奇抜なルックスの日本車 21選 英国人が選出 前編
日本車ならではのスタイル
日本メーカーはデザインに対して柔軟だと言われている。しかし、1970年代には米国車や欧州車の模倣が多かった。日本車ならではのスタイルが生まれ始めたのは1980年代以降のことであり、それが完全に確立したのは1990年代であった。弁当、ポケモン、盆栽などを生み出した国の作品を振り返ってみよう。
スバルXT(1985年)
スバルは1985年に送り出したXTにおいて、安価なブランドというイメージから脱却し、よりプレミアムなセグメントへの参入を目指した。ビジュアル面でのインパクトを強めるため、エッジの効いたシルエットが特徴だ。車内を見ても左右非対称のステアリングや、デジタル式メーターパネルが目につくだろう。
XTの運転席はまるでジェット機のようだ。1980年代ではこのようなクルマは他に存在しなかった。
トヨタFXVコンセプト(1985年)
FXVとはフューチャー・エクスペリメンタル・ビークル・コンセプトの略だ。1985年に登場したこのクルマは、21世紀のクルマ像を示したものだ。トヨタの予想の一部は大当たりであった。FXVはヘッドアップディスプレイやタッチスクリーンが備わり、空調などの制御を行うことができた。
そのルックスは低いフロントエンドを持つ4ドアスーパーカー風で、後輪の前方に設けられたエアベントはエンジンの冷却に用いられた。搭載された4気筒エンジンにはターボとスーパーチャージャーの両方が組み合わされる。ヘッドライトの代わりにポップアップ式のワイドなパネルが取りつけられ、前方を照らすようになっている。
日産ボガ(1989年)
日産はこのクルマのターゲットを、「バンには乗りたくないが、多くのひとを乗せたい」というひとに絞って設計したようだ。1989年の東京オートショーで初披露され、1990年代のシティカー像を示すとされた。ルーフは比較的高く室内空間にゆとりをもたせるとともに、大型の窓からの眺めを楽しめるようになっている。
ソファーのようなシートと、完全にデジタル化されたメーターパネルが特徴だ。ボガのデザインはコンセプトに止まったが、解錠に指紋認証を採用するなどそのテクノロジーは当時の水準をあきらかに凌駕していた。2019年においては指紋認証はスマートフォンなどで当たり前の機能だが、これを車両へと応用する計画が進められている。
日産Sカーゴ(1989年)
日産Sカーゴはシトロエン2CVの要素を多くもつ一台だ。ボディから飛び出したヘッドライト、張り出したフロントのホイールアーチ、そして2分割のウインドウなどがそれに該当する。バンのようなボディスタイルは2CVのトラック版を思い起こさせるものだが、キャンバストップは通常の2CVのようだ。このクルマが1989年東京オートショーでデビューした当時、2CVはまだ生産中であった。
実のところ、その名前すら2CVの真似をしている。スモール・カーゴの略であるSカーゴは、フランス語の「エスカルゴ」に似た発音である。エスカルゴ(かたつむり)は2CVのニックネームとして有名だ。
このクルマのプラットフォームはサニー(米国名セントラ)と共有されている。フィガロやパオなどと同じくパイク工場において、2年間におよそ8000台が生産された。
三菱ミニカ・トッポ(1990年)
三菱は日本における厳しい軽自動車の基準に則りつつ、室内が広く実用的なクルマという新たな市場を開拓した。1990年に発売されたこのクルマは大型なデリカを買えない、もしくは駐車場所を確保できないひとをターゲットとしている。
ミニカと共通部分は多いが、それよりも大幅にルーフが高くなり、アメリカのアイスクリーム・トラックを小さくしたかのようなルックスだ。1996年にはこれをさらに変わった見た目にしたタウン・ビーも発売されている。
トヨタ・セラ(1990年)
トヨタはスーパーカーのような見た目と扱いやすさを両立させたセラを1990年に登場させた。この価格帯に属する他のクーペとは全く異なるルックスと、ガラス部分の広さが特徴だ。
上方向に開くディヘドラル・ドアが目につくが、これはマクラーレンF1をデザインしたゴードン・マレーにも影響を与えている。
スバルSVX(1991年)
スバルがイタルデザインに委託してデザインしたSVXは、最上位のXTの後継車として計画された。ボクシーかつ角ばったデザインは衰退傾向にあると考えたデザイナーらは、SVXに丸みを帯びたスタイルを与えた。窓の中に窓があるデザインは外の視界を確保しつつ未来的でコンセプトカーのような印象を与えている。
1990年代にはSVXをベースとしたアマデウスというシューティングブレークを複数回ショーに出展している。このモデルも市販化が真剣に検討されたものの、コンセプトどまりにおわったという。
三菱HSR-Vコンセプト(1995年)
三菱は1987年に未来志向のコンセプトカーとしてHSRというシリーズを相次いで発表した。HSR-Vと名付けられたこの5番目は、シリーズ中もっとも尖ったモデルだ。
他の兄弟がクーペやコンバーチブルであったのに対し、このVはパジェロのシャシーにバットモービルのボディを被せたようであった。だが結局このクルマの市販化が検討されることはなかった。
スズキX-90(1995年)
1990年代、スズキはモーターショーでワイルドなモデルを次々と発表したが、それらが市販化されることはほとんどなかった。しかし、1995年に発表されたX-90は違った。ヴィターラとも関連性が深く、2ドアクーペでありながらSUVのような全高と最低地上高を持つ。ヴィターラゆずりのハードウェアによるオフロード性を特徴としながら、ルーフパネルを取り外すことによりコンバーチブルにもなる。
X-90はまさしく「ニッチ」であり、その売り上げもふるわなかった。このクルマはレッドブルの広告カーとして使用された。同社の飲料缶の大型レプリカを搭載するのに都合がよかったようだ。X-90は生まれるのが早すぎたとも言え、今日では各社がこぞってSUVクーペを投入している。
スバル・ヴィヴィオ・ビストロ(1995年)
スバルが1992年にヴィヴィオを発表したとき、これといって驚く要素はなかった。しかし、スバルはクラシックな英国車からインスパイアされたデザインを与えたビストロという派生モデルを投入した。
メタルバンパーのようなインサートを加えたフロントエンドや丸型ヘッドライト、それに2分割のグリルなどが特徴だ。一部の車両にはグリル上部に「BISTRO」のエンブレムが取りつけられている。リアにも円形ライトやメタル風バンパーが装着される。
日本では、インプレッサにも同様のスタイルが与えられたカーサ・ブランカという車両が存在する。