【新車のツボ105】マツダ・ロードスター試乗レポート
なんだかんだいって、日本の自動車業界も景気が良くなってきたのか、ホンダS660(第103回参照)やトヨタ86(第31回参照)など、骨の髄から専用開発された本物の国産スポーツカーが出てきた。この6月についに正式発売となった新型マツダ・ロードスターは、たまたまS660と同時期に発売されることになって、価格は86とほぼ同等(これは、たまたまではなく、意図的だろう)。一般メディアなどでは、ロードスターもほかの国産スポーツカーとともに"ニッポン復活の象徴"として取り上げられていたりもする。
しかし、誤解を恐れずにいえば、こうしたポッと出の新興スポーツカー(失礼!)とは、ロードスターは格がちがう。ロードスターの初代モデルが出たのが1989年。以来、ロードスターは「小さい、軽い、後輪駆動、2人乗り、オープン、適度な性能」というツボを絶対不変の経典として今年で26周年。この新型はじつに4世代目である。というわけで、スミズミまで外してはいけない伝統のツボが満載のマツダ・ロードスターは、新型も"マツダ・ロードスター"というほかない。
ただ、新型ロードスターは、歴代ロードスターのなかでも、とにかく小さくてカッコイイ。全長は26年前の初代より短く、"ドアヒジ"がドンピシャに決まる低さや開放感も相変わらず。すべてが基本に忠実なので全体のシルエットは"昔ながらの〜"という感じなのだが、ボディの四隅を単純に丸めるのではなく、スパッと(上から見て)斜めに切り落とした手法が秀逸。古典的なのに新しい。
そして、新型ロードスターはとにかく軽い。もっとも簡素な"S"グレードはなんと990kg。衝突安全基準だの快適性だの、現在のクルマに求められる膨大雑多な条件をすべて満たして、さらにスポーツカーならではの剛性も確保して、しかもカーボンファイバーやマグネシウムなどの特殊軽量素材も使わず1トン切り! これはハンパなくスゴイことなのだ。
それに内装はぴったりタイトに身体にフィットするのに、ドライビングポジションがどこも窮屈でないのも、ロードスターのステキなツボ。そんでもって、クルマがどういう姿勢でいて、タイヤがどこを通っているか......を、走っている瞬間ごとに、乗っている人間が直感的に、しかも正確に入ってくるのが、新型ロードスターのツボ中のツボ。エンジンはハッキリいってぜんぜん速くないが、そもそも一般アマチュアドライバーでもアクセルを踏みきれる性能がロードスターのツボだし、歴代ロードスターでもっとも小さい1.5リッターという排気量で、日本の税制でお得感が高いのも、実際に買う身になると意外にうれしいツボである。
現時点で、ロードスターの走り味は大きく3つに分けられる。もっともスポーティな"スペシャルパッケージのMT車"は水平基調に路面にへばりつく比較的モダンなスポーツカー的といえるタイプ。これと比較すると、オートマ車(スペシャルパッケージとレザーパッケージ)はグレードを問わずに穏やかで快適である。
そして、前述の"S"は、ステアリングを切ると即座にクターッと傾いて、それなりにフワフワするのだが、4本のタイヤが路面にヒタッと吸いついた実感がなんとも濃ゆい。Sは青筋を立ててコーナーを攻めたい気分だと、ちょっと物足りない場面も少なくないのだが、オープンにして景色を楽しみながら70〜80%のペースで走ると、なんともホッコリする癒し系といえばいいだろうか。
こういう味つけのツボは、たまたまではなく、もちろん確信犯である。とくに初代ロードスターをリアルタイムで知る中年オタク(ワタシのことだ!)には、Sの「クターッと走って、ジワーッと沁みる」味わいがいちばんツボにくるんだよなあ。
とはいっても、新型ロードスターは現時点でエンジンもタイヤも全部共通なので、これらはあくまで微妙な、本当にかすかな味つけのちがいでしかない。ロードスターやスポーツカーに漠然とした興味しかお持ちでない人には「なんのこっちゃ!?」であることは承知のうえだ。
ただ、こういう重箱のスミをつっつくようなオタク話を、ファミレスあたりで同好の士と延々と繰り広げたくなるのが、全身ツボだらけのロードスターでも、最大のツボなんである。
佐野弘宗●取材・文 text by Sano Hiromune