野村総合研究所ICT・メディア産業コンサルティング部主任コンサルタントの鈴木良介氏にビッグデータの活用事例と、今後の展望について聞いた。

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 野村総合研究所ICT・メディア産業コンサルティング部主任コンサルタントの鈴木良介氏にビッグデータの活用事例と、今後の展望について聞いた。(2回シリーズの2)

――「ビッグデータ」は、「高度情報化社会」「ユビキタス」と違って、手応えのある果実が手に入るということですか?

 これまでと比べても蓋然性の高い潮流になっていると思います。電子化・自動化の進展、さらに、消費者がスマートフォンを持つなど社会環境が変わってきたことで、ビッグデータの活用が低コストで広く一般に行えるようになってきました。また、現実の社会では、ここでビッグデータの活用に取り組んでいかないと、今得ている収益すら失いかねないという状況になってきています。

 なぜなら、Webサービス事業者に代表される大量データの分析に長けた人たちが、インターネットの外でのビジネスを拡大していくと考えられるからです。サイバー領域(インターネットの世界)から、フィジカルな領域へと攻めていこうとしいると表現できます。そういうリスクがあります。

――それは、ネットの本屋さんだったアマゾンが、キンドルという端末を発売して、タブレット型コンピュータ市場の一部を抑えてしまったことなどのことですか?

 そうです。これはIT関連産業だけにとどまりません。外食チェーンなど、これまでネットの世界とは直接かかわりがないような世界であっても、どんどん侵食してくる可能性があります。

 たとえば、データ分析に長けた事業者が外食産業に攻めてくることを想像すると、メニューは当然、タブレットPCで提供され、その端末は、お客さまの顔を来店時に認識して、過去の注文履歴の一覧を即座に呼び出し、お客さまの好みに応じたメニューを瞬時に構成して、お客さまがテーブルに着くときには、お客さま専用のメニュー画面を見せる。さらに、厨房(ストックヤード)との情報連携も図られ、ハンバーグの在庫が60個、エビフライが5個しかない場合は、ハンバーグをメニューの目立つところに載せて、しかも、価格もダイナミックに変更し、通常価格1500円を特価1200円にして、「ボリューム満点」などのコピーを加えてアピールするといったようになるでしょう。

 しかも、来店するまでの位置情報データなどを入手していて、レストランに来るまでに喫茶店に寄っていることが分かれば、特価1200円のところにつけるキャッチコピーは「ボリューム満点」ではなく「意外とさっぱり」になるかもしれません。そういうことが始まります。こうなった場合に、今の事業が対抗できるでしょうか。お客さまへの商品のPRという点、コスト管理の面でも、極めて合理的に運営される事業者が現れると、既存の事業者は廃業の危機に瀕することになります。

 ビッグデータの活用は、この効用によって大儲けできると言うよりは、逆に効用を得ていかない限りにおいては、ビッグデータ活用を進める競合と比較して著しい劣位に置かれるということだと思います。

――今は、どこまで実用化されているのでしょうか?

 象徴的な事例としては、最近、ラスベガスのカジノで行われているというケースです。カジノの運営者は、1人のお客さんから得られる収益を最大化したいので、いろんな法則を把握しています。たとえば、カジノに入った瞬間に負けが込んで、30分で4−5万円も負けてしまう人は、たいてい、そこで腹を立てて部屋に帰ってしまうという経験則を有しています。

 そこで、最近のカジノでは、入った瞬間に顧客をトラッキングする店もあります。そこで、入場後30分間で負けが込んでいる人が把握できると、そのお客さんを自然な応対の中でリフレッシュさせるということが行われています。個々のお客さんの状況をリアルタイムで把握して、すぐに施策を講じることができるようになっています。ビッグデータ活用の複合イベント処理という技術が使われて、効果的な施策につながっている事例です。

 あるいは、自動車保険の高度化にも使われています。PHYD(Pay How You Drive)という概念で、どういう運転しているかに応じて保険料を決めるのです。契約するとクルマの運転をセンシングするモジュールが配られ、運転スピードが速いとか、事故が起きやすい深夜に運転しているとかを察知し、危険のマイレージを発行します。危険マイレージが増えると、保険料が値上がりするという仕組みです。

 また、南アフリカには、ダイナミックディスカウントソリューションという携帯電話用のソリューションがあります。南アフリカは、携帯通信のインフラが脆弱で、いつも込んでいてつながらないという問題を抱えていました。インフラを整備するお金が十分になかったので、携帯電話の表示画面に「今、電話をかければ何割引」という表示を出すようにして、混雑しない時間に通話機会を誘導しました。受給調整を適時適切にリアルタイムに行うことによって、総収益の増大にもつなげました。

――日本での事例はありますか?

 ECサイトは先行しています。導線最適化などといわれる手法は、大手のECサイトは、見ている人を特定して、それぞれのPCで同じURLに接続しているのに、実際に見ているサイトの内容が違うということがあります。これも活用法のひとつです。

 また、埼玉県が本田技研工業と取り組んだケースで、ホンダのカーナビデータから急に減速された地点のデータを提供したというケースがあります。1カ月に5回以上急ブレーキが踏まれた地点に,埼玉県の道路行政課の方が行ってみると、信号機や道路標識が樹木で見えにくくなっているなどの不具合があり、それに対する手当てができました。

 道路行政側にしてみると、理想的にはすべての道路のチェックをしておきたいのですが、それほどの予算はないので、危険なところからチェックして効果をあげることができました。しかし、道路行政のデータだけでは、そのようなチェックに十分には役立たなかったところ、そのデータをホンダから借りたら効率的に道路サービスの改善に役立ったという事例です。このように、自社には価値がなくても、他社には価値があるデータもあります。

――これからは?

 ビッグデータの分析がダイレクトに効く業種と、そうではない業種がありますが、基本的に無関係な業種はないと思います。一般の事業者においては、「製品開発」「販売促進」「保守・メンテナンス」など、多様な業務プロセスでビッグデータの効用が期待できます。

 最大のボトルネックは人材不足になるでしょう。300万行のデータなどを目にすると、気持ちが悪くなってしまう人が多勢です。サービスを受ける側としても、それを提供する側としても、事業とITとの両面でデータリテラシーに富む、統計学に素養のある人材の獲得・養成が不可欠になっています。(おわり)(編集担当:徳永浩)