターン)だった。ラウンド・オブ・14に入ってから、すでに同じ個所でふたりがオーバーGのペナルティを犯していた。また、コースこそ違えども、第3戦では同じ状況のターンで室屋自身がパイロンヒットしていた。そうした事実が室屋の感覚にブレーキをかけた。

 最後のバーティカルターンに入る時点で、「マティアスより前に出ている(リードしている)と思った」という室屋はリードを守ろうと「少し確実なラインを取った」。だが、室屋のタイム1分2秒279は、ドルダラーとの差0.207秒。結果的に「そこ(最後のターン)でコンマ3秒くらい遅れてしまった」ことが勝敗を分けた。

 レース後のハンガー(格納庫)では、次戦へ向けて早くも動き出している室屋がいた。チームスタッフとともに機体の前に座り込み、あれこれと改良点について話し合っていた。

 だが、その表情にはどこか覇気がなく、目にも力が感じられない。第3戦の後は目を血走らせ、怒りにも近いほどの悔しさをにじませていたのとは大きな違いだった。

 2戦連続で予選2位という結果が、逆に室屋にプレッシャーを与えているのか。あるいは、思わぬトラブルで力を発揮し切れなかったことに、まだ気持ちの整理がついていないのか。理由はどうあれ、室屋に少なからずショックが残っていたとしても不思議はない。

 室屋は「トレーニングセッションから常に上位につけていた。十分行けるポテンシャルがあるだけに残念」と、複雑な胸のうちを明かしながらも、努めて前向きに、時折笑顔を見せながらこう続けた。

「新機体を導入し、改良を進めるなかで問題が出てくるという事態は、予想したくはないけど、起こりうる想定内のこと。今回はシステムダウンという形でそれが起きてしまったけど、全体としてはいい改良が進んでいると思う」

 上位に行けるポテンシャルは間違いなくある。それでも世界中から猛者が集うレッドブルエアレースは、簡単に望む結果を与えてはくれない。

 強くなったからこそ味わう苦悩。室屋は次こそ、晴れやかな表情でレースを終えることができるだろうか。次回第5戦は、8月15、16日にイギリス・アスコットで開かれる。

■レッドブル・エアレース・ワールドチャンピオンシップ第4戦(ブダペスト)最終順位
1位ハンネス・アルヒ(オーストリア)
2位ポール・ボノム(イギリス)
3位マルティン・ソンカ(チェコ)
4位ピート・マクロード(カナダ)
5位マット・ホール(オーストラリア)
6位ピーター・ベゼネイ(ハンガリー)
7位マティアス・ドルダラー(ドイツ)
8位ナイジェル・ラム(イギリス)
9位室屋義秀(日本)
10位カービー・チャンブリス(アメリカ)
11位マイケル・グーリアン(アメリカ)
12位フランソワ・ルボット(フランス)
13位フワン・ベラルデ(スペイン)
14位ニコラス・イワノフ(フランス)

浅田真樹●取材・文 text by Asada Masaki