「これだけ本が売れないといわれている時代に、なぜ売れないのか、どうしたら売れていくのかを考えた」という近藤氏(撮影:梅谷秀司)

書籍発売の2週間以上前に全文をインターネット上で公開。にもかかわらず発売2日後には重版出来が決まった。背景には何があるのか。『ビジネスモデル2.0図鑑』を書いた株式会社そろそろの代表取締役、近藤哲朗氏に聞いた。

あえて「逆説」にこだわった

──これまでも興味、関心を呼ぶために書籍の一部を公開する試みはありました。ですが全文、それも発売前に公開、とは聞いたことがありません。

「逆説の構造」、これは僕の造語なんですが、そのビジネスの中に、今の業界を覆す要素を持っているかどうかが重要だと思っています。「普通はこうだよね」という「定説」に対する「逆説」が強いほど、そのビジネスは「非常識」ととらえられます。この本では100個のビジネスモデルを取り上げていますが、そのどれもが逆説の成り立つような仕組みを作り上げている「すごい事例」です。

全文無料公開も、その逆説の構造のフレームワークで考えてみたわけです。普通、本は買うまで中身がわからない。買わないのに中身がすべて見られる状態にはしないじゃないですか。

──はい。でもそんなことをしたら売れなくなってしまう……。

そう、売れなくなると思ってしまう。そこに逆説があると考えたわけです。これだけ本が売れないといわれている時代に、なぜ売れないのか、どうしたら売れていくのかを考えたんです。

昔は、優れた情報にアクセスする、そのことだけで価値を生んだ。本というのはある意味、優れた情報へのアクセス権を販売するビジネスだったといえます。

しかし、昔と明らかに違うのは、情報量が爆発的に増えているじゃないですか。インターネット環境も整ってきて、アクセスできる情報も膨大になって、ちょっと調べただけで欲しい情報はすぐ得られてしまう。優れた情報に無料でアクセスできてしまうので、本は商売として成り立ちづらくなってきていると思うんです。

むしろ、アクセスは誰でもできるが、アクセスした情報の中で共感性の高い情報は人とシェアしたくなる。「私はこの本を買いました」と言いたくなることが大事なんだと思うんです。本棚に1冊置いてあるだけで、ほかの人が来たときに「あっ、これ買ったんだ」と共感を呼ぶことができる。

本が持つアクセス権は相対的に価値が下がっているけど、自分の価値観や思想を強化するための「自己紹介ツール」として価値を持たせられればと思ったんですね。

「2.0」という回りくどい言葉をつけた意味

──この本でいちばん訴えたかったことって何でしょう。


近藤哲朗(こんどう てつろう)/1987年生まれ。千葉大学大学院修了後、面白法人カヤック入社。2014年同社で出会った仲間と、社会課題解決を目的とした事業や組織を応援するそろそろを創業。一方で有志組織「ビジネス図解」研究所も運営、ビジネス図解のコンサルも行う(撮影:梅谷秀司)

読書全般にいえることですが、さらっと読んで終わりになっちゃう人が多いと思うんです。

この本で100の事例を紹介したのは、まず面白いビジネスモデルがあることを認識する。そこから図と文章を読み込んでいくことで、ビジネスモデルの仕組みを理解する。3つ目の段階として、ネット上でツールキットを提供しているので、自分自身で実際に図解をしてほしい。自分で作業を通して学ぶことが、やはりいちばん身になると思うんです。

本のタイトルに、「2.0」という回りくどい言葉をつけた意味は何か。これまでもビジネスモデルについて書かれた本は数限りなくあります。だけど、ビジネスモデルという言葉が使われた瞬間、それは「儲けの仕組み」と訳される。経済合理性をいかに仕組みで成り立たせるか、その視点は重要ですが、これからの時代、それだけでは足りないと思うんです。

──経済合理性だけではなぜ駄目なのでしょう。

実をいうと、僕自身がビジネスに対して苦手意識を持っていました。大学、大学院と建築を専攻していたこともあって、どっちかといえばクリエーティブに軸足を置いてきた。新卒でカヤックという会社に入った後、そこにいたメンバーと「そろそろ」という会社を立ち上げました。

会社を作って、クリエーティブが最も必要とされている領域は何だろうと考えたとき、社会(ソーシャル)課題の解決じゃないかと。ただ、社会課題って貧困や紛争、環境問題などものすごく深刻です。深刻な問題に深刻なアプローチをすると、さらに深刻になってしまう。物事を深刻なままに伝えるのではなく、クリエーティブの力で、ユーモアとか楽しい部分を加えて、ポジティブなメッセージとして伝えていくことができればと思ったんです。

ただ、貧困家庭などの支援を行うNPO(民間の非営利組織)のサポートもしていたんですが、助成金や寄付に頼るNPOがすごく多く、経営的に安定しない。このため、いくらクリエーティブで何か面白いことをやろうとしても、そもそもおカネがないのでいかんともしがたい。そこですごい無力感を覚えたわけです。

本当の意味で課題解決をするためには、単純に格好いいクリエーティブを作るだけではどうにもならない。いくらいいことをやっても、経済合理性がないと続かない。それまではビジネスというものに対して苦手意識もあったし、それこそ儲けの仕組みや稼ぐということに嫌悪感みたいなものを……。

ビジネスパーソンとクリエーター、両方が読む本に

──金儲けとはちょっと距離を置いておきたいと?


何かおカネじゃないよね、という感じでいたんですけど、やっぱりおカネって大事だなと。

だからこそ、この本がビジネス、ソーシャル、クリエーティブという3つの分断された領域をつなぐ共通言語になるといいなと思っています。このくらいの簡単な図であれば、いわゆるクリエーターも何か面白いなと思って見られる。

ただ、これ以上難しくするとクリエーターがついてこられなくなるし、これ以上簡単にするとビジネスパーソンがこれはお遊びだ、みたいな感じで読んでくれない。

これまでビジネス書をまったく読んだことがなかったような、デザイナーやエンジニアの方々に読んでもらえるといいなと思ったんですよね。ツイッターを見ていると、そういう人たちも結構、読んでくれているみたいで……。

──ビジネスパーソンとクリエーター、両者が読めるぎりぎりの線って、なかなか難しいですよね。

そう、難しい。ほんと難しいですね。ビジネスをバリバリにやっている人は、もっと深い内容を知りたいと思うでしょうし。でも、そこまで専門性が高い人はこの本のターゲットじゃないというか、それはほかの分厚い専門書を読んでもらえればいいかな(笑)。