by Greg Rakozy

世界最大500メートル電波望遠鏡「FAST」が2016年に中国・貴州省に完成し、中国を拠点とする地球外生命体の探査が本格化しました。2017年時点で地球外生命体が観測されたという報告は上がっていませんが、「中国が地球外生命体とコンタクトを取ったら」というSF小説が、オバマ大統領やFacebookのマーク・ザッカーバーグCEOに絶賛され、話題になっています。世界で最初に中国が地球外生命体と接触したら何が起こるのか?ということが、作者のインタビューによって語られています。

China’s Race to Find Aliens First - The Atlantic

https://www.theatlantic.com/magazine/archive/2017/12/what-happens-if-china-makes-first-contact/544131/

2016年に完成した中国にある電波望遠鏡「FAST」は地球外生命体の探索に役立てられると期待されています。2017年1月に、このFASTに招待された小説家が劉慈欣(リュウ・ジキン)氏。リュウ氏はエンジニアとして発電所のコンピューター管理をしながら、小説を書き続けている人物です。



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FASTがどんなものなのかは以下の記事から見ることができます。

宇宙人探索を加速させる世界最大500メートル電波望遠鏡「FAST」が中国で稼働を開始 - GIGAZINE



なぜ小説家が電波望遠鏡に招待されるのか?と不思議に思うかもしれませんが、リュウ氏の小説は、2015年に英語版が出版され、中国のSF小説として初めてヒューゴー賞を獲得しています。

ヒューゴー賞を受賞した「三体」は「地球往事三部作」と呼ばれるシリーズの第1作。三体は2006年に出版され、第2作の「三体II:黒暗森林」は2008年、第3作の「三体III:死神永生」は2010年に出版されました。なお、映画化も予定されていますが、日本ではシリーズ三部作の翻訳版は出版されていません。

三体は大統領時代のオバマ大統領に宇宙に対する1つの見方を与えた本と言われており、Facebookのマーク・ザッカーバーグCEOも本書を勧めるなど、世界中からの支持を集めています。



そのストーリーは、1960年代、戦後の共産中国が舞台で、異星人を探すための極秘基地に入った女子大生が密かに地球文明の情報が入った電波を宇宙に送信。宇宙人「三体星人」が情報を受け取ったことから、地球と三体の世界が関わりを持ち始めるというものです。自らの星の破滅に直面して三体星人たちは地球を侵略しますが、第3作目の「死神永生」では地球と三体という2つの社会が共存の道を模索します。

第2作目において、メインキャラクターの1人は「全ての文明は、自分たちの存在を宇宙へと発信すべきではない」と語ります。もし他の文明が自分たちの存在を知ったときに、「脅威だ」と見なされ排除されるか、あるいは自分たちの文明が優れているが故に相手を排除してしまう道を辿るからです。この考えは「暗い森に潜むハンターたちが、音を立てたものをライバルと見なして殺していく」という状況に似ていることから物語の中で「暗い森理論」と呼ばれています。

暗い森理論に従い、三部作の中で三体星人は地球の侵略を試みますが、主人公である女子大生は共産党の考えを信じており「人類はこれ以上生き延びるべきではない」という考えを抱いているために、三体星人の侵略を気に留めません。そして、侵略に向かう最中、三体星人たちは地球で原子爆弾のような進歩的な武器が開発されないように粒子加速器の動きを混乱させます。

上記のとおり、三体は中国のこれまでの歴史を踏まえた上で、地球外生命体との遭遇を描いており、リュウ氏は現代の宇宙科学とも縁が深い人物と言えます。FASTに招待されたのもリュウ氏の作風が現代中国の宇宙科学の発展とマッチしているためです。

地球外知的生命体探査(SETI)は科学界においてさえ「宗教的な神秘主義」として嘲笑の対象となることがあります。FASTで偶然リュウ氏に出会ったことからインタビューを行った編集者のロス・アンデルセン氏は、SETIと宗教の間には「『つながり』と『神の超越性』に対する人間の希望」という共通点があると指摘しています。



by Ben White

しかし、中国だけでなく他の国々も、SETIを無意味だと見なすことなく、存在するかも定かではない地球外生命体の探索に多くの資金を費やしており、ロシアの富豪ユーリ・ミルナー氏はカリフォルニア大学バークレー校を拠点とする地球外生命体の探査チームを支援するため1億ドル(約114億円)を出資するほど。研究者らもまた地球外にある進歩した文明やテクノロジーについて思いをはせ、宇宙に存在する人工的な汚染物質の痕跡を見つける技術の開発などを行っています。

ミルナー氏のSETI探査チームのリーダーである天文学者のアンドリュー・シエミオン氏によると、FASTは世界で最も感度のいい電波望遠鏡であり、「これまでの流れから考えると地球外生命体のトランスミッターとして最も可能性があるもの」と考えられているとのこと。

FASTは中国南西部に位置する貴州省に建築されましたが、建設中には農村が中心である貴州省周辺の住民9110人が1万2000元(約21万円)の保証金で立ち退きさせるということが報じられ、批判の的となりました。

宇宙人捜索のため中国政府が約9000人を居住地から立ち退きへ - GIGAZINE



このように多くの犠牲を生み出しても急ピッチで進められたFAST建設ですが、そこには中国の科学技術発展への意欲がありました。もともと、中国の科学技術は早い段階で高いレベルに到達していたのですが、途中から欧米の国々に追い抜かれたという歴史があります。1948年には、「なぜ中国の科学技術は発展していたのにも関わらず戦争でヨーロッパに負けたのか?」という理由を探るべく生化学者のジョゼフ・ニーダム氏が「ニーダム・プロジェクト」を開始しており、中国の文明と科学を包括的に記述する著作が公開されると、欧米に大きな衝撃を与えました。

中国で科学技術が発展しなかった理由について、ある人は孔子が規範を強調しすぎたためだと考えます。また歴史家の中には、巨大な王朝が長い期間統治を続けたために、小さな地域で多数の国家が競い合ったヨーロッパに比べて技術的なものにエネルギーが注がれなかったのだと見ている人も。戦争が科学技術の競争に火を付けるということは、マンハッタン計画を見ても明らかです。



一方で、中国は、自国の向こうにある生命に対する好奇心がなかったのだと考える研究者も存在します。近年に入ってSETIを行うまで、長い間地球外生命体は中国の関心事ではありませんでした。中世後期においてヨーロッパの人々が冒険へと出かけている間も中国は海軍に力を入れることがなかったことからも、「好奇心のなさ」が中国の科学技術の発展を押しとどめたと見られているわけです。

科学技術においてヨーロッパに負けた中国ですが、ここ10年における研究開発のペースはアメリカ以上だと言われています。内容についてはまだまだ問題があり、ある研究によると、中国で最も権威のある大学から提出された論文であっても、全体の3分の1は剽窃と偽造が含まれているとのこと。中国では欧米の研究雑誌に論文が載るとボーナスが与えられると言われており、これが不正行為につながっているのではないかという指摘もあります。また、言論の自由が制限されていることや、海外の出版物へのアクセスが限られていることも科学技術発展の障害になっています。

そんな中で行われたFASTの建設は、中国が応用化学ではなく基礎科学に多くの資金をつぎ込みだしたことの1つの現れでもあります。電波望遠鏡の建設に続き、CERNのような実験を行うべく世界最大の円形加速器を建設する計画も持ち上がっており、2020年前後には火星探査も始まるものと見られています。



しかし、地球外探査について言えば、三体の中で「暗い森理論」を提唱したリュウ氏は、宇宙のどこかに存在する地球とは異なる文明が信号を送ってくるのは、「彼らが他の生命体に侵略されようとしたり、ガンマ線バーストにさらされる危険があったりするなど、差し迫った状態である場合のみ」だと考えています。

リュウ氏の小説は「これから起こる未来を描写している」と言われることもありますが、一方で、多くの点で歴史的な事実を寓話にしています。アンデルセン氏はリュウ氏に対して「私は宇宙からの信号に期待を抱いていて、暗い森理論は、中国文明と西欧文明の間で起こった行動という、歴史の狭い範囲での解釈をベースにしていると思う」ということを伝えたそうです。するとリュウ氏は、歴史を紐解くと、優れた技術を持つ文明が拡大し他の文明を脅かしたというパターンを容易に見つけることができ、大きなスケールで行われた文明同士の接触の1つが中国の例だと返したとのこと。中国が長い間にわたって近隣諸国に行っていることも、また同様のパターンだとリュウ氏は説明しています。

この答えを受けても、アンデルセン氏は「例え人類の歴史が始めから『暗い森理論』にならっていても、宇宙の文明について同じことが言えるわけではない」という見解を持っていました。そこで、アンデルセン氏は「我々の文明は比較的若く、私たちが行っているのは文明的な行動とは言えないのではないか。何十億年もの間、天の川には生命が存在できる環境があり、私たちが接触できるのは私たちよりも長い間存続し、賢くなった文明なのではないか」という点についてリュウ氏に尋ねました。

もちろん、地球より長い歴史を持つ文明がどこかに存在するという証拠はまだ見つかっていません。過去に、SETIの研究者らは、進んだテクノロジーを持ち宇宙を植民地化しようと1つの場所から多方向にレーザー光を放つ文明を探していました。もし彼らがエネルギーを消費しているのならば、その証拠として赤外線の痕跡があるものだと考えていたためです。しかし、調査をしても赤外線を検出することはできませんでした。



by Tobias Cornille

次に研究者らは、ジェネシス探査機が惑星に種をまいたり、そこで進化を加速させることができるという可能性を抱いていることに着目し、「見えないところで地球外生命体が行動範囲を拡大しているのではないか」という可能性に目をつけました。そして我々のDNAに、地球外からの痕跡がないかと調べられましたが、結果は空振り。

上記のような経緯を踏まえつつ、リュウ氏はアンデルセン氏の意見を部分的に否定しています。地球外生命体からの信号がないのは、彼らが「隠れるのが上手なハンターであるから」だというのがリュウ氏の考え。「技術があるから宇宙の外に飛び出そうとする」という発想こそが、文明についての私たちの考え方の限界を示しているとのこと。老成した賢明な文明が存在する可能性についてリュウ氏は否定していませんが、彼らは「宇宙の広大な距離でへだっている相手を理解することは困難である」と理解しているからこそ、「暗い森理論」のハンターのように、自分の身を隠すのだと説明しています。

この点、仮に人工知能が地球を支配したとしても、地球外生命体との接触は難しいだろう、とアンデルセン氏。人工知能には「知能」には必須である共感能力がなく、感情の代わりに進化や文化の歴史という情報がインストールされているためです。人工知能の導き出す論理は人間の理解を超えており、惑星全体をスーパーコンピューターに移植してしまうかもしれないとオックスフォード大学の研究者らは考えています。地球が熱くなりすぎていると考えれば、人工知能はコンピューターのエネルギー消費を考えて、適温になるまで長い間自分自身を休眠状態にする可能性もあるとのこと。

「暗い森理論を一度わきに置いておいて、もし中国科学院が『シグナルを受け取った』と連絡してきたら、あなたは宇宙のかなたにある文明に対して何と返しますか?」と尋ねられると、リュウ氏は「人類の歴史を詳細まで語ることはしないでしょう」と解答。「人類の歴史について語ることは、私たちを彼らにとっての脅威にしてしまう」というのがその理由です。

また、リュウ氏は、2017年に公開された映画「メッセージ」のように、地球外生命体の最初の接触は、戦争とまではいかなくとも人類にある種の摩擦をもたらすだろうと見ています。H.G.ウェルズの「宇宙戦争」がラジオで放送された時に全米でパニックが引き起こされたことからも、この予測が現実に起こる可能性は高そうです。さらに、リュウ氏は宗教を含めた文化的なシフトも起こる可能性を示唆しています。