特急「踊り子号」。修善寺方面に向かう場合、紙の切符がないと精算が大変(写真:papa/PIXTA)

開幕まであと1000日を切った東京五輪。観客は、大半がSuicaやPASMOなどの交通系ICカードを使って移動することになるだろう。しかし、首都圏に近い開催会場の中にはICカードで行けないところもある。

たとえば自転車のトラックとマウンテンバイクの2競技は静岡県伊豆市にあるサイクルスポーツセンターで実施されることが決まっている。サイクルスポーツセンターへの行き方を調べてみると、伊豆箱根鉄道駿豆線の修善寺駅でローカルバスに乗り換え――と出てくる。

「修善寺へは東京駅からの踊り子号で行けば楽チン。何もそんなに悩むこともないのでは?」と考える人も多いことだろう。ところがいざ行こうとすると面倒な問題に突き当たる。

面倒な「エリアまたぎ」問題

修善寺行きの踊り子号は、熱海で伊東線経由伊豆急下田行きの編成から切り離され三島方面に向かうが、丹那トンネルに入った途端、JR東日本が設定するSuicaの利用可能エリアから外れ、JR東海のエリアに入ってしまうのだ。

普段、何の疑問も持たず、スイスイと首都圏を動き回っている人にはわかりにくい話かもしれないが、ICカードにはそれぞれ利用エリアが設定されており、その範囲を超えた「異なるエリアへのまたぎ利用は認められていない」という事情がある。

東海道本線では熱海駅までがJR東日本圏内の有効エリア。それより西側の函南駅から先はJR東海圏内の有効エリアとなっている。したがって、東京駅や横浜駅などからICカードでJR東海圏に来た乗客は、何らかの精算処理が必要となる。

仮に熱海の先、三島駅で踊り子号から降りた場合は自動精算機による精算が可能だ。問題は修善寺駅。地元で「いずっぱこ」と呼ばれる伊豆箱根鉄道駿豆線は今のところICカードに未対応だからだ。何らかの事情で都内でSuicaで入場し、紙の乗車券を持たないまま修善寺駅に到着すると、窓口で面倒な精算作業が待っている。

五輪自転車競技が行われる伊豆市の関係者は、「首都圏から来る観戦客が三島までSuicaで来られないのは大きな問題。加えていずっぱこがICカード未対応で、費用の問題もあり改善も難しそうなのがつらい」と現状を憂う。特に、丹那トンネルでSuicaとTOICAの境界が切れることについて、「Suicaの適応範囲を三島まで引っ張るにはどうしたらよいか、と鉄道各社に掛け合ったら、数億円の投資が必要と言われた。これでは競技当日にどんなことが起こるか、本当に怖い」と頭を抱える。


「いずっぱこ」の鉄道むすめ・修善寺まきの。できればSuicaを使って会いに行きたい(筆者撮影)

試しに筆者はサイクルスポーツセンターで11月18〜19日に開かれた全日本自転車選手権に合わせて、現地を訪れた。

その際、修善寺行き踊り子号に乗車。Suicaで乗るとどのような対応となるか試してみた。前述のような理由で何らかの精算が必要となる訳だが、意外と段取りはスムーズだった。

車掌は検札の際、Suicaの入場記録を消去。その上で発駅から目的地までの通し乗車券(修善寺駅までも可)車内補充券で発行してくれた。これなら降車時に面倒なく改札を通れる。

この日の踊り子号の乗車率は半分程度だったが、それでも検札時における特急券の発券はかなり手間がかかり、「小田原に着くまでに車掌室に戻らないと。ドアを開けるまでに間に合うかなあ?」と筆者にこぼしていた。

これが五輪の競技開催当日だったら、どんなことになるのだろう。通路にも人が立って検札や精算どころではない。さらに、外国人観戦客に状況を説明しておカネをもらうのはかなり骨の折れる作業になると想像する。

車掌にしてみたら、同じ踊り子号でも伊東線経由伊豆急下田行き編成では特急料金だけの徴収という、割とシンプルな業務だけで終わるが、それと比べると修善寺行き編成での検札作業はことのほか面倒なことになるわけだ。

ICカード境界問題の解決には?

現在、交通系ICカードのシステムは、SuicaやICOCAなどそれぞれの利用可能エリア内で閉じた格好となっている。これを、エリアまたぎ可能にするとしたら、システムの改修に巨額のコストがかかる。しかし、もう少し簡単にエリアまたぎ問題を解決する方法はある。


オランダにある非国鉄路線への乗り換え用タッチセンサーの例。異なる運営会社同士の行き来が簡単にできる(写真:PPP/Wikimedia Commons)

たとえば国鉄全線がICカードの「1つのエリア」になっているオランダでは、同じホームから非国鉄各社の列車が発着することがある。そうした場合、利用客は非国鉄の運営会社が設置したタッチセンサーにICカードをかざして乗り込むようになっている。

このような乗り継ぎ駅では、国鉄と非国鉄のセンサーが仲良く並んでいて、乗り換え時も数秒で2つのセンサーにタッチできる。踊り子号や普通列車が頻繁に乗り入れ、JR東日本管内への出入り客が多い三島や沼津では、オランダの例のように「Suica用センサー」をホームに設置することで、利用客はもとより駅員の手間が大幅に解消すること間違いない。

五輪会期中には、日本の事情を知らず、事前知識も言葉もわからない数万人の「群衆」が毎日のように動き回る。日本は高い技術があるにもかかわらず、資金の問題や従来のしきたりを理由に観戦客がスムーズに動けないような事態があってならない。関係する人々が知恵を出し合い、最善の方法が生み出されることを期待したい。